08/03

6:19-7:09

 結局、叔父に叱られて過ごした昨晩は、よく眠れなかった。

 光の話を反芻し、布団を握りしめて部屋の片隅を見つめていた。

 椅子にかけてある鞄には、あの白い糸が仄かな光を放っており、それが私の決心を確かなものとした。

 今朝、私は叔父にあたまを下げ、家へ戻ると伝えた。

 叔父の家に持ち込んでいたものを鞄に詰め、私はもう一度、お世話になった叔父に深くあたまを下げる。

 父へは、叔父から連絡しておくと話してくれた。

 一ヶ月ぶりに家へ帰る。

 我儘だということは判っている。

 とても迷惑をかけたことも知っている。

 母はいつも通りなのだろうけど。

 光陽はきっと、いつものように罵るのだろうな。

 揺れる電車の扉が開き、私は自宅の最寄駅へ降りる。

 通勤客と共に流れるまま改札を抜けると、父が迎えに来ていた。


「気は済んだか」

「うん」


 父は、曽祖父と同じ眼光で、私を見つめてくる。


「おいで」


 差し伸べられた手を、取らない。


「話したいことがあるんだ」


 代わりの返答に、父は頷く。

 人の混み合った駅前からしばらく歩き、閑散とした住宅地を抜け、緑地公園に差し掛かったところで、父が歩みを止めた。

 話を聞かせてくれと言いたげな居住まいに、私は背筋が凍ったようになる。


「一輝さんと、仲直りがしたい」


 私は、そのための手順を父に伝えようと懸命に話す。

 なんて言えば判ってもらえるか、言葉がなかなか見つからない。

 とても回りくどく曽祖父との仲直りの仕方を父に伝えること、数十分。


「朔の気が治まるようにやるといい」


 出掛けの時は、行動を共にしてくれると父は話した。


「その前に、先ずは母さんに元気な姿を見せてやれ。随分と心配をかけたのだから」


 大きな手が私のあたまを撫でた。


「怒らないの」

「怒ってもらいたかったのか」


 怒られなくて済むならそのほうが良いが、怒られなくてはならないようなことをしている自覚はある。


「朔が自分で考えて、出した答えがあるなら、俺は何も言わない」


 静かな低声が私を刺す。

 つまり、それは。


「お帰り、朔」


 いつのまにか、自宅のマンションの前まで来ていた。

 父がもう一度、手を差し伸べてくれる。

 私はその手を取り、冷えていた手が暖まるのを感じた。


 梅雨が明けて、八月。

 ようやく夏が始まったというのに。

 鞄に結んでおいた白い糸が、夏の陽光に気圧されながら、秋の手ぐすねを引いている。

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