現人神対英雄Ⅰ

 時代の流れ、先頭を征く者には嫌でも見える潮目の変化に、この時代の頂点は哀しく目を閉じる。武を極め、頂点を死守し、それが愛する祖国のためになるのだと思っていた。だが、現実は違った。己の歩んだ道程は決して褒められたものではない。突き当たって気づかされた。ここは可能性の袋小路。

「……愚かなり、偽物の神よ」

 毎朝悔いる。何故己は狂ったように神狩りなどを行い、無駄に時間を浪費してしまったのか。もっとやるべきことがあった。武を、槍を磨く時間を、何故新しい時代へ向けることが出来なかったのか。

 自分はいい。今更適合できるとは思わない。だけど、新しい時代に手を差し伸べ、引っ張り上げることは出来たはず。かつて虎が己を見出してくれたように、己もまたそうすべきだった。武に、自らに、こだわり過ぎた。

 その結果が、今。

 自分を『白神』と祭り上げ、絶対視し、同じような人材ばかりが高い席次に付く。可能性もクソもない。さりとてこの国をそう染め上げたのは自分で、今更否とは言えない。言えるわけがない。

 今のネーデルクスは『白神』シャウハウゼンという神が君臨することによって成り立っている。己の否定は、国家の瓦解に繋がりかねない。せめて情勢が安定していれば、とも思うが、残念ながらアルカディア、エスタード共に虎視眈々と超大国の揺らぎを待ち構えている。特にエスタードはあの兄弟が、特に――

『神の底、見たりッ!』

 ジェド・カンペアドール。彼の存在がある限り、ネーデルクスに安寧はない。この前の戦も国内では勝利と言っているが、実際は薄氷、何とか引き分けに持ち込んだ、と言うのが正しい。ジェドは恥も外聞も捨て、最強であるシャウハウゼンを避け、ネーデルクスの拠点を落として見せたのだ。嵌められたシャウハウゼン本隊は、何とか力押しでエスタードの拠点を落とし、イーブンにまで持ち込んだ。

 それが先の戦いの真実。彼を武人として、局地戦での将として恐ろしいと感じたことはないが、戦場が広がれば広がるほどにその力関係は傾いていく。

 今、世界の情勢は戦乱によって分裂を繰り返したのち、徐々に統合され戦争の規模も拡大し続けている。早晩、大国同士の戦いではただ一人の手が届く範囲を逸脱し、より広さを持った者が活躍するようになるだろう。

 時代の変化、戦場の変貌、将の進化。

「英雄の時代、その終焉、か」

 世界の頂点、先頭を歩むが故に見えてしまう景色。そこに愛する祖国の姿はない。ジェド擁するエスタード、サロモン率いるガリアス、その他まだ見ぬ広さを持った将たちが織り成す新たなる時代。そこに英雄は、いない。

 彼らがそうである、と確信はないが、彼らが先駆けであるという確信はあった。祖国はその流れに乗り遅れるのもまた確信がある。

 変えねばならない。だが、変え方がわからない。

 ならば自分は先頭に立つべきでは、無い。

 それなのに――

「シャウハウゼン! シャウハウゼン!」

 己の背後には熱狂し、自分を慕う無垢なる民がいる。彼らの眼に疑いはなく、ただ自分への絶対的な信頼だけがあった。

 そうさせたのは過去の自分。何も持たぬがゆえに焦り、師から認められたいと願うあまりに暴走を繰り返した、神様気取りの愚か者。

 それでももう、後には退けぬのだ。

「キュクレイン、私を信ずるかね?」

「無論」

「……そうか」

「何か問題でもありますか?」

「いや……皆無だ」

 これは己が選んだ道。袋小路であろうと、突き進んで祖国に勝利をもたらす。我が名はシャウハウゼン。虎より賜った名は世界に轟いている。

 世界最強、これだけが今、シャウハウゼンを、ひいては彼を擁するネーデルクスを支えている。そこに疑いがあってはならない。

 微塵も。

「私は誰だ?」

「シャウハウゼン!」

「私は何だ?」

「我らが神!」

「願うは何か?」

「祖国の勝利!」

「ならば応えよう。私が、神だ!」

 戦場に轟くは神を崇める将兵たちの咆哮。天を衝き、地を揺らし、世界に覇する最強の軍勢。彼らを率いるは超大国ネーデルクスが誇る現人神。

 その名はシャウハウゼン。

 祖国を背負い、最強の座を脅かす芽を摘まんと、動き出す。


     ○


 超大国にしては多くはない軍勢である。だが、対峙する若き日のウェルキンゲトリクスは顔を歪めた。あれとぶつかってはならない、と本能が警鐘を鳴らす。

 この時代、野戦最強はと問えば十人中十人がシャウハウゼンの率いた軍、と言い切った。世界最強の男だが用兵にも優れている、と言うわけではない。彼自身は徹底してオーソドックスな、いわゆる王道の戦術しか採用しないタイプの将である。一見すると堅物が過ぎ、何とかなるようにも思えるが、その実この男ほど戦術家泣かせな将はいないと言われるほど、野戦に置いて無類の強さを誇る。

