15:52-18:00

 昼下がり。

 雨は再度まばらとなり、狙ったように光が再来する。


「先程は、話の最中に済まなかったのぅ」


 そのことについては、あまり気にしていなかった。

 随分身勝手なひとだということは、これまでの付き合いで予想していたし、空模様は光の存在を有耶無耶うやむやにしてしまう。


「構いませんよ」


 光は、私の素っ気ない態度に気を揉むことなく、いつものように微笑んだ。


「其方は優しいのぅ」


 それは違う気がする。


「在りし日の彼奴を見ておるようである」


 どういうことだろう。


「じゃが、髪の長さや雰囲気は異なるのぅ」


 あ、そう。


「それと、其方は確と笑える」


 当たり前だ。


「儂の願いは、結局、叶わぬかった」

「願い」


 光はうなだれて、口元を引き絞る。

 そしてまた、景色を真白く朧げにするかと思えた。


「違う。儂は光故……」


 ひと言呟き、顔を上げて、自身を慰めるように祈りの仕草を取る。

 途端、広野に西陽が渡った。曇天の隙間から、雨粒を通して空に色が弾ける。


「虹を掛けたんですか」

「否、儂は光源であるのみ。此れは、儂の手際ではない」


 空の彩りに驚く私に、虹の出現は雨模様の采配だと光は告げる。


「真昼の虹より、儂は夜の虹が見たいのぅ」

「夜の虹」

月虹げっこうじゃの」


 月が昇る際、ごく稀に現れるという夜の虹を、光は見たいのだと話す。


「彼奴の彩環さいかんは、よく眺めておったのじゃが」

「彩環……?」


 聴き慣れない言葉に、それは何かを問う。


「ほれ、満ちゆく御月様の周りに輝く、淡く儚い円環である」

月光冠げっこうかんのことですか」

「ほぅ、れは、月光冠というのか」


 嬉しそうに空模様を遠望する光は、突如紅をさし、袖で顔を覆った。


「本当に、好きなんですね」

「ほ?」


 光が顔を覗かせる。


「貴方の、大事だというひと」


 光の向こう側。西陽が雨粒に乱反射して、世界が輝いて見える。


「勿論。彼れは、儂の生甲斐いきがいである」


 その輝きが一層増す。


「儂の愛しき岩星である」


 光は、ふっと笑みをこぼし、増した輝きに色を灯す。


「会わせて呉れぬかのぅ」


 光は私に希う。


「もう一度、彼奴に会いたい」

「何故、私なんですか」


 私は、思わず問いを口にしていた。


「何故、私に願うんですか」


 光は私から目を逸らさない。


「私は、貴方の片割れに会ったこともないのに」

「そうじゃのぅ……じゃが」


 眼光は夜明けの緑色。


「儂は、其方の前に現れた」


 光が召し物をひらひらとして浮き上がった。


「其方もまた、儂の前に現れた」


 光の指先が口元に掛かる。


「其の因果の特異は」


 西陽が眩く、光と同化する。


「何と推し量る?」


 暖かな眼差しに射抜かれて、背筋に悪寒が走る。


「今一度、自身を詳らかにすると良い」


 西陽が山間に途絶えて、光は私の前から姿を消した。


 ‪あたりは、日向の残り香が浮ついている。‬


‪『望は、僕の父と、とうの昔に折り合いをつけているよ』‬


 ‪違う。‬

 ‪疎ましいのは、父じゃない。‬

 ‪疎まれているのは、私のほうだ。‬


 私のからだは冷え切っていた。

 そこに、夜が生まれたての雲を褥とする。


 ‪ぱちり。‬

 ‪どこかで、夜を鳴らす音がした。‬

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