そして、勇者は後悔する。

 私、犬塚香奈は勇者として異世界に召喚された。突然召喚された時は本当に驚いた。まさか、異世界召喚なんてものを自分が経験するとは思わなかったから。



 驚きと、帰れなかったらどうしようという思いが自身を覆い尽くしていた。だけれども、王子であるユリアスや、巫女であるアザリナが帰還の魔法陣は満月が赤く染まる日――四年に一度やってくるその日に発動できるのだといった。



 この世界では、異世界から勇者を召喚する。その勇者は聖なる剣に認められ、『落ち人』と呼ばれる存在するだけで世界の害とされる存在を殺すために呼ばれるのだ。



 勇者は神聖なるものとして、良い待遇を受けるものらしい。召喚された時と同じ時間に、戻れるというのだから、凄い技術だと思う。



 『落ち人』というのは、悪い悪魔に惑わされて、人やエルフなどの善良な種族ではなくなり、狂った存在をさすらしいのだ。死ぬまで『落ち人』は狂い、苦しむというのだから、殺すのが一番の救いなのだという。

 正直な事を言うと、異世界の事なんて知らないから家に帰りたいと思った。でも皆必死で、優しい人ばかりでほだされた。




 勇者として聖剣を抜く頃にはすっかり私は、この世界になじんでいた。単純だって言われるかもしれないけど、優しくていい性格してる周りにすっかり絆されてしまったのだ。それに帰れるというし、異世界召喚なんて不安もあるけど夢があると思った。だって物語の中でしかないことを経験できるなんてわくわくする。

 聖剣を引きぬいてから、しばらくは剣の練習や『落ち人』について学んだ。剣は言っちゃなんだけどチート能力でもついてるのか、簡単にできてびっくりした。体が、軽くて思うように動けるのだ。









 「『落ち人』は悲しい存在ともいえるのですよ。恋人を亡くしたとか、辛いことがあったからと狂って落ちていき、悪魔に惑わされる事があるのです。『落ち人』は契約をすると人ではなくなって、勇者の剣によって殺されないと死ぬことが出来ないのです。中には、狂っていても知能を持ったままの『落ち人』もいますが、そういう『落ち人』は危険なのです。そのような『落ち人』は強大な力を持っている例が多く、『魔王』と呼ばれる存在となって世界を憎んでいるのです」




 椅子に腰かけて、巫女であるアザリナがしてくれる授業を真面目に聞く。



 『落ち人』は悲しい存在でもあるらしい、と悲しそうに言うアザリナは優しい子なんだと思う。

 ようするに辛いことがあった時、悪魔と呼ばれる惑わす存在に出会って、人ではなくなってくるってしまう存在が『落ち人』らしかった。



 そういう『落ち人』は聖剣でしか殺せないらしい。聖剣によって殺された『落ち人』は体は灰になっていくんだとか。



 『落ち人』は狂っているから、生かすより殺す方がその人のためになるらしい。この世界では、死んだ魂がこの世界で生まれ変わるという。だから、『落ち人』として死んだ人も生まれ変わって新たに生を受け、やり直せるんだとか。



 世界に受け入れられた存在は、魔法を使う事が出来るんだって。それでいて、召喚された勇者である私は特に世界に望まれていて、精霊に愛されているらしい。実際に私の目に映る精霊は全部が全部有効的だった。



 だったら私が救ってあげたいと思った。私にしかできない事があるなら、精一杯やりたいって思った。戦うなんて怖いけど、誰かのために私が出来る事があるならやりたいって思ったんだ。

