第8話 束の間の平和

「いらっしゃいませ! お好きなところにどうぞ!」

 お昼を過ぎた時間帯にサトルたちが訪れたその店は閑古鳥が鳴いている。

 築二十年は経過していそうな雰囲気のある食堂の薄汚れたガラスの引き戸をサトルが閉めると、厨房の中でルゥをかき混ぜていた山寺アイが目を丸くする。


「その銀色のつなぎ服、地球防衛隊だね。もしかして、ヒデキ君と同じ隊かな?」

 首を傾げる女店主の顔が良く見えるように、サトルはカウンター席に座った。その右隣にダンキチも着席する。


「はい。こちら、ヒデキ隊員の直属の上司のダンキチ隊長です」

 サトルが左手で右隣に座る隊長を指す。それを聞き、アイは首を縦に振った。

「そうかい。そうかい。その方が噂のダンキチ隊長かい。ヒデキ君から聞いてるよ。優秀な隊長だって。今度はヒデキ君と一緒に呑みに来るといいよ。ウチは午後五時からお酒の提供もしてるから。ところで、ニュースでやってたけど、ヒデキ君が何者かに神社の階段から突き飛ばされたんだってね。犯人は捕まったのかい?」


 アイが興味津々な表情で尋ねる。それに対してダンキチは首を横に振った。

「まだ犯人は捕まってない。まあ、警察が捜査してるから、すぐ捕まるだろう」

「そうだね。じゃあ、常連のヒデキ君の仲間だから、サービスしちゃおうかな? 大盛りとトッピングサービス、どっちがいいんだい?」

「サービスは必要ないが、いくつか聞きたいことがある。まずは、あなたと夏羽ユウコの関係だ。孤児だった夏羽ユウコをあなたはなぜ里親として引き取ったのか? 教えてほしい」


 突然のサトルの問いかけに対して、アイは首を傾げる。

「どうして、ユウコのことを聞くんだい? 確かに私は、あの子をから引き取ったが……」

「あの孤児院?」とサトルは気になった言葉を復唱した。

 それに対して、アイは驚きの声を出す。

「覚えてないのかい? 三年前の未解決殺人事件だよ。あの孤児院の洗面所の前で殺害されたのは、孤児院で働いていた木村ジュンさん。ジュンさんは孤児院の子どもたちに慕われるお姉さん的な存在だってユウコから聞いてるよ。他にも、ユウコが暮らしていた孤児院は、経営者の若林ハジメさんが金銭を横流ししていたという黒い噂もあったが、タロウさんはジュンさんが殺された事件の二日後に、港町の廃倉庫の中で殺害されてしまったんだ」

「そういえば、そんな事件もあったな」

 頭の片隅にまで追い込まれた事件の記憶を、サトルが思い返す。

 そのあとでアイは視線をダンキチに向けた。


「ダンキチ隊長。そういえば、ユウコが暮らしていた孤児院は、地球防衛隊の天下り先だって噂があったけど、本当なのかい?」

「ああ、そうだな。退職した先輩も何人か孤児院で働いている。まあ、コウタロウも孤児院の再就職を斡旋されたらしいが、断ったそうだ」

「コウタロウ君……」とアイはダンキチの口から飛び出した名前に興味を示す。

 それに対して、サトルの頭にクエスチョンマークが浮かんだ。


「天雲コウタロウがどうしたんだ?」


「あのコメンテーターの天雲コウタロウ君が一か月くらい前の夜にウチに来たんだよ。そこでしばらくの間、彼はヒデキ君と呑んでいたんだけど、突然声を荒げて、ヒデキ君の胸倉を掴んだんだ。飼い犬が何とかって怒鳴った後、お金を机の上に置いて、コウタロウ君は店を出て行った。でも、おかしいんだよ。翌日のお昼にウチのカレーを食べに来たヒデキ君に犬を飼っているのかって尋ねたら、ペットなんて飼ってないって返されたんだ。てっきり、昨晩の口論はペットの飼い方に関する口論だと思ってたんだがね」


「そのこと、警察に話したか?」

 ダンキチからの問いにアイは首を縦に振る。

「はい。正直に話したけど、昨日の夜、店に来たコウタロウ君が言っていたんだ。自分には事件発生当時、テレビ局で生放送の準備をしていたという鉄壁のアリバイがあるって。多分、警察は、あの口論とヒデキ君の事件は無関係だって思っているんだろうが、そんなに気になるんなら、東都中学校に行くといい。今日は、コウタロウ君が全校生徒の前で怪獣災害に関する講演会をするって、ユウコが言っていたからね」


「なるほど」と納得するダンキチの隣でサトルはジッとアイに視線を向ける。


「脱線してしまったな。そろそろ教えてもらおうか? なぜ夏羽ユウコを孤児院から引き取ったのか?」

「そういえば、そんな話をしていたね。正直に言うと、あのセイジ君に頼まれたんだよ。ユウコを引き取ってくれって。セイジ君が殉職する一週間前にね。まさか、あの子が私にこんなことを頼んでくるとは思っていなかったよ。まあ、結果的にこれで良かったと私は思っているさ。もしも、セイジ君がユウコを引き取っていたら、またユウコが一人になるから」


「つまり、あなたと東馬セイジとは何かしらの繋がりがあるということか?」

 追求する探偵の声にアイが首を縦に振る。

「そうだよ。とはいっても、ただの常連客と店主の関係さ」




 長話の後、定番のカレーライスを食べ終わり、会計をしてから店を出る。

 引き戸を開けた先に広がる真っすぐな道路の上をサトルはダンキチと並んで歩く。その道中でサトルは首を傾げながら、ダンキチに問いかけた。


「さっきの山寺アイの話、おかしいと思わなかったか? ただの常連客が行きつけのお店の店主に孤児院の子を引き取ってくれって頼むだろうか?」

「そうだな。ウソは吐いてないようだが、何かを隠していそう……」

 こうダンキチが言葉を返そうとした時、彼のスマートフォンが鳴り響いた。それと同時に、サイレンの音が静かな町に大きく響く。

 そんな中でスマホの画面をジッと見たダンキチの顔が青ざめていく。


「ダンキチ隊長?」と隣にいるサトルが心配そうな声をかけると、ダンキチは突然、自分の両頬を叩く。そして、真剣な表情になった彼はサトルと顔を合わせた。その顔には焦りが宿っている。


「たっ、大変だ! 街に怪獣が四匹も現れた。今すぐ、俺は基地に戻る。サトル隊員は近隣住民に念のため避難誘導してほしい」

「ああ、分かった」


 二人の隊員が別の方向に走り出す。全ては同時多発怪獣災害を食い止めるために。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る