天才 岩佐守は頭を使いたくない

@shinonome862

1考目 岩佐守という男

平和に暮らしたい。


いわずもがな多くの人々が願うことである。


平和の定義は人によるが、少なくとも面倒ごとには巻き込まれたくないものである。


岩佐守(いわさまもる)もその1人である。


彼は面倒ごとが大嫌いである。


時間を食うし、メリットも無い。


そして何より頭を使うことが大嫌いなのだ。


しかし、天とは無慈悲なもので、彼に頭脳という才能を与え給わった。


そのせいで、周りの人々は何かが起こると彼の元にやってくるのであった。


平和に暮らしたい。


彼の願いは、彼の才能と相反するばかりであった。





私立 島鳥大学。


前身は戦後に建てられた看護師育成を目的とした短期女子大学である。


バブル期が終わる頃に共学化し、同時に4年制大学へと移行した。


世間的な知名度は全く無く、現在はお世辞にも偏差値が高い大学とは言えないが、立地のおかげもあり、そこそこ多くの学生が、毎年入学してくる。


学部は文系学部が2つ、理系学部が2つと合わせて4つしかないため、キャンパスは短大時代から補修を繰り返しながら使っている大きなキャンパス1箇所である。


部活・サークルは公式なもので20個あり、それぞれに部室が与えられている。


そのうちの1つである、就活サークルの部室が岩佐守の居場所であった。


彼はこの大学の2年生で、このサークルに所属している。


これだけ聞くと、2年生にして就活サークルとは、非常にやる気があり、将来設計の事をきちんと考えている学生をイメージするかもしれないが、決してそうではない。


実際にこのサークルは部員数は彼を含めて3人しかおらず、サークルとしても有名無実化している、いわば「お飾りサークル」である。


故にサークル活動等はなく、かつての活動がどのようなものであったかを知る者もいない。






ここで、岩佐守について記しておく。


この大学に入ってくる学生のほとんどは、大学には行きたいが行ける学校がここしか無かったという者達である。


大きな目標や、将来の夢を持って入学してくる者はほとんどいない。


彼もその1人であるが、事情が少し違う。


彼はいわゆる天才なのである。


高校時代、勉強などはしたことが無かったが、常に学年トップであり、

全国でもトップクラスであった。


誰もが最高学府に進学すると思っていたが、現実は違った。


試験会場に行き、試験を受けたが不合格だったのだ。


これには彼を知る周囲の人間は非常に驚いた。


彼が落ちた理由は至極シンプルで、解答用紙の裏面を埋めていなかったのである。


日頃から勉強をせず、試験慣れもしていなかったという非常にお粗末な結果であった。


その後彼は進学先として、1つの大学を選んだ。


それが島鳥大学である。


ここを選んだ理由は自宅から通えて、学費完全無料の特待生になることが出来、入ってからもあまり勉強しなくて済むというものだった。


学部も既に知っていることが多いという理由で、英語系の学部を選んだ。


このことは周りの人間を更に驚かせた。


担任の先生は聞いたことも無い大学のために、必死に資料をかき集めてくれたが、一方で他の有名大学を強く推してきた。


両親は当初、将来の事を中心に懇々と諭したが、守の意思は固かった。


結局学費という点で両親も押し切り、入学を決めた。


そして、入学後は狙い通り成績トップを維持し続けている。


キャンパス内に自分のテリトリーがほしいとの理由で、就活サークルに所属し、部室を私物化しているのである。


そして、授業の後はぼーっとしてなるべく頭を使わないように過ごすのが彼の日課であった。






だが、今日は若干いつもと違い、予定があった。


同じサークルの仲間である、風見飛鳥(かざみあすか)から相談があると持ち掛けられ、集まる約束をしていたのだ。


守はコンビニで買ってきた1リットルのパック牛乳にストローを挿し、ちびちびと飲みながら飛鳥を待っていた。


黒いシャツに黒いジーパンという、非常にラフな格好の青年は、きれいなストレートの黒髪を指先でクルクルと遊ばせ、時に窓の外を見ていた。


約束の時間は、大学の授業が終わる午後3時半から少し余裕を見て午後4時にした。


だが、現在午後3時55分になっても飛鳥は現れなかった。


守は次第に苛立ちながら、指先をクルクルする速度を次第に速めていった。


眠たそうな目が更に細くなる。


「面倒なことじゃなければいいな~」


守は独り言を言いつつ、牛乳を飲みながら時間をつぶす。


本来であれば、ただただぼーっとして過ごす昼下がりだが、約束のせいでどうにもそわそわしてしまう。






ガラガラ。


「ごめーん!遅れちゃった!」


そう言いながら、1人の女学生が部室に入ってくる。


それに続いて、もう1人女学生が部室に入ってきた。


最初に入ってきたのが、風見飛鳥である。


ポニーテールが良く似合い、目鼻立ちがすっきりとしている日本風の美人だ。


薄手のカーディガンにシャツと春らしくコーディネートされた服は女子大生がいかにも好みそうな格好で、女子大生のお手本とも言える格好であった。


恐らく彼女なりに色々考えてのことであろうが、1周回ってファストファッションの店のマネキンと同じような格好をしている。


良くも悪くも彼女が普通の女子大生であることは見た目からでも十分に推察できる。


守は2人の女学生に目をやり、飛鳥の他に知らない学生がいることに一瞬驚いたが、すぐに飛鳥に向かって話し出した。


「遅い!遅い!遅い!

君はいつまで僕を待たせるんだ!

待ちすぎてこのままここで一生を終えるのかと思ったぞ!

約束は午後4時だ!

