7:40-9:15

 誰かに手を引かれたような気がして、光は目を醒ます。

 目の前には青空が澄み渡り、気体の詰まった肌を草叢が撫でる。

 長い夢を見ていたような気がした。

 闇のような夢魔から醒めたような心地がする。

 この感覚は、前も同じことがあったような。

 光は、無い腰を支えに起き上がる。


「御早う」


 光の背後から声がかかる。

 その声は、遠い向こう側に置いてきた声。

 夜明色の目が振り返る。


「……御早う、お前さん」


 儂の光を照り返してくれる。

 今まで最も見慣れた眼。望色の瞳。


「お前さん、漸く、此処へ」

「お前の気配を持つ童に助けられた」


 光はあの少年のことを思い出す。


「あの髪の長い少年か」

「あの童とは、如何様な経緯を」

「お前さん、視線がきつい」


 鋭い望の眼をする片割れに、光は肩を揺らして微笑んだ。


「お前さん、相変わらずじゃのぅ」


 光の目元が、緩やかな逆三日月を成す。

 その仕草に、片割れは顰めた眉を緩め、目を細めた。


「あの少年には、能く能く助けられた」


 地平線の向こう側を見遣り、光の目元から閃光が溢れる。


「次に会うた暁には、礼を尽くさねばの」


 夕焼け色の召し物が浮き上がる。


「嗚呼」


 うら若く、澄み、嗄れた声が、必要の無い溜息を吐く。


「儂の願いが叶うとは」


 両手を合わせ、祈りの仕草。


「此れ程、嬉しい事はない」


 青空に溶け込む逆巻く髪。

 光の表情を見上げる片割れが、光の姿を凝視する。


「お前、此れ程迄に可憐であったか?」

「はい?」


 思い掛けない言葉に光の手元が解ける。


「俺が憶えて居るお前は、もう暫し勇ましかったと」

「いやいやいや」


 腕を組み訝しむ片割れの傍らへ光が降りてくる。


「お前さんから、此の姿で可憐と呼ばれる日が来るとは」


 顔の綻びが止まらない。


「嬉しいのぅ」

「そうか」


 腕を解き、片割れは、無い掌で光の髪に触れた。


「それはそうと、お前さん、何ゆえ斯様な服装をして居る?」

「此れは、あの童依り、頂戴した」

「ほ?」

「ソウソフとやらのものらしい」


 光は一寸小首を傾げ、前に辿った軌道と結びつく事象に思い至ると、何度も頷いて真意を噛み砕いた。


「星の童といい、あの髪の長い少年といい、お前さんはつくづく他星のもののヒト型に似通うのじゃの」


 其れも、儂の望みの形か。

 光は意識の奥に独り言つ。


「のぅお前さん」

「如何した」

「お前さんと、また、共に寄り添えること、此の愛しき今日を、何時迄も憶えていたい」


 片割れが頷く。


「お前さんの、岩の体躯に刻んでも良いか」


 光は、片割れの体躯に刻まれる三日月模様を指差した。


「承知した」

「ありがとの」


 光は手元の布地を取り払い、片割れへ手渡す。

 在るはずの無い手が、布地を嵌めて手を取り戻す。

 朱く暖かな手が、真白い布の手に置かれた。


「此れで、お前さんの手は喪くならない」

「そうだな」

「心労無い」


 光は、冷たい布の手を間に挟み、祈りを捧げる。


「……本日も」

「お前の祈りが」

「有相無相に届きますよう」


 希う。

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