17:23-18:44

 西陽が随分と傾き、私は光陽と共に神社を後にした。

 鳥居を抜け、右の通りへ。

 光と会った広野へ向かう。


 広野に続く曲がり角を行き、見えるはずの広野の様を見て愕然とした。

 広野には工事用のバリケードが張られ、真白い鉄板の壁がそびえ立つ。


「朔、もしかして、ここ?」


 楚々とした声が訊く。

 その声を左耳に受け流し、バリケードに貼られた工事計画の表示板を見遣る。

 建築計画の案内。

 元々この広野は、未開発の住宅地。

 もう、広野には行けない?


「朔」


 私の好きな声が呼ぶ。


「ちょっと、残念だったね」


 振り向くと、兄が済まなそうな顔をしていた。


「僕も、朔の言うひとに会ってみたかったな」


 私も、もう一度会いたかった。


「そのひとに、三日月じーちゃんのことを相談したんでしょ?」


 そう。


「良いひとに、お話聞いてもらえてたんだね」


 気を落とす私を他所に、光陽はバリケードに張り付いて、じりじりとカニ歩きをする。


「どっかから覗けないかな」


 私も探し始める。

 バリケードは隙間なく閉じられ、中の様子は窺えない。そのうちに右側の裏手まで回ってきて、行き止まり。


「反対側も行ってみようか」


 光陽に従い、今度は左手側へバリケードを伝う。

 すると、工事現場の出入口である蛇腹の引き戸が現れた。

 奥の様子は、すでに土が掘り返されていて、草叢は無い。

 ふと目に付いた引き戸の網目部分に、忘れ物を結び置くように、土に汚れた布切れが引っ掛かっている。

 近付いて眺めると、それは、私が光の片割れに渡した、白いハンカチだった。

 工事現場の内側。

 その左奥。

 陽の光が、バリケードの向こうへ沈み始める。

 その光芒を、見つめている。


「朔」


 楚々とした声。


「夕焼け、綺麗だね」


 本当なら、山の端に沈む夕陽。


「また、どこかで会えるといいね」


 私はひとつ、反省しなくては。


「家にある本とか小説とか、たくさん読んでる君ならさ」


 夢物語なんて言って、罵ってくるかと思っていた。


「縁があれば、また会えるよって」


 その話は、あの小説。


「そう思っても、いいんじゃない?」


 そうだ。

 別に、ここ以外でも、もし再び会えたなら。

 その場所にまた、行けばいいんだ。


 光芒が最後のひと筋を失い、陽の光が途絶える。

 空は暗がりの気配を纏い、夜の帳が下りようとしている。


「うら若く、澄み、嗄れた声の人だった」

「うん」

「髪が炎みたいに逆巻いてて、夕焼け色の召し物をしていて」

「うん」

「私の目の前に、浮いていたんだ」

「へぇ」

「あのひとは、天の円環だって言っていた」

「うん」

「どこかに置いてきたという片割れに、もう一度会いたいと、私に願ったんだ」

「うん」

「その片割れにも、私は会えた」

「へぇ」


 光陽は、どこまで信じてくれるの。


「君が嘘をつくときは大抵分かるから」


 その言葉が嬉しかった。


「その片割れってひとは、どんなひとだったの?」


 私の顔を覗き込む光陽に、右手で空を指し示す。


「ほら、あれだよ」


 空には、先に沈んだ天の円環を望む、月齢二.七五の月が、夜の帳が下りた空に淡い光を纏って佇んでいた。

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希:こいねが 七辻ヲ歩 @7tsuji

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