10:20-12:58

 目が覚めて、昨晩の出来事を思い返し、私は再び出窓の外を見る。

 遅朝の陽射しが曇りガラスを満たして真白い。

 多分、今の時間にあのひとは現れないのだろうな。

 確信はなかったが、なんとなくそんな気がしていた。

 寝床から起き上がり、眠たい眼をこすって立ち上がり、部屋の扉を開ける。

 居間では、父が本を読みながら寛いでいる。

 私の姿に気がついて、お早うと一言。

 隣の椅子を引いて、座っていろと言いたげな仕草で台所に立ち、朝食の用意をしてくれる。

 私は椅子に座って、片手で割った卵がフライパンに落ちていくのを眺めていた。

 香ばしい香りがする。

 父のサニーサイドアップ。

 テーブルに朝食が置かれて、私は手を合わせた。

 食事を頂く私に、父が夏休みの宿題の経過を聞いてくる。

 一応、平気。

 明日は祖父の元へ行くから、宿題は出来ないが、このまま行けばなんとか終わる。

 一学期の終わりを不登校した分は、すでに折り合いがついている。

 勉学は嫌いじゃない。


 食事を終えて食器を洗い、父がコーヒーを淹れるところを横目に見る。

 父が若い頃、叔父の店で働かせてもらっていたという腕は、昔取った杵柄、とても美味しいコーヒーとなる。

 豆もたまに分けてもらうのだから、兄弟仲は良いのだろうな。

 香り立つコーヒーカップ。

 私はミルクを入れないと飲めなかった。


 部屋に戻ってもう一度、月光冠を纏うひとのことを思う。

 あのひとの言う制限とは。

 私の前に居られる時間に制限がある。

 何故、そのようなことを言ったのか。

 私はタブレット端末を点けて、最寄りの駅から叔父の店のある駅までの始発時間を調べた。

 電車の始発は朝の五時。

 朝の訪れは、ほぼ同時刻。

 もし、夜にしか会えないひとなら、ここから電車で移動するのではきっと間に合わない。

 例えば、叔父の店にもう一度泊まれたなら。

 叔父の家に逃げていた頃は、夜が明ける前に勝手口から何度か抜け出したことがある。

 もう一度、頼んでみようかな。

 父に聞いてもらえたら。

 聞いてもらえるだろうか。


 ああ。

 何故、見ず知らずの人のために、何かをしようとしているのだろう。

 片割れに会いたいという、あのひとたちのために、ここまでする道理は。

 うら若く、澄み、嗄れた声が、脳裏に再生される。

 片割れに会いたいと、希う。

 その声が、離れなくなってしまった。

 きっと、途中で投げ出したくないんだ。


『朔の気が治まるようにやるといい』


 何故か、父の言葉が思い出された。

 私の気持ちが治まらないなら。

 治まらないのか。

 それなら。

 やれるところまでやってみよう。

 私が、あのひとたちのために出来ること。

 片割れに会いたいと願う、あのひとたちのために。

 こんなこと、多分初めてだ。

 それなら、最後までやり遂げたい。


 目を閉じて、あの草叢を思い出す。

 陽光輝く青々とした草叢。

 そこに滞空する、天の光の輝く姿。

 夕焼け色の衣装を纏い、炎のように逆巻く髪が天頂高く揺らめいている。

 その表情は微笑み、夜明色の瞳で見つめてくれる。

 また、布地に隠れた朱い掌を掲げて、雲を切り裂くんだ。

 私も、貴方にもう一度。

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