12:28-13:20

 丘を降ると見えるのは、いつぞやの水鳥たちがたむろした、草叢より湧き出る水源。

 水鳥は居ない。

 今朝、西の彼方へ飛び去るのを、光は目に焼き付けていた。

 天頂の円環は水面を照らし、幾つもの輝きが揺らめいて、雲集する星々のようだった。

 光芒は、十九本。

 二十三本。

 三十一本。

 十七本を繰り返す。

 その光芒が、光の放つ輝きにかき消される。

 水際までは近寄らない。

 一人では、水に触れることすら叶わない。

 片割れが居たなら。

 片割れが寄り添っていたなら。

 晴天の昼間、水に触れることも、花を愛でることも、それほど難しくはない。

 片割れの体躯は冷たく、有り得ない光の体温を引き下げる。


 光は、留まっていた草叢を振り返った。

 そこだけ萎れて、枯れ始めている。

 一人だけでは、何もかもを焼き焦がす。

 必滅と再生の象徴。

 儂は、破滅と萌蘇ほうその素。

 光は、草叢から浮き上がる。

 草叢から五尋ほど離れて滞空すると、広野の様子がよく見渡せた。

 なだらかな丘陵が段を作り、山麓まで青く続く。

 冴え渡る空は山の端と境界を鮮明にして、生まれたての雲を追い払う様子が滑稽こっけいだった。

 山に留まりたい雲はじゃれているのに、山は雲を邪険にする。


「偶さかには、仲良く事を為せば、事は丸く治まるというのに」


 一人で赴いても、雲が溶けて消えるだけだ。

 苦笑いをして、宥めたい気持ちを抑える。


 山の属する連峰は、一箇所だけ白い冠を抱いていた。

 雪が積もっているのだろう。

 その白を見つめて、光は思い出す。

 喪くした手が光の手を冷やし、雪を一度だけ受け止めさせたこと。

 熱と輝きを放つ天の円環そのものである自身が、触れることの叶わない雪を受け止められたこと。

 その冷たい手を思い出す。


「お前さん」


 片割れの手を思い出す。


「お前さんに会いたい」


 今日は、からだに闇は絡まない。


「お前さんに、もう一度会いたい」


 光は、無い脚を曲げるようにすると、弾いたように勢いよく天へと昇っていく。

 気配を察した草叢が遠ざかる光を見上げ、大気のちからを借りて激しくうねった。

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