 その理由は彼個人の強さにも起因するが、そこに本質はなく、シャウハウゼンと言う存在に対する絶対的な信頼が兵を引き上げる、いわばカリスマ性こそが将としての彼が持つ最大にして最強の武器であった。

 たかがカリスマと馬鹿にすることなかれ。どんな戦場でも人が行う以上、モチベーションの変動はある。戦場が長引けばモチベは落ち、士気も下がる。将兵の数に変動は無くとも、それだけで戦力は激減してしまうのだ。

 しかし、シャウハウゼンが率いた軍にはそれがない。それどころか常に天井を突破した士気を保ち続け、如何なる窮地に立たされようとも神への絶対的な信頼が背骨と成り、むしろ士気が限界を超え跳ね上がるのだから恐ろしい。

 今まで多くの戦術家たちが、何とか彼の軍を倒そうと試行錯誤を繰り返した。だが、その全ては彼の王道ならぬ、神の道の前に磨り潰されてしまう。

 何せ、中央突破を選んだネーデルクス軍を包囲しようと網を用意しても、そもそも彼らの勢いに中央の底が持たずに、網が喰い破られ全てが崩壊してしまうのだ。シャウハウゼンが率いた戦で、野戦の勝率は現在まで驚異の十割。

 その神話が尚更、彼の力となるのだから手が付けられない。

 そして若き俊英が選んだのは、彼が率いる軍とは戦わぬ道、であった。つまり端から野戦ではシャウハウゼンには勝てない、と白旗を挙げているようなもの。実際に特に何の工夫もなく、彼が率いた軍は倍の軍勢をも跳ね返す。

 生来の華と最強の武力、そして積み重ねた実績が彼を戦場の神とした。

 ただそこにいるだけで最強の軍勢が出来上がるのだ。もはや戦術でどうにかなる存在ではない。戦略レベルで対応すべき存在であろう。

 実際にこの戦の後、ウェルキンゲトリクスは彼のやり方を学び、模倣し、最強の英雄王として君臨することとなる。彼の場合はネーデルクスほどの戦力を用意出来ないため、自らを先頭とした中央突破に偏るしかなかったが、それでもなお彼もまた不敗神話を築き上げるほどに勝ちを積み重ねた。

 彼ら個人の武力も傑出しているが、重要なのは其処ではなく、実力と実績、生来の華が噛み合ってのカリスマ性である。それが人の背を押し、限界を超えさせ、如何なる局面でも実力以上を発揮する最強の軍勢へと変貌させるのだ。

 まあ稀に、生来の華だけでその域に達する化け物もいるのだが――

 ちなみにシャウハウゼン亡き後、ネーデルクスは彼のやり方に固執し大勢の戦死者を出すことになる。神在ってこその王道であったのに、神が欠けたのではただの愚直な軍でしかない。神が与えた功罪、繁栄も、凋落も、全ては彼と共に在った。

 その後、軍の戦術に関して、神のやり方を変えたのが神の信奉者であったキュクレインであったのは中々皮肉が効いている。

 どちらにせよ、現状のウェルキンゲトリクスは向かい合った瞬間、シャウハウゼンがあえてこちらに合わせ拮抗する戦力差にしているにもかかわらず、野戦での決戦を避けた。今の自分では絶対に勝てない。そう思ったから。

 オストベルグの大将軍マクシムを、ガリアスのガイウス、サロモンを、その他多くの敵を粉砕してきた若き天才は、初めて戦わずに後退を選択したのだ。

「身の程を弁えているようですね」

「さて、どうかな」

 その選択に対してシャウハウゼンは苦笑する。その様子にキュクレインは顔をしかめた。何故か己が主は、撤退を選択した相手に対し面白がっているように見えたから。いや、対峙した瞬間から、何処かそんな雰囲気があった。

「追いますか?」

「もちろん。彼らの本拠地を討つための軍だ」

「……承知」

 後退していく若き英雄の背中。その彼がちらりとシャウハウゼンを見る。

 その眼にシャウハウゼンは――

「……一対一ならば勝てる、か。ふっ、私も侮られたものだ」

 自らへの挑戦を、見た。

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