第7話 中間報告

 十畳ほどの広さの一室の中に大きな机がポツンとある。そんな司令官室の机の前に座っていたゲン司令官は、はぁと溜息を吐いた。机の上には書類の束が置かれている。机の右端に飾られた写真盾の中では、麦わら帽子をかぶった黒髪ロングの少女が砂浜の上で笑っていた。


「あれで良かったんだ」と写真に目を向けた司令官が深刻な表情で呟く。丁度その時、司令官はドアの向こうからノック音を聞いた。


「入れ」と返しながら、彼は写真盾を伏せる。それからすぐに、サトルがダンキチと共に司令官室に顔を出す。


 机を挟みダンキチを並んで立ったサトルの手には一枚の写真が握られている。


「ゲン司令官。ウォーターブルータイタンの正体が分かったかもしれません」

 自らが雇った探偵からの報告を聞き、ゲンは目を大きく見開く。

「なんだと!」

「はい。一週間前、獅子に似た怪獣が現れた際、おかしな行動をした人物がいた。その人物は、わざわざ避難所とは逆方向、怪獣と地球防衛隊の戦場に向かって走っていたんだ。真っ赤な水晶を握って、そんな行動をしていた彼女の姿を、私はハッキリと車の中で見ていた」

「一体、誰なんだ?」

 焦りながら尋ねるゲン司令官に対して、ダンキチは首を傾げる。


「ゲン司令官。避難所に行ったはずの彼女の所在が分からなくなったという情報は、当時、あなたのところにも届いていたはずだが……」

「最近、記憶力が衰えてきてね。そろそろ司令官としての仕事を若者に任せようと思っているところだ」

「失礼しました!」とダンキチが頭を下げる。その隣でサトルは疑念を抱いていた。

 それに続いて、サトルは手にしていた写真を机の上に置き、ゲン司令官の前に差し出す。それには、黒いセーラー服を着たマジメな表情の夏羽ユウコの姿が映し出されていた。


「中学校から学生証の写真をお借りしました。名前は夏羽ユウコ。東都中学校に通う中学二年生。この一週間、彼女について調べたところ、怪獣被害で両親を亡くした孤児で、現在は、里親の山寺アイに引き取られて、普通の生活を送っているらしい」


「ほうほう」とゲンが首を縦に振りながら相槌を打つ。それから、ダンキチはサトルの言葉を引き継いだ。


「さらに、調査を続行すると、彼女はここ一年間、避難所に一度も避難していないことも分かったんだ。先週のように、避難誘導されたシチュエーションになっても、必ず避難せず、戦場に向かって走っている。妙だと思わないか?」


 探偵からに調査報告を聞いた依頼人が両手を組む。

「なるほど。確かに怪しい中学生だな。その赤い水晶が変身アイテムか?」


「ただし、彼女がウォーターブルータイタンであるとも限らない。あの時、あの巨大ヒーローは、私の目の前でハッキリと言ったんだ。セイジさんの意志を継ぐ者だって。この一週間、調べを尽くしたが、夏羽ユウコと東馬セイジの接点は分からなかった。ウォーターブルータイタンの目的が、セイジさんの意志を継ぎ、怪獣を倒すことだとしたら、変身者は別の人物である可能性もある。あの声は、出まかせを言っているように聞こえなかったからな。ウォーターブルータイタンは、セイジさんの意志を継ぐ者である可能性が高い。以上が中間報告だ」


「分かったが、孤児といえば、生前にセイジ元隊長が偽名を使って孤児院でボランティア活動をしていたと聞いたことがある。どこの孤児院かは知らないが、もしかしたら、そこの孤児院で夏羽ユウコが暮らしていたのかもしれない。セイジ元隊長は、母親が失踪して、父親とも若いうちに死別したからな。おそらく、両親を失った子供たちを放っておけなかったんだろう」

「なるほど、有益な情報提供ありがとうございます」とサトルが頭を下げる。それからゲンが彼らの前で首を傾げた。


「それで今後はどうするつもりなのかね?」

「東馬セイジを調査対象にします。彼のことを調べたら、新たに浮上した容疑者との接点が見つかるかもしれないからな。その一環として、彼と仲が良かったという天雲コウタロウと接触する。そして、先程のゲン司令官の情報を元に、夏羽ユウコが暮らしていたとされる孤児院についても調査しよう」

 探偵の次なる一手を隣で聞いていたダンキチは驚きの顔つきになる。

「コウタロウに会うつもりか? わざわざそんなことしなくても、俺かナオ隊員に聞けば済むはずだが……」

「それだけだと不十分だと思うんだ。天雲コウタロウは何か知っている。探偵の勘がそう言っている」

 サトルの真剣な目つきと顔を合わせたダンキチが溜息を吐く。

「ああ、分かった。俺も一緒に行こう」


 捜査協力関係が結ばれた後、サトルとダンキチが司令官室を退室する。それから二人が並んで、廊下を歩く。サトルの右隣にいるダンキチは顎に手を置きながら、歩みを進めていた。


「知らなかったな。あのセイジさんがどこかの孤児院でボランティアをしていたなんて……」

「兎に角、これで夏羽ユウコが暮らしていた孤児院と東馬セイジがボランティア活動をしていた孤児院が同じなら、接点が見つかりそう……」


 言い切るよりも先に、お腹が鳴く。その音を隣で聞いていたダンキチは、ジッとサトルの顔を見た。


「そういえば、お昼を食べていなかったな。それなら、星雲亭に行くか? 孤児だった夏羽ユウコを里親として引き取った山寺アイの店だ。まだ彼女から話を伺っていないだろう?」

 ダンキチの意見にサトルが首を縦に振った。



 

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