第10話 守るべきもの

 誰もいない東都中学校の屋上で、二つの影が揺れた。

 そこから見えるビルがサソリのような怪獣の尻尾で崩れ落ち、地響きも起きる。


「本当にいいの? 戦わなくて……」

 双眼鏡を覗き込み、怪獣災害を観測していた黒い影が首を傾げる。すると、もう一つの影は唇を噛み締めた。

「いいんだ。あの怪獣たちは本気になったウォーターブルータイタンでしか倒せない」

「でも、このままだと怪獣が多くの大切な人たちの命を奪うんだよ。私みたいな境遇の子を減らさないと……」

「分かってるけど、無理なんだ」

 二人の口論が続く中、屋上のドアが開き、そこから新たな影が飛び込んだ。

 

「あの巨大ヒーローはあなたですね?」


 中年男性の声が静かな屋上に響き、二つの影は新たに現れた人物に視線を向ける。

「誰だ?」と焦る男の隣で少女が黙り込む。


「探偵の明知サトルです。地球防衛隊よりも早く怪獣を倒してきた巨大ヒーロー、ウォーターブルータイタンの正体を追っていました。そうしたら、分かったんです。あなたが巨大ヒーローとして、街を守ってきたと。そうですよね? 元地球防衛隊所属の天雲コウタロウさん」


 サトルの視線の先で佇んでいた黒いスーツ姿のコウタロウが苦笑いする。


「あの救世主が僕? 探偵さん、面白いこといいますね?」

「そうですね。突然目の前に現れた探偵の迷推理に聞こえるかもしれません。ですが、この状況が教えてくれたんですよ。あなたがウォーターブルータイタンだって」

「意味が分かりませんね」とコウタロウがはぐらかす。それでも、サトルは真実を追求した。


「セイジ元隊長がこんなことを言っていたとダンキチ隊長から聞きました。本気で戦っていいのは、避難誘導が完了してからだと。しかし、現在、街に四体もの怪獣が出現するという前代未聞な事態が発生し、避難誘導は大幅に遅れています。つまり、これしか考えられないんですよ。避難誘導が間に合っていない状況下で、このまま変身して怪獣を倒してしまえば、民間人に被害が及ぶかもしれない。あなたは、セイジ元隊長の教えを忠実に守っていた。違いますか?」


 探偵の真剣な目つきと顔を合わせたコウタロウは、重い肩を落とした。


「全く、とんだ迷探偵だ。確かに、私は地球防衛隊を辞めてから、独自の立場から街の平和を守ろうとしてきた。そんな時に出会ったのが、彼女だった」

 そう言いながら、コウタロウは隣に立つ夏羽ユウコに視線を向けた。

 黒いセーラー服を着ている彼女は、真っ赤なペンダントを握り締めている。


「つまり、それは自白ですか?」

「探偵さん。その通りです。彼女は私に街を守るチカラを与えてくれました」

「つまり、夏羽ユウコはあなたの協力者だったんですね?」


「はい。私は怪獣を倒すことができる救世主を探していました。それが、コウタロウさんだったんです。四体の怪獣が一同に会する時、太古に封印された邪悪な巨人が蘇り、世界を滅ぼす。私の一族が守ってきた予言の書には、そう記されています。この未来を変えるためには、正義の巨人、ウォーターブルータイタンのチカラが必要です」


 ペラペラと語られる事実を聞き、サトルの目が点になった。


「ちょっと待て。一族ってなんだ?」

「要するに、夏羽ユウコは、正義の救世主に仕える者の末裔だったということです。夏羽ユウコの平和を願う心と私の正義感がお互いに持っているペンダントと共鳴することで、変身できるのだが、やはり、避難誘導が完了するまでは変身できない……」


「いい加減にしなさい! 今も地球防衛隊の仲間たちは戦っているんです。ダンキチ

隊以外の隊は全滅して、残されたダンキチ隊長たちは、怪獣を倒そうと奮闘しています。それなのに、どうして戦わないのですか!」


 コウタロウの言葉を遮り、サトルが怒鳴る。頬をプルプルと震わせ、充血した目は正義のヒーローの顔を睨みつけていた。


「星雲コウタロウさん。あなたの正義は何ですか? 何を守りたかったのですか?」


 続けて、探偵が諭すように問いかける。それに対して、コウタロウはジッと前を見た。東都中学校を囲むように三体もの怪獣が集まっているのが見える。

 西部に現れた怪獣以外の三体が校庭に集結。そんな中で、彼はスーツのズボンのポケットの中から青い水晶を取り出し、右手で握り締めたそれを天へ掲げ叫ぶ。


「マイ・ニュー・ワールド!」


 黒い影の頭上に白い光の球体が浮かんだ。青白く光っている体は、光の球に吸収されていき、サッカーゴールが置かれた校庭の上へ落ちていく。

 その直後、球体が文字通り消失し、巨大な体が立ち上がった。


 全身を青白く光らせる漆黒の巨人が性別不明な声を校庭に響かせる。


「我が名はウォーターブルータイタン。さあ、不意打ちを好む闇の怪物よ。大いなるチカラで駆逐してやるから、覚悟するがよい!」


 口上の後、正義の巨大ヒーローの目の前に現れた巨大な金髪女性は、口を大きく開け、喉を震わせた。


「ララララララッラッラララァ~♪」


 まるで歌うように響いた声は、学校の窓ガラスを次々に粉々に砕いていく。

 砂が混ざった地面にガラスの雨が降り注ぐ。


 それからすぐに、別の山羊怪獣が口から小さな炎の玉をいくつも吐き、巨大ヒーローの腹に当てた。すると、校庭を白い煙が包み込む。

 

 その中で、真っ赤なサソリのような怪獣が尻尾を巨大ヒーローに向けて伸ばす。

 だが、それは煙の中のヒーローによって掴まれた。そのまま両手で怪獣の尻尾を引っ張り、上空へ持ち上げる。

 そして、そのままサソリの怪獣を校庭の上に投げ飛ばす。そこに叩きつけられた怪獣は動かなくなり、炎の山羊に巨大ヒーローが正義の眼差しを向ける。


 ウォーターブルータイタンは山羊怪獣に向かい駆け出す。一瞬で間合いを詰め、怪獣の腹部を狙い、拳を打ち込む。その右の拳は炎に包まれ、白い煙も登り始める。それでもヒーローは、気にすることなく怪獣に強烈な一発をお見舞いさせた。


 その一撃だけで山羊の怪獣の体が校庭の上で崩れ落ちる。




「これであと二体だな」

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