5考目 踊る宗教 2

「宗教?君からそんな事を言い出すとは思わなかったな。」


「見てみて、これ。」


飛鳥はカバンから一冊の雑誌を取り出した。


そして、付箋のページを開いて守に見せた。


「ダンスダンス教?なんだこれは。」


守は雑誌を投げるように置き、飛鳥に返した。


「知らないの?最近ブームになっている宗教なんだって。ダンスを踊って幸せになりましょうってコンセプトらしいの。ダイエットにもいいんだって。気にならない?しかも今体験に行くだけで美顔ローラー貰えるんですって。」


飛鳥は机に身を乗り出すように守にせまった。


「気にならない。美顔ローラーもいらない。そもそも宗教は教育という崇高なものだ。どうして何百年も経つとダンスになるんだ。そんなのは鎌倉時代に一遍と共に朽ち果てたのだと思ってたが。まだ壷を買ってくれと言われるほうが納得できたよ。」


「壷ってあんた。というか何で宗教が教育なの?」


「宗教が大昔からあるのは知っているね?」


「え、うん。そのくらいのことは。」


「今とは異なり法律はおろか、憲法、さらに言えば人権という概念すらない時代だ。つまり何を軸に統治すればいいのか、ろくに分からない時代だ。そんな時代から人々は果たして現在のように他人に迷惑を掛けないように生きていただろうか。」


「うーん、そう考えるとかなり自由な感じよね。」


「そこで、宗教が役に立った。人はどう生きるべきか、他人にどうしてやるべきかをルールとして人々に明示したんだ。そうして人々は少しずつ全体の幸せを考えるようになり、現在に至るわけだ。まとめると宗教は本来憲法のない時代に人を律することが出来る唯一の手段だったってことだ。今現在の日本には憲法と法律があるから、それも必要ないわけだが。。。そういう意味では日本人も法律教の教徒だよ。」


「でもね、この記事によると教祖は、ダンスをすることによって体のなまりを正して、脳も活性化させようって呼びかけてるの。宗教を謳ってるから変な感じするけど、行った人とかの声を見てるとかなり楽しそうなのよね。」


「君は既に教徒より教徒じゃないか。要するに税金の掛からない、レッスン料丸儲けのダンス教室ね。僕は興味ないな。」


守は目線を飛鳥から外して、新聞を開きなおした。


「レッスン料?ああ、実はダンスダンス教はレッスン料も無料なのよ。」


「何を?」


守は素早く視線を飛鳥に戻す。


「あら、無料と聞いて興味が出たのかしら?しかも、教祖様自ら悩み相談もしてくれるそうよ。与えることがこの人の生きがいなんだって。」


「うーむ、それは少し面白そうだね。一体どんな悪いことをしているのか興味が出てきた。」


「あんたって、物事を斜めからしか見られないのね。」


「正面から見て、見落とすよりマシさ。」







ガラガラ。


突然、部室の扉が開いて、1人の女学生が入ってきた。


「あの、すみません。岩佐さんはおられますか?」


守はスクッと立ち上がって、女学生のほうに近づいていく。


「岩佐は僕だが、君は。」


「あ、私は立花涼香(たちばなすずか)と言います。実は明から岩佐さんの話を聞いて来ました。何でも解決してくれるって聞いて。。。」


「あー明さんの友達ね。面倒ごとは嫌いなんだけど。」


守を押しのけるように飛鳥が割って入る。


「どうも、初めまして。私、風見飛鳥っていいます。悩み相談ならこの岩佐が聞きますよ。どうぞ座ってください。」


「おい、勝手に引き受けるな。」


「いいじゃない、暇でしょ。」


飛鳥は守を引っ張って、涼香と机を挟んで向かい合わせになるように座らせ、自身も守の横に座った。







「涼香さんだっけ?一応話は聞くけど、期待しないでね。」


守は警戒を強めながら涼香に向き合った。


「実は、私の兄の話なんですが。とある宗教にはまっているみたいで。」


「もしかしてダンスダンス教?」


飛鳥が身を乗り出して割り込む。


「え?ええ、実はそうなんです。」


守と飛鳥はお互いに視線を合わせる。


「ほう、それでお兄さんがトラブルに巻き込まれたんだね。分かるよ。」


守は満足そうに頷くと、飛鳥を見た。


「ほら、見ろ。やっぱりダンスダンス教なんてろくなものじゃない。君は興味を持たないことを強く勧めるよ。最初で最後の警告だ。」


「それが。。。」


涼香が押し入るような声で、守を遮る。


「それが、うちの兄、ダンスダンス教に入ってから出世したんです。」


「しゅっせ?」


守は素っ頓狂な声を絞り出した。


守がふと隣を見ると、再び守と飛鳥の視線が重なった。

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