07/06

11:17-13:02

 雨が止んだ。

 掲げられた手が降ろされて、雲を切り裂いた光が地上に注ぐ。


れで良いか、童共わらべども


 夜明色の眼光が眼差す先に、くちばし大輪たいりんを成す百合のごとく咲き誇る。

 うら若く、澄み、嗄れた声が、水鳥の群れを見送ると、振り向き、私を見つけ、召し物をふわりとなびかせてかたわらに落ち着いた。


「今は、我が友の意思もない。お喋りだった可憐な声も、随分と久しくなってしまった」


 逆巻く髪は、陽だまりに似た炎のように、切り裂かれた雲の間へと吸い込まれる。


「儂の存在すら不明瞭である。此処ここは、感ずる以上に居心地が悪い」


 しかし、その眼光は、私の体感温度を引き下げる。


「かの、空の友人の話を、しても良いかのぅ」


 冷たく明るい風——遅朝の光に似た突風が渡る。

 大気の渦を真似、巻き上げるのは、光以外のものの全て。

 やがてそれらが静まりかえる頃、光は、普段の調子で話し始めた。


「途轍もなく、お喋り好きな空で在った。纏う水蒸気をの、何時も、綿飴のようにして、ふわりふわと、儂と片割れの元へ訪ねて来てくれた。そして、最後に我等の元を訪ねてから今日迄の奉り事や地上の様子、大地の友人の話、同僚の話、敬愛する国長の話、自身の水玉の眼球より出でた童共の観る景色。其れ等を延々と語ってくれる。話の逸れるのもずっと多かったがの」


 光の口元が綻ぶ。


「至極、丁寧な物言いで彼奴は語る。誰に対してもそうである。何時なんときも、礼を重んじ、負うた役目は必ず遂げた。ただ、語るるを遮る事柄は好かぬ気質であったのぅ」


 光の目元が一条の光を伴ってした。友人の表情を、声を、仕草を思い返して、必要のない息を吐く。


「会いたいのぅ」


 今一度、繰り返す。


「再び寄り添えたら、れ程喜ばしいことか」


 光の召し物が私の右側を滑る。


「のぅ、お前さん。お前さんも、向こうで、そう思うてくれるかのぅ」


 光の姿が霞み出した。周りに靄が立ち込め始めたのだ。空は曇り、落ちてきそうな曇天の灰色が、切り裂かれた雲間を修復する。


「……お前さん」


 嘆きにも取れる光の声は梅雨となり、やがて大地をしとしとと濡らし始めた。青々とした草花は雨露を湛えて水玉を作り、無数の眼玉が空を見ている。

 見上げる頃には既に遅く、光の姿は消えていた。私は雨避けを差し、ただ、耳を澄ます。


 遠くで轟がする。

 稲光は遥か先。

 ここに落ちるには程遠い。

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