希:こいねが

七辻ヲ歩

2020 夏

05/18

17:02-17:19

 極彩色の光が。

 光のそのもとが。

 私の前で、夕焼け色の召し物をひらひらとさせている。


「一つ、儂の願いを、聴いてはれぬかのぅ」


 光が私に微笑みかける。

 うら若く、澄み、れた声が、皺を刻む口元からまろび出る。


「片割れに、逢いたいのじゃ。儂は」


 布地の真白い指先が、口元をなぞる。


「儂だけが、此処に、辿り着いてしまった。彼奴を、置いてきてしまったのじゃ」


 夜明色の瞳が潤んでいる。


「今の儂には、彼奴を呼ぶことはおろか、声すら置くことも叶わぬ……じゃからのぅ」


 暖かい風と耳鳴りが、光の微笑みとともに押し寄せた。


「彼奴と儂を、再度引き合わせては、呉れぬかのぅ」


 逆巻く炎のような髪束が、ちらちらと飛沫を散らして大気に溶ける。光はただ、天上を仰ぎ、暮れなずむ空の朱と藍に首を傾げて笑った。


「お前さん。儂は、如何して、の手を喪くしてしまったのじゃろうの」


 布地を取り払い、朱く染まる掌を高く掲げる。


「お前さんの其の手が、形在るものであれば」


 逆さ三日月のような口元を絞り、光は続ける。


「否、お前さんの手は、其の姿は、其れでなくてはならなかったからのぅ」


 光が私に振り向いた。


「彼奴の名は、月齢二.七五。儂の唯一無二、愛でるべき月影である」

「……貴方の名は」


 私は訊ねる。


「儂は、光。其方等そなたらの頭上に照る、天の円環である」


 途端、夜の帳が下り、光は私の前から姿を消した。

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