08/05

9:45-10:40

 夜明けよりもずっと蓄えられた雲が、青白い空にヴェールを広げ、まばゆく溶け込んでいる。

 それまで真っ青な夏空が広がっていたのに、いつの間に現れたのだろうか。

 夜明色の瞳が、流れ行く雲の白さを見て懐かしむ。


 風の音が波打ち、奥の広野から先の広野まで、草叢が瑞々しく喧しい。

 その真ん中に、光は佇んでいた。

 数刻前、朱け色の空を青く染めた旭光。それが訪れた広野の光景を思い返して笑う。

 重ねていた祈りの掌をほどき、天頂に在る、燦々と輝く円環を仰いで、光はふと、辺りを見回した。


「本日も現れぬか」


 以前、光の前に現れた髪の長い少年の姿は、今日も見えない。

 真夜中の再会。

 思い詰めた様子の彼から、ようやく聴けた心の内を、光は反芻する。

 両腕を手前に伸ばし、白い布地に包んだ手を空へ差し伸べる。右手は指を二本突き出して、左手はひらいたまま。両手を動かし、何かを探り見るような仕草で、光は少年のことを想う。


「其の軌道ならば、心労無い」


 する必要の無いため息で安堵し、軌道修正の仕草は為さなかった。

 握る両手を引き戻し、再び重ね合わせ、祈りを口にする。


「本日も」


 うら若く。


「儂の光が」


 澄み。


「総てのものに届きますよう」


 嗄れた声。


「今生他生に在る、有相無相の多幸と息災を、希う」


 皺を刻む口元からまろび出る。


「其方が、儂の願いを叶えてくれる」


 薄らとひらくまぶたから閃光が走る。


「叶うと良いのぅ」


 合わせた両手は離れない。


「其方の願いも、叶うと良い」


 空に在る月の気配は光と重なったまま。


「お前さん、どうか、手を貸しておくれ」


 其の喪くした手で、導いておくれ。

 光は再び目を閉じた。

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