14:22-15:32
ランチタイムが過ぎ、客の出入りが一層まばらとなる叔父の店。
閑静な住宅街に溶け込むように位置するここは、元々が古風な一軒家であり、駅から立ち寄る人の少ない代わりに、知る人ぞ知る地域の隠れ家のような喫茶店だった。
今日も常連さんや、叔父の話を目的に訪れる人が、店の扉をからりと鳴らす。
私はカウンターの隅っこで、ミルクコーヒーを飲みながら、その風景を眺めていた。
お暇しようとした矢先に、叔父から飲み物を出されて呼び止められたものだから、仕方なく寛いでいた。
叔父の淹れるコーヒーはとても美味しい。
父の淹れるコーヒーも絶品だが、本家である叔父のコーヒーには勝てない。
そろそろミルクコーヒーを飲み終えようと、吸い口を咥えてひと息に飲み込もうとした頃、外から店の扉が鳴り開いた。
「さくー! 迎えに来たのじゃー♡」
うら若く澄んだ声が、麗かに店内へ響いて、私は思わず咽せる。
「あぁ、ようこそ。ひまりさん」
叔父がカウンターから抜け出して対応する。
叔父が私を呼び止めた理由が今判った。
母がもうすぐ迎えに来ることを知り、すれ違いとならないようにしたのだろう。
母のことだ。また、突然迎えにいくことにしたに違いない。
「久し振り」
返事をする私に、席に居座っている客の視線が動く。
だいぶ慣れてきたとはいえ、やはり気恥ずかしい。
「さくー、一週間見ないうちに、またひとつ男前に近付いたのー」
そうして、母は渾身で抱き締めてくる。
改めて人前では辞めてほしい。
「日下部さん家のお祖父さんとお話ししたと聞いたぞ。その了承も頂いたことも」
父から聞いたのかな。
「朔の成長を、儂は楽しみにしておるぞー」
手放しで喜んでくれる母の言葉が、なんだか少しだけ嬉しかった。
叔父に礼を言い、母と二人で店を後にする。
母のロングワンピースが風に吹かれてひらひらとする。その色は、涼しげな深海の色。そこに、水面からの陽射しのような薄色が差し色として清々しい。
「それ、買ってきたの?」
家には無かった服。
「向こうでの、テルキが選んでくれたのじゃー」
光条さんとは相変わらず仲が良いみたいだ。
私は、父から大盛況と聞いていた公演の話を母にねだった。
母の話は、私が見たことのない、聞いたことのない話ばかりでいつも面白かった。
駅の改札を抜けて、各停電車を待ち、開いたドアを通る。
深い藍色の座席に母と並んで座り、電車のドアが閉まる。
汗ばんだからだが冷やされていく。
進む電車の窓の外から、残暑を引く陽射しが燦々としていて、ビルの影に踊らされながら、車内の床を明滅させた。
黒い影と、白い陽射し。
ふと、夜明け前の月を思い出す。
あれは、月齢いくつの月だったろう。
あとで、調べれば良いか。
母が、叔父の店に泊まった理由を尋ねてきて、私は辿々しく説明する。
「今日見てきた朝陽や、この間の流星群のことも、あとでじっくり聴かせておくれ」
およそ数駅の電車旅。
もうすぐ最寄りの駅に着く。
電車のドアが開いて、私と母は駅に降りた。
まだ、陽射しは高い。
ホームの端っこが、色を真白く吹き飛ばしている。
コンクリートの灰色が日向と日陰で世界を隔てる。
先に日陰へと足を踏み入れた私は、遅れる母を振り返った。
陽射しが海に射し込み、青色をより際立たせて波打っていた。
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