22:22-23:22

 明日は父に頼み、祖父の元から帰るついでに、叔父の店へ泊まれるよう取り計らってもらった。

 言い訳として、私がよく訪れていた広野からの夜明けが見たいと伝えてみた。

 理由としては説得力に欠けるが、学校の宿題の一環と思ってもらえたらしく、父は深く訊ねたりはしてこなかった。

 明日は、泊まるための荷物を先に叔父の店へ置いていく手筈となり、早朝からの移動を余儀なくされた。

 叔父の店へ逃げていた頃の鞄に、着替えとノートを詰めて支度を済ませる。

 あとは、あのひとが無事に、私の目の前に現れてくれたら。

 私は、左腕に結ぶ紐をさする。

 この糸に気付いてくれますよう。

 月光冠を纏うひとの姿を思い浮かべたところで、部屋の扉が二、三度鳴る。扉を開けると、光陽が顔を覗かせた。


「明日は、日下部さんとこに行くの」


 頷く私に、兄は不機嫌な顔をする。


「君は、周りの大人に迷惑をかけるのが得意だよね」


 途端、背筋が凍りつく。


「別に良いけど、羨ましくないし」


 兄の視線があさってを向く。


「でも、もしお元気なら、よろしく言っておいて」


 自分は受験勉強があるから行かないと言った。


「おじいちゃんの演奏は、嫌いじゃないし」


 光陽の語尾がこもって消え入る。


「ただ、君のやることは、やっぱりよく分からないよね」


 不機嫌な顔が、次第に溶けていく。

 そして、ちょっとした沈黙の後、兄はお休みと一言寄越し、自室へと戻っていった。


 祖父のことについては、私だけではない、兄だって気に掛けている。

 兄もどうにかしたいのだろう。

 でも、それは兄の問題。

 私が手を貸そうとしても、きっと突っぱねてくるだろう。

 私は、長いため息をついた。

 ひとまず今夜は。

 もう寝なくては。

 照明を落とし、寝る前に父の元へ行き、お休みの挨拶をかわす。


 自室へ戻る前に、和室を覗いた。

 曽祖父の座椅子がこちらを見ている。

 鋭い灰の眼が、私を射抜く。

 私はそこで、ふとあることを思いついた。

 今度会えたら聞こうとしていたこと。

 そうだったら、良いと思ったこと。

 私は、和室の押し入れを開けて、箪笥の中を覗き込んだ。


「これを、持っていってもいいですか」


 振り向いて、曽祖父に聞く。

 鋭く嗄れた灰の眼が。

 父と同じ、静かな低声が。

 私の脳裏に再生される。


 和室を後にし部屋へ戻り、手の内のものを荷物に詰め込んだ。

 そして、部屋の扉を閉め、寝床に潜り、まぶたを閉じる。


 物事が上手くいくといい。

 上手くいったなら。

 上手くいけばいいな。


 眠気はすぐに訪れた。

 きっと、あの静かな低声を思い付いていたから。

 微睡みながら、私は願う。

 どうか、祖父との話がうまくいきますように。

 天の光に会えますよう。

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