3考目 突然認知症になったおじいちゃん 解決編

「おじいちゃ~ん。

こんにちは~。

来たよ~。」


明が先頭になって、おじいさんの家に入っていく。


「おー明か。

よく来てくれたね。」


おじいさんが家の奥からゆっくりと玄関口までやって明達を出迎える。


背筋がシャッキと伸びた、ニコニコと微笑む老人が3人の前に現れた。


白髪混じりではあるが髪は太く生え揃っており、見た目は若々しく、傍目からは認知症を疑われているとは思えないほどであった。


きれいなポロシャツにチノパンという格好がまた更に若さを強調するようである。


「おや。」


おじいさんは守と飛鳥に目をやる。


守と飛鳥はそれに合わせて軽く会釈をする。


「こちらは私の大学の友達で守さんと飛鳥さん。

今日はおじいちゃんとお話がしてみたいって来てくれたの。

おじいちゃんにもお話相手が出来るといいなーっと思って連れて来たの。」


明が2人を紹介するとおじいさんは嬉しそうに目を細める。


「私、明さんと仲良くさせて頂いてる風見飛鳥と申します。

今日は是非おじい様とお話をさせて頂きたくお邪魔致しました。」


飛鳥は丁寧にお辞儀をして、守に視線で挨拶を促す。


守は飛鳥を一瞥した後ぽりぽりと頭を掻きながらおじいさんに向き直る。


「どうも、岩佐守です。」


守は先程と同じように軽く会釈をする。


「飛鳥さんに守さんかい。」


「それと、これ。

いつもの和菓子屋さんのお菓子。

お土産だよ。」


そう言うと明は途中で買ってきた和菓子屋の袋をおじいさんに見せるよう掲げた。


「おーそうかいありがとう。」


おじいさんは声を弾ませて喜んだ。


「それじゃあ、まあまあ、皆さん上がって下さい。」


守と飛鳥が顔を見合わせると、明がどうぞっと促し、3人はおじいさんについていく形で居間に通された。






障子扉で仕切られた居間は7畳くらいの大きさで、畳にカーペットが敷いてある。


部屋の真ん中には大きな食卓用のテーブルがあり、テレビのリモコンやティッシュなどが無造作に置かれている。


テレビの正面にテーブルを隔てておじいさんが日常的に使っているであろう座椅子がある。


部屋の隅には座布団が積み重ねてあり、おじいさんはそれぞれ座布団をとって好きな場所に座るように促した。


守はおじいさんの正面に、明は出入り口から遠い場所、飛鳥は出入り口に近い場所に、テーブルの辺を埋める様にそれぞれ座布団を持って移動する。


「あー、飛鳥さん。

そこは座らない方がいい。」


飛鳥は出入り口である障子の近くに座ろうとすると、おじいさんが止める。


思わず飛鳥と明は顔を見合わせる。


「あの、」


「とりあえず、ここ。」


飛鳥がおじいさんに声をかけようとしたところで、さえぎるように守が先に飛鳥に声を掛ける。


守は少し横にずれて、飛鳥が座れるように場所を空ける。


飛鳥は首を軽くかしげながら、守の横に座布団を置いて座る。


「もしかして、おじいさんは衣服を扱うような仕事をされていましたか。」


突然、守はおじいさんを真っ直ぐに見つめて話し掛ける。


「例えば、クリーニングとか。」


守は少し上に視線をやり、再びおじいさんに視線をやる。


おじいさんは一瞬驚いたような表情になり、明と目が合う。


再び守に向き直り、テーブルに軽く手を置き、身を乗り出すように守に尋ねる。


「ほう、そうなんだよ。

明から聞いたんだね。」


「いえ、私は何も言っていないけど。」


明が不思議そうにおじいさんにそう言うと、ゆっくりと視線を守の方に動かす。


「んーではどうして私がクリーニング店で働いていた事を知っているんだい。」


おじいさんも不思議そうに守を見つめる。


「明さん。

おじいさんやはり君が心配しているようなことにはなっていないよ。

大丈夫だ。」


守は明の方を見て、軽く微笑む。


「明が私の心配を?