しかし今は何時何分だ?」


守は苛立ちを隠せない様子で飛鳥にせまる。


「4時3分です。」


飛鳥は申し訳なさそうに、答えた。


「その通りだ!

約束の時間から3分も過ぎている!

つまり君は3分間分僕の貴重な時間を奪ったんだ!

一度ロンドンに行き、ビッグベンで時間の何たるかを学んでくるといい!

その狂いきった体内時計も少しはマシになるだろう!」


守は嫌みったらしく飛鳥に指をさしながらまくし立てた。


守の眠たげに閉じかけていた目はパッチリと開き、二重が強調されている。


「本当にごめんなさい!

許してください!」


飛鳥は両手を合わせ、懇願する。


「いーや君は反省をしていない!

何故なら君の遅刻は1度目ではないからだ!

謝るだけなら感情の無い機械にだって出来る!

人間はそれに加えて反省と改善が出来るのだが、君は一切変わらない!

君の頭はシリ以下か?アレクサ以下なのか?」


守は早口で一気に捲くし立てる。


恐らく言っている内容の半分も飛鳥は聞き取れていない。


しかし、飛鳥を開きなおさせるには十分の嫌味であった。


「何よ!そんなに怒らなくてもいいじゃない!

たった3分でしょ!

それくらい許してよね!」


飛鳥も我慢の限界を越え、守るに負けじと反撃する。


「たった3分?

君は些細なことであれば何でも許せるのか?」


「はあ?

当たり前でしょ?

あんたみたいに私の心は狭くありません!

些細なことであれば何だって許すわよ!」


「なるほど。

では人間の体に対して、指先は些細な部位か?」


突然冷静になった守が飛鳥に問いかける。


「はあ?何言ってるの?

意味分かんないんだけど!」


飛鳥も予想だにしない会話の展開に拍子抜けする。


「質問に答え給え。

指先は些細か?」


「そ、そりゃあまあ範囲で言えば些細なんじゃない?」


冷静さを少し取り戻した飛鳥が答える。


「そうか、では失礼。」


そう言うと守は急に飛鳥に接近し、指先で飛鳥の胸をつっついた。


「何するのよ!」


飛鳥は反射的に守をビンタしようとした。


バシッ!


しかし、飛鳥の腕は守るによって掴まれてしまった。


2人は手を取り合いながら膠着する。


「君はさっき言っただろう?

些細なことであれば何でも許すと。

そして、指先は些細なものだと。

であればこの些細な指先がやったことなど些細なものではないか?

まあ、触った胸は些細ではなかったが。。。

でも許してくれるんでしょ?」


守は感触を思い出すかのようにニヤニヤしながら飛鳥に問いかける。


「何言ってるのよ!

それとこれとでは論が違うでしょ!

このスケベ!」


飛鳥は赤面しながら守に怒っている。


「何故論が違うのだ。

君にとって胸に触れられる事が些細ではないように、僕にとっては遅刻は些細な事ではないのだよ。

つまり君の胸=遅刻。

おっぱいイズタイム!!」


守は今日一番の声で叫んだ。


「ぜんっぜん意味わかんない!!

何がおっぱいイズタイムよ!」


負けじと飛鳥も大きな声になる。


「どこが意味が分からないんだ。

では解説してやろう。

イズとは英語におけるコピュラのことで、イコールを表す。

つまり、この場合。。。」


「誰が文法的に分からないなんて言ったのよ!

この超絶どスケベ変態イングリッシュ!」


2人の膠着した手に一層力が入る。


「あ、あの。。。」


2人の間に割って入るように、女の子が声を掛ける。


「あ。ごめんねアカリ。」


飛鳥がブンっと守の手を振り払い、アカリという女の子に向き合う。


「ううん。大丈夫。

楽しそうな2人を見てたら声掛け辛くなっちゃって。」


アカリが照れながら守と飛鳥を見る。


「いやいや、全然楽しくないんだけど!

アカリも見てたでしょ?

あいつの失礼な態度。」


「でも私達も遅れちゃったし。

守さん。ごめんなさい。」


そういうとアカリは守に頭を下げた。


「まあ、話が分かる人間がいてよかったよ。」


すっかりと冷静になった守は元いたパイプいすに戻り腰を下ろした。


「いや、アカリが謝る必要は無いわ。」


飛鳥も守の向かいにあるパイプいすに座り、隣にアカリを促した。


「で、実際に俺を呼んだのはこの子なの?」


守は牛乳を飲みながら聞いた。


「そう、実は困ったことがあるらしいの。

ちょっと話聞いてやってよ。」


「事件はお断りだけど。」


「あんた今、性犯罪事件起こしたでしょうが!」


再び熱が入りかけた飛鳥を制すようにアカリが話し始めた。


「実は、私のおじいちゃんについて少し困っていることがあって。。。」


「というと?」


守が体を乗り出して尋ねる。


「先日うちのおばあちゃんが亡くなったんですけど、そこからおじいちゃんが急に認知症のような振る舞いをするようになって。

ただ、余りにも急というか、それまでとてもしっかりとした尊敬できるおじいちゃんだったので、少し心配になって。」


「ねえ、どうにか力になってあげてよ。」


「うーん。認知症の特効薬を作ることは出来ないが、話だけなら聞いてあげるよ。

ただし面倒事に巻き込まないでね。」


そういうと守はカバンからキャンパスノートとボールペンを取り出し、メモの準備を始めた。


「それじゃあ話してみて。

急に認知症になったおじいちゃんの話。」


そうしてまた岩佐守は面倒事に巻き込まれていくのであった。


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