23:25-0:32

 闇夜はすっかり晴れ。

 都内郊外の星月夜を、私と光陽は並んで仰ぐ。

 一昨日、流れ星を捉えられなかった光陽は、改めて流れ星を見逃したことを悔しがった。

 兄が落ち込むのは、好まない。

 楚々とした明声が嘆くから。

 そのあとは、眠たげな目を擦り、玄関の先へ姿を消した。

 私はまた、一人となる。

 今夜の空気に暑苦しさはなく、じっとりもしていなかった。

 踊り場のタイルはひやりとしていて心地が良い。

 街の明かりが点々として、赤く明滅するのを眺めるのが好きだ。

 部屋の中の息苦しさより、考え事をするにはちょうど良い。

 マンションの裏口の開く音。

 風はそれほど強くはない。

 耳を澄ませば、こつこつと鳴る足音が聞こえて、私は心が浮き足立つ。

 月光冠を纏うひとに、また会えたなら。

 あのひとの足音は、こんな感じだった。

 もしかしたら。

 もしかするかもしれない。

 足音が背後で鳴る。

 私の背中で留まる。


「また、星を見ているのか」


 静かな低声が、背後から落ちてくる。


「うん」


 それとなく返事をする。


「空を眺めるのは良いが、気が済んだなら、部屋に戻って寝るといい」


 あたまを撫でる、広く大きな手。

 その感触に、私は振り返る。

 足音が遠ざかるとともに、父が玄関の鍵を回して帰宅した。


 足音に期待した気持ちが萎み、しばらく踊り場で膝を抱えていた。

 星を見上げる気持ちにはなれず、大気のくぐもりが鼓膜を撫でた。

 他の足音は、聞こえない。

 私は立ち上がり、玄関を開けて自室へと戻る。

 照明をつけないまま、寝床に身を放る。

 胸の奥から、長いため息。

 期待など、するものではない。

 あのひとに会いたかった。

 月齢二.七五であろうあのひとに。

 会って、話をしたかった。

 確かめたいことがある。


 暗闇の中、左腕に結ぶ紐がぼぅとして仄明るい。

 腕に結び始めた頃は、割と明るく感じて眠るのに苦労したが、今はそれも慣れて、淡い光を眺めながら微睡むのがルーチンとなってきている。

 淡い光。

 私の左腕にある白い光。

 その柔い光が、私のまぶたの向こう側となる。

 寝床の柔らかな感触と、枕はあたまを抱きかかえて、きっともう離してはくれない。

 部屋の扉の向こう側で、ぱちりと夜を鳴らす音がした。

 そういえば、お帰りを告げるのを忘れてしまった。

 お休みなさいも、多分、今日は。

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