それはどういうことだい?」


おじいさんは首をかしげながら、ゆっくりと明の方を見る。


「実は。」


明はおじいさんに事の一部始終を話した。







「おーそうだったのか。

明、お前はそんな事を心配して。

大丈夫だよ。

私はこの通り元気いっぱいだ。」


おじいさんは満面の笑みで明に語りかける。


「でも、最近はずっとベッドにいるから、体が弱くなっちゃったのかと思って。」


明は心配そうにおじいさんを見る。


「そのベッドは元々おじいさん達が一緒に使っていたベッドだよね?」


守は確信を持ったように明に聞く。


「そうだけど。

そんな事まで分かるの?」


「結論から言うと君のおじいさんはただ寂しかっただけなんだ。」


「どういうこと?」


飛鳥が守を覗き込むように尋ねる。


「匂いだよ。」


「匂い??」


飛鳥と明の声が重なる。


「君のおじいさんは体が弱ってベッドにいる訳じゃないよ。

ただ、おばあさんの匂いがするベッドにいたいだけなんだ。

少しでもおばあさんを感じられるようにね。」


そう言うと守は視線をおじいさんの方に動かす。


「いや、恥ずかしながらそうなんだよ。

いい年してもばあさんから離れられなくてな。

とんだスケベじじいだよ。私は。」


おじいさんは照れたように、手を頭の後ろに回す。


「いえいえ、気取っているだけの他所のおじいさんに比べたら、よっぽど好々爺ですよ。」


守はおじいさんに微笑みながら言葉を返す。


「え、でもこの前私がお花を持って来たとき、捨てられちゃってたってお母さん言ってた。」


明は不満そうにおじいさんを見る。


「んー詳しいことはわからないが、とりあえずこの家に花は欲しくないはずさ。」


守がおじいさんを弁護するように先に言葉を出す。


「おじいさんはおばあさんの匂いを大切にされていたんだ。

そこに花瓶いっぱいの花があるとどうなる?」


守は悪戯っぽくニヤリとしながら明を見る。


「あ。そうか!

