2考目 突然認知症になったおじいちゃん 事件編

「それじゃあ話してみて。

急に認知症になったおじいちゃんの話。

っとその前に、おじいちゃんはいくつ?」


思い出したように守が尋ねる。


「今年で78歳です。」


アカリが視線を上に動かして思い出すように話す。


「そう。78ね。

それで、続けて。」


守はそう言うとペンをクルクルと指先で回した。


「はい、あれは2週間前のことでした。

うちの祖母が亡くなったんです。」


「えっと、父方?母方?」


守が割り込むように聞く。


「あ、母方です。父方の祖父母は既に亡くなっているので。」


アカリが一瞬言葉に詰まりながらも答えた。


「ふむふむ、母方ね。

で、どうして亡くなったの?」


守がメモを取りながら聞いていく。


「はい、胃がんでした。

がん自体の発見も遅れて、それが見つかったのが半年前でした。

もう手術も出来ないとお医者さんに言われて、家族全員覚悟はしていました。」


アカリの視線が下を向く。


守は一瞥したが、すぐにノートに目を落して質問を続ける。


「胃がんか。

現在は早期発見であれば治療が出来るが、発見が遅れれば手遅れになる厄介な病気だね。

それで?

おじいちゃんの様子がおかしくなったのはその後だったね?」


「はい。おばあちゃんの、あ、祖母のお葬式が終わってからのことです。」


「いいよ、おばあちゃんで。

君が話しやすいように話してくれればいいから。」


守はアカリをまっすぐ見ながら、牛乳に口をつける。


「はい、では。」


そう言うとアカリは飛鳥をちらりと見た後、完全に視線を守の方にやった。


「元々おじいちゃんとおばあちゃんはとても仲が良かったんです。

毎日2人で近所を散歩するのが日課で、旅行も毎年必ず行っていました。

どこに行くにも2人一緒で、近所でも有名なおしどり夫婦でした。

おばあちゃんが入院してからも、おじいちゃんは泊り込みでずっと側にいました。

亡くなる1ヶ月くらい前からは自宅療養になって、体の自由が利かなくなったおばあちゃんのお世話をずっとしてあげていました。

周りの人達はおじいちゃんが大変だから、病院でお世話をしてもらった方がいいと勧めていたのですが、おじいちゃんは『オレが最後は面倒を見る。』と言って聞かなかったんです。」


「なるほどね。」


守はメモを取る手を速めていく。


「素敵なご夫婦ね。」


飛鳥が横から身を乗り出す。


「うん、私たちから見てもいつも幸せそうで、うちのお父さんとお母さんもそうなりたいね、なんて事あるごとに話をしてたの。」


アカリはどこか遠くを見るようにふふっと笑った。


「うんうん、確かに理想の夫婦という感じだね。」


守が合わせるように相槌を打った。


「それで、認知症になったかもって言ってたけど、具体的にどんな様子だったか聞かせてくれる?」


「はい、以前と一番変わってしまったのは寝たきりになってしまったことです。」


「寝たきり?詳しく聞かせて。」


アカリを見る守の視線が鋭くなる。


「前までは訪ねていくと庭の手入れや家の事を何かしらしていたんですが、おばあちゃんが亡くなってからはいつ訪ねても必ずベッドにいるんです。

家事も全然してないみたいで。

ずっと家にいると憂鬱になるから、私達が一緒に出かけようと言っても家から全然出たがらないんです。

前は誘うとすぐに準備をしてくれてたんですが。

なんだかとても無気力という感じで、私達もどうしたらいいか。」


「それは心配ね。

かわいそうに。

体も弱ってるのかしら。」


飛鳥が心配そうにアカリを見つめる。


「他に変わった様子は?」


守は淡々とメモを取りながら話を進める。


「以前に比べて感情の抑制が利かなくなったように思います。」


「ほう、というと?」


守の視線がノートからアカリに素早く向いた。


「一度、私が少しでも気分が上がればと思って、お花を持っておじいちゃんを訪ねたんです。

そうしたら、要らないから持って帰ってくれと言われて。

そんな事言われたことなかったので、とても驚きました。

でももったいないし、目に付けば元気になってくれるかもと思って、花瓶にその花を活けて帰ったんです。

それで翌日お母さんが訪ねた時に、その花が捨ててあったのを見たそうなんです。

お母さんがその事を聞いたら、『花なんて持ってこないでくれ!』とすごく怒られたそうなんです。

以前であれば間違いなく喜んでくれて、手入れもしてくれていたんですが。

それにおじいちゃんが感情的に怒る姿はお母さんも初めて見たようで。」


「うーん、感情の抑制が利かないのは認知症の初期症状だね。

認知症とは不思議なもので、進行が急に進んだりする。

それも体を使わなくなった途端に進行することが多い。」


守は指先で髪をクルクルしながら、アカリを見た。


「それじゃあ、やっぱりおじいちゃんは。」


アカリの体が脱力する。


「アカリ・・・」


そっと飛鳥が優しくアカリの肩に手を回す。


「物忘れとかはある?」


守は再びノートに視線を落して尋ねた。


「いえ、最近はおじいちゃんとゆっくり話をする機会がなく、様子を見ているだけなので、物忘れとかは分からないです。

それに以前と変わってしまったところがあまりにも多くて、こちらからも話掛け辛くて。

正直以前と変わってしまったおじいちゃんを見るのも辛いというか、怖くて。」


アカリはじっと下を見たまま、答えた。


「えーっと、アカリさん?だったっけ?」


守はノートを書いていた手を止め、アカリを見る。


「あ、はい。

ごめんなさい。

私自己紹介もしてなくて。」


アカリはすくっと姿勢を伸ばし、守に向き合った。


「私、この大学の2年で、天野明(あまのあかり)と言います。

今回の事を飛鳥ちゃんに言ったら、守さんが力になってくれるかもと言ってくれたので、お邪魔しました。」


守はパタンとノートを閉じ、手をあごに当て明をじっと見つめた。


「君はおじいさんにとてもひどい事をしたね。

おじいさんが怒るのも無理のない話だ。」


「え?」


明は驚いたように、守を見る。


「ちょっ、あんた急に何言い出すのよ!」


飛鳥がバンっと立ち上がり机の上に体を乗り出す。


「おじいさんが認知症でなければの話だ。

そして、おじいさんは認知症ではない可能性が高い。

視点を変えることで、真相が見える。

謎解きの基本だよ。」


そう言うと守は牛乳を飲み干し、パックを袋に入れた。


あっけにとられた、飛鳥と明は守の様子をただじっと見ている。


「じゃあ、行くか。」


そう言うと守はすっと立ち上がり、ノートとボールペンをカバンにしまい、カバンを肩に掛ける。


「ちょっとどこ行くのよ!」


飛鳥が眉をひそめて尋ねた。


「決まっているだろ。

おじいさんが認知症でない事を証明する為にだ。

そして、おじいさんに謝りにね。」


そう言うと、守はゆっくりと 部室の外に出て行った。


「ちょっとちゃんと説明しなさいよ!」


飛鳥が呼び止めようとしたが、守はスタスタと離れていく。


飛鳥と明は考えるまもなく、大慌てで守を追いかけ、部室を飛び出した。

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