07/27
22:57-0:27
今夜も闇夜。
空には星空と、真白い粒状が帯のように走り、静かな草叢の上でささめくのが目に浮かぶ。
私は、叔父の店の屋根裏部屋で膝を抱え、今日も家には帰らなかった。
今は、帰りたくない。
父に、どんな顔で会えば良いかわからない。
叔父は、父から事情を聴いたようだったが、私を叱ることなく、必要以上に話を訊ねるわけでもなく、屋根裏部屋を仮住まいとして当てがってくれた。
結局、学校には行かないまま、一学期が終わり、終業式の後にやってきた光陽の罵りもそれきりだった。
長く冷たい息を吐き、私は膝へ顔をうずめると、逃げ込むように昼間の出来事へと意識を潜り込ませる。
昼間の草叢には、当たり前のように光が宙に浮かんでいた。私を認めるなり近寄ってくる。
「儂はの、気付いたのじゃ」
光が私に耳打ちをする。
「此の地の月は、気配は有るのじゃが、宵に姿を現さぬようである」
振り向く私に、ほくそ笑む光。
「若し、
光の目元が細い閃光となる。
「然し、此の地の夜が闇の儘では、些かならず都合も悪かろう」
「そうですかね」
私はまた、光に素っ気ない返事をする。
「儂の片割れが居れば、僅かなる月光を此の地に落として呉れるじゃろうの」
光は右手を器のようにして、空へと高く掲げる。
「お前さんの光は、童共が眠りに就くには丁度良い」
片割れを思い出す光の頬に紅がさす。
「お前さんの
光のまぶたが閉じた。
「お前さんの夜咄で、眠りに就きたい」
うら若く、澄み、嗄れた声が、沈むように嘆く。
「儂はの、何時も、片割れの夜咄で眠りに就いておったのじゃよ」
私に振り返る光の表情は、元の明るさを取り戻していた。
「彼奴は、物を語る業に秀でておった。元気溌剌な童でも、彼奴の夜咄を聴くうちに鎮まり、寝息を立て始める。静寂を担う低声が懐かしい」
光は、天頂に輝く自身を見上げる。
「お前さんの声を、此処に置くことが出来たなら」
光は、一瞬だけ私の顔を見て咳払いをする。
「儂の声を、今一度、此処に置き残そう」
そうして、光は唄い始めた。
今まで聞いたことのない、幻日のような旋律が光の口からまろび出る。
「如何じゃ、儂の声は」
そして、誇らしげな顔で私を見た。
屋根裏部屋の真下から音が聞こえ、私は真夜中に引き戻される。
戸の閉まる音を待ち、抱え込んだ膝を解いて、引き開けた出入口から下を覗くと、誰も座っていない椅子の傍ら、暗がりに映るラウンドテーブルの上に、簡単な夜食が置かれていた。
梯子を降り、夜食を覗き込んだ途端、腹の虫が長く響く。
林檎紅茶をカップに注ぎ、程よく冷まして喉を潤す。夜食のサンドウィッチは、叔父が店で出しているものと変わらなかった。
叔父は、私に何も言わない。
私はただ、甘えているだけ。
甘えているだけだ。
意固地なのは、私のほう。
なんて言えば良いだろう。
なんて言えば、良かったのだろう。
カーテンのない小窓を振り返る。
外は闇夜。
風もなく穏やかな静夜。
そこから外を覗き、月の無いべたっとした空を確かめる。
「眠るのに、丁度良い光」
光の言葉を思い出し、もしこの空に月があったならと思い描いた。
仄かな夜明かりが真暗い闇に佇んで、夜咄を語ってやると囁いてくる気がした。
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