お花をいっぱい持ってきちゃうとお部屋にお花の匂いが混ざっちゃう!」


明は目を大きく開いて体をテーブルに預ける。


「そういうこと。」


守は満足そうに微笑む。


「え、でも、お母さんがおじいちゃんにすごく怒られたって。

花なんて持ってくるなって言われたって。」


明は覗き込むようにおじいさんの顔を見つめる。


「それは明にばかり気を使わせているからお母さんを怒ったんじゃ。

花はお金もかかるし、何より明の負担になるからね。

今まで持ってきてくれた花はお母さんが持たせてくれたものだったろ?」


おじいさんが諭すように明の方を向く。


「あ。」


明が何かに気が付いたように声を出す。


「それにばあさんを亡くしてからお母さんも少し落ち込んでいたからね。

お前がしっかりしなきゃという意味で怒ったんだが。

伝わってなかったかな。

いや、私も少し怒り過ぎたのかもしれん。」


おじいさんはふーっとため息を吐くように肩を落とす。


「でもさ、捨てることないじゃん!」


明は花が捨てられていたことを思い出して、眉をひそめる。


「あれは捨てておらんよ。

守さんの言う通り、この家のばあさんの匂いが花で消えるのが嫌だったがな。

でも花は無駄にならないように、きちんとおばあさんのお墓に供えに行ったよ。

明からの大事な贈り物だからね。

茎の部分を切って手入れをして、新聞紙にくるんでいたから、お母さんは捨てられてたように見えたのかもね。」


そういうとおじいさんは優しく明に微笑んだ。


「なるほどね~。」


明は納得したように全身が脱力した。


そして、ふーっとため息を吐きながらテーブルから体を離す。


「ねえ、それにしてもいつ明のおじいさんは認知症じゃないと思っていたの。」


飛鳥が守の顔を覗き込んだ。


「最初からさ。

厳密にはベッドの話を聞いたときかな。」


守はテーブルに肘をついて、髪をクルクルと回しながら答えた。


「本当に体が弱っている線も考えたが、どうも話に合わなかった。

献身的に介護をされていたようだし、体を動かしている人間は基本的に衰えにくい。

そして、おばあさんは最後自宅で亡くなった。

そうなると2人の最後の思い出が詰まったベッドからはあまり離れたくないかもと思ったんだ。

もしそう仮定するとおじいさんが認知症であるはずがないんだ。」


「どうして?」


飛鳥が小首をかしげる。


「認知症は一般的なイメージでは、記憶力の著しい低下というイメージがある。

それに加えて、性格が著しく変わり、感情の抑制が効かなくなる。

しかし、これは認知症がかなり進行してから出る症状なんだ。

実際は視覚や聴覚、味覚などの感覚から衰えていく。

もちろん嗅覚もね。

だから、おじいさんがおばあさんの匂いが残るベッドに居たり、花を嫌がったと聞いたときに認知症であるはずがないと思ったんだ。

間違いなく鋭い嗅覚を持ち合わせているからね。」


それを聞いた3人はあーっと声にならない程度に納得をした。


そしておじいさんは満足そうに何度も頷いた。


「ただ、確信を持ったのは実際に会ってからさ。」


守は付け加えるように話し出す。


「まず、もし本当におじいさんが弱っていれば、服装にも無頓着になり、風呂にもあまり入らなくなるから、どうしても格好が乱れてくるんだ。

ただおじいさんはご覧の通りとても凛とされている。」


「それだけ?」


飛鳥はきょとんとして、守を見つめる。


「いやいや、君の服の素材を言い当てた時もだよ。」


「服の素材?

おじいさんそんなこと言っていなかったけど?」


飛鳥と明は目を合わせて、首をかしげて守に向き直す。


「君、その服めちゃくちゃ静電気起こるだろ?」


「そうなのよ!

私って静電気が起こりやすい体質なのよね~。」


飛鳥は一瞬全身に力を入れたが、困ったように肩を落とす。


「体質?

君の前世は電気ウナギか?」


守は意地悪っぽく笑って飛鳥を見る。


「誰が電気ウナギよ!

特にこの季節は静電気起きやすいじゃない!」


飛鳥はムッとしたように守に反論する。


「静電気は体質なんかではない。

ただ服の素材次第で起きるんだ。

今日君が着ているカーディガンはウールだね。

これは一般的なカーディガンだ。

そして、中に着ているシャツはポリエステルだ。

これらは組み合わせて着ることで非常に静電気が起きやすくなる。」


飛鳥と明は同時にへーっと声を漏らす。


「だからおじいさんはほこりが溜まっている障子の近くに君を座らせないようにした。

ですよね?」


守は飛鳥から視線をおじいさんにやる。


「その通りだ。

守君は非常に賢いようだね。」


おじいさんは頷きながら笑みを浮かべた。


「そのことがおじいさんが認知症でないことと、衣服関連の仕事に就いていたことを職業をはっきりとさせた。」


守は再び飛鳥を見る。


「そういえば、おじいさんの職業を当てていたわね。

どういうことなの?」


テーブルに重心を乗せて飛鳥が聞く。


「ポリエステルとレーヨンという素材は一見すると、とても素材が似ていて、シャツに使われるという用途まで似ているんだ。

ただし、ウールと組み合わせてもレーヨンは静電気を発生させづらい。」


「うんうん、それで?」


「この2つの素材はさっきも言った通りとても見た目が似ていてね。

とても素人目で分かるものではないんだ。

触ってみて初めて区別がつく人間もいるが、あまり多くは無いだろう。」


「だから何よ?

結論言ってよ!」


飛鳥が少しイラっとしたように眉間にしわを寄せる。


「それをおじいさんはパッと見て区別をして、君を障子の側から離したんだ。

これは衣服に従事していた人でないと出来ない芸当だ。

嗅覚も視覚もしっかりとしている。

そんなことが出来る人が認知症であるはずがないからね。」


「そうなんだ!

やっぱりおじいちゃんってすごいんだね!」


明の表情がパッと明るくなり、おじいさんの方を見る。


「それに、守さんもすごいです!

守さんも飛鳥さんの服を見て、それが分かっていたなんて!」


明は同じ表情で守と飛鳥を見比べるように視線を動かす。


「いや、僕はパッと見ではとても区別出来ないさ。

触れば分かるけど。」


「え?でも今日私の服に触れる機会なんて。」


「あ。」


飛鳥と明の声が重なる。


「ふふーん。

おっぱいの時だよ!」


守はニタニタと表情を崩して、下から飛鳥を覗き込んだ。


「あんたねー!」


飛鳥の顔が次第に赤くなり手がわなわなと震えだす。


明はそれを察してあたふたし始める。


「はっはっは。

2人はとても仲が良いようだね。」


おじいさんはニヤニヤと笑いながら守と飛鳥を交互に見る。


「それはないです!」


守と飛鳥が同時に答える。


おじいさんはそれを聞いて更に笑いが増していく。


それにつられて明もふふふっと笑いがこぼれる。


守は白けたように我に返り、視線を飛鳥から外して、ふーっと息を吐いた。


「もう事件はごめんだなあ。」


守はぼそっと誰にも聞こえない程度につぶやいた。


それから指先で髪の毛をくるくると回しながら何か考え事を始めた。


しかし、この時から岩佐守はまた別の事件に巻き込まれようとしていた。











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