08/17

3:08-5:02

 まぶた裏に光源を感じ、私は目を覚ました。

 眠気で目が開かない。

 だが、まぶたの向こうがなんだか明るい。

 何故、明るいのだろう。

 そこまで寝ぼけたところで、今日は叔父の店へ泊まりにきているのを思い出した。

 そうだ。あのひとのために。

 光と出会った、あの広野へ行くために。

 私は目を開けた。


「起こしてしまったか」


 私はしばらく、光源を凝視して声が出なかった。

 月光冠を纏うひとが、椅子に座ってこちらを見ている。


「俺の輝きは、眠りを誘うもので在る筈だが」


 いや、それは知らない。


「然し、今宵は寝床が異なるのか」


 私は起き上がり、息を飲む。


「おはよう……ございます」

「御早う、童」


 厳つい視線が私を見下ろす。

 私は、意を決して進言する。

 光と出会った場所へ、貴方を連れて行きたい。

 会えるかどうか分からない。

 分からないが。

 月光冠を纏うひとは、厳つい目を細めて、頼む、と私へ首を垂れる。

 私は時計を見て、出かけの支度に着替えを取り上げた。


 叔父の店の勝手口から、出来る限り音を立てないように抜け出す。

 午前四時前の空はまだ暗く、漂う雲の間で星が見え隠れしている。

 私は後ろを振り返った。


「服が合ってくれて良かったです」

「そうか」


 月光冠を纏うひとの服装は、白いシャツと真夜中色のデニム。

 私が曽祖父の箪笥から拝借した服。

 広野へ共にするというのに、あんな道化師みたいな格好は、真夜中でも流石に悪目立ちする。

 そう思って、曽祖父の服を持ってきたのだが、これほどにも似合うとは。

 やはり、そうだったりしないかな。


「あの」

「如何した」


 静寂の低声が応えてくれる。

 父と聞き間違えるほど、深く静かな声。

 曽祖父と同じ、静かな声。


「貴方は、一輝さんですか?」


 曽祖父が昔着ていた服が、これほどまでに似合うのだから。

 そうであったら、私は仲直りができると思っていた。


「カズキサン、と言うのは」


 問い返す満月色の視線が首を傾げる。


「私の、曽祖父の名前」

「ソウソフとは」


 反応が薄い。


「私の父の、お爺さんです」


 そこまで説明したところで、月光冠の弱まったひとは、目を閉じてこうべを振った。


「俺は、貴様のソウソフでは無い」


 静かな低声が釘を刺す。


「何ゆえ、衛星がヒトと血縁関係を結ばねばならぬ?」


 その意味が分からない。


「天体の体躯を持つ者は、ヒトと交わらぬ」


 腕組みをする満月の眼が私を射抜く。


「仮令、傀儡の躯体であろうと、肉叢の躯体であろうと、其れは変わらぬ」


 意味が分からないが、つまり、私の当てが外れたということ。

 また、絵空事に縋っただけ。


「そう、ですか」

「貴様は、ソウソフとやらに会いたかったのか」


 背筋が凍る。

 体感温度が引き下がる。


「貴様の願いを叶えてやりたいが、皆目見当が付かぬ」


 着替えのときに私が渡したハンカチで、在るはずのない手元を包む。

 再び、布が手の形を成す。


「今度、聴かせてくれ」


 私のあたまを撫でる布の手は、ひんやりとして冷たかった。


 私は月光冠を纏うひとを連れて、再び広野を訪れた。

 空は随分と白み、東の空に眉のように細い月が笑っている。

 しかし、草叢に踏み入ると、空の様子が様変わりした。

 ついさっきまで空にあった月は消え去り、山の向こう側があおぐろく空を染めている。

 天頂は星一つ見えず、黒く塗りつぶされている。

 ここは本当に、あの広野なのだろうか。

 こんな、禍々しい光景は見たことがない。

 怯む私に、月光冠を纏うひとが寄り添う。


「此処か」

「そのはず、なんですけど」


 私の様子を察してくれたのか、ハンカチを結ぶ布の手が私の背をさすると、草叢を進み、辺りを見回した。


「彼奴の気配がする」


 白い足元が草叢を進む。

 私も付いていく。

 立ち入り禁止のバリケードを越えて、月光冠を纏うひとは、草叢の中で立ち止まった。


「此処か」


 そこは、前に小火があった場所。

 おかしな形に焼き焦げた草叢の痕。


「■■■■」


 突然、強い耳鳴りが鼓膜を劈いた。

 月光冠を纏うひとは、足元に跪く。


「童」


 静寂の声が私を呼ぶ。


「俺を、此処迄導いたことに感謝する」


 満月の眼が振り向いた。


「此れ依先は、俺に任せておくといい」


 布地の手が、焼き焦げた草叢に触れる。


「心労無い。彼奴は此の先に居る」


 焼き焦げた草叢を見遣る。


「貴様は肉叢の躯体で在る故、‪此処に居るといい‬」


 月光冠を纏う背中。

 そこだけ影が落ちたように真黒い。

 その背中が私に振り向かない。


「また、夢魔に囚われたか」


 静寂の低声が、月夜色の髪の向こう側からまろびでる。


「心労無い。俺が、引き揚げてやる」


 焼き焦げた草叢に、布の手がめり込んでいく。


「もう二度と、手放すものか」


 その言葉を最後に、月光冠を纏うひとは、私の前から姿を消した。

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