07/17
10:12-11:51
雨音はピアノだ。
ピアノといえば、叔父の旋律。
ピアニシモの静けさで始まる、滑らかなピアノリフと、伸びる倍音。
客がほとんどいない店の片隅で、気紛れに弾いてくれる。
『キミはまだ、帰る気はないのかい?』
叔父の低声が脳裏に再生される。
『
「其方、此処に居ったのか」
雨を凌ぐ木陰へ
現れた光は靄を纏っていた。逆巻く炎に似た髪やからだから、絶え間なく靄が生まれ続けている。
それは、光へ雨が当たる前に、雨粒が蒸発して霞み、纏ったもののようだった。
その光景は、相変わらず異様だ。
陽の光が、雲を纏っている。
しかしまだ、雨は降っているはずなのに。
そう思って空を見上げると、雲が随分まばらとなっていた。雨こそ止まずにいるが、天気雨のように、広野のそこかしこに光が落ちている。
「
光は、私に憂いを帯びた微笑を送ると、自らの熱で私の服を乾かしてくれた。
「矢鱈と雲を切り裂くのは好かぬのでの」
水鳥が飛び立つ手伝いをした、雲を裂く挙手。
「
光が、無いはずの腰を下ろしたそばから雨粒が蒸発して、生まれたての靄が立ち込める。草叢は艶やかにしなり、私を雨から庇っていた大木は目を細めていた。
「序でにであるが、儂の、片割れの話を、しても良いかのぅ」
髪が揺れ、炎のような名残が虚空に霧散する。
そして、私の返事を待たずにぽつぽつと語り始める。
光がこの上なく愛しいという、月齢二.七五の話。
自身だけがここに辿り着き、私の知らないどこかに置いてきてしまったという片割れの話。
「彼奴は、儂と互いの名を預け合った
うら若く、澄み、嗄れた声が、目を細めて懐かしむ。
「素は、儂の統べる小惑星のひとつであった。あれ程迄に
光の視線が墜落する。
「共に、目醒めたかったのじゃ。儂には、彼奴と星回りを共にする軌道が見えておった。其れを成すために、共に目醒める必要があったのじゃ」
光の眼光が木漏れ日を射す。
「彼奴には、先に話した大地の友人の支えと成って貰った。惑星を廻る衛星である。昼も夜も無い彼の星は、我等の助力無くては時を刻めぬかった」
私は、段々と話についていけなくなる。
「彼奴は夜を鳴らし、儂は朝を祈る。そうして、我等はかの星の巡りを、其の軌道を定め、共に過ごしてきた。儂の起こした過ちにて、軌道を違えてしまう迄はの」
光が私の目を射抜く。
その眼光に、思わず怯んでしまう。
「儂は、大地の友人と別れ、独り生涯を終えるつもりで居た。儂のために、友人の寿命を早めるわけにはいかぬかった。本当は、我が片割れも置いていくつもりであった。じゃが、彼奴は付いて来てくれた」
雨脚が強くなり、生まれた靄が光を朧にする。
「付いて来てくれたのいうのに」
朧が震えている。
「彼奴の最期を見届けたというのに」
うら若く、澄み、嗄れた声が震えている。
「儂が、飲み込んだというのに」
光の目元が輝く。
「
閃光がぼやけてはたりと消える。
靄が晴れる頃には、光の姿はどこにもなかった。
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