 そんな思いを告げたら、ユリアスもアザリナも笑ってくれた。















 数カ月、そうして過ごしてから私は旅に出ることになった。一緒に王子であるユリアスや巫女であるアザリナ、騎士団長であるフォルネスさんもついてくる事になった。



 馬車に乗って『落ち人』を狩る旅に出かけるのだ。四年後、帰る時までに私は精一杯自分に出来る事をやろうと思う。

 最初の『落ち人』を殺したのは旅にでて一ヶ月が経った頃だった。狂ったような目が怖かった。戦いを楽観的に見てた事に気付いて何とも言えない気持ちになった。



 不安も少しは感じてたけど、異世界に来たって事に何処かうかれてた気がした。でも、『落ち人』を殺した時、怖かった。人を殺したんだって思いに、自分が怖かった。殺したって事実に涙があふれた。



 そんな私をユリアスもアザリナも、フォルネスさんも慰めてくれて、本当に優しい世界だと思った。優しい人が溢れる世界。そんな世界のために戦えるのは誇らしい事だと思った。



 怖かったけど、精霊たちも助けてくれて、だから頑張れた。頑張って、戦おうって思えた。

 葛藤も沢山あったけど、戦っていこうと思った。
















 そうして召喚されて二年が経った頃、私は一人の『落ち人』が森に居る事をしった。勇者は『落ち人』を感覚で判断できるし、探す事が出来るのだ。

 その『落ち人』を見た時、私は驚いた。だってまだ小さな少女だったのだ。それに今まで見た『落ち人』は狂っていた。手入れもされてない肌や髪も見られたし、服だって気にもせずにボロボロだった。でも森に住んでいたその少女は人間と変わらなかった。





「――――…か……な」




 それにその人は何故か私の名を知っていたのだ。戸惑った。何で、どうして、って疑問ばかりが心を埋め尽くしてわけがわからなかった。




「悪魔は人の心が読めるんですよ」



 油断してはいけないとアザリナが言って、私は決意したように聖剣を向ける。

 だけど隣にいた悪魔らしき男が、『落ち人』である少女を連れて逃げたのだ。

 わからなかった。『落ち人』は狂った存在で悪魔は『落ち人』を餌としか見てないと聞いていたのに、あの悪魔は確かにあの驚いたように私を見ていた少女を助けた。



 何だか今までの『落ち人』や悪魔とは違う感じがして戸惑った。





 あとから、皆に、



「あの『落ち人』は魔王になりかねない」

「油断してはいけない。きっと油断させるためにあなたの名を呼んだのでしょう」

「あれも、『落ち人』には変わらないのですよ」



 そう言われた。



 戸惑ったし心が乱れなかったといえば嘘になるけれども、あれは『落ち人』だから殺さなきゃという思いを感じて決心する。



 あの少女を見てると何だか胸騒ぎとか嫌な予感がする。それもユリアス達は、悪魔が行っているといっていたけどよくわからない。



 でも殺さなきゃ。世界のためだから、皆のためだから――…。私は今はただの『女子高生』なんかじゃなくて勇者なんだから。
















 それからまたその少女の『落ち人』を見つけた。今度は、決意に満ちた目で少女は真っ黒な長剣を持っていた。



 落ち人は、長く存在すれば存在するほど力が強いらしいと聞く。その少女が何年『落ち人』として暮らしているかはわからない。だけれども少女は強かった。

 剣が交差する。



 周りの援助を受けながら私は戦った。だけど目があった時だった。

 一瞬の隙が出来たのだ、少女に。その隙を見逃すまいとばかりに私は長剣をふるった。



 そうして長剣が少女へと突き刺さる。聖剣が刺さった少女は、崩れ落ちるように地面に伏せる。


「―――ル、ツ」




 倒れた少女は何かを小さくいっていた。



「――見、………け、て。やく……そ、だ…よ」




 何をいっているかは正直わからないけれど、やっぱりその少女は今までの『落ち人』とは違う。



 狂って、苦しんで死んでいった『落ち人』とは違う。彼女の目には意思がある、理性がある。少女は、普通の人間の少女と変わらなくて、何だか殺してしまったことの気分が悪かった。



 少女が灰へと変わってく。

 そうして服が落ちて、何かちょっと分厚い手帳のようものが落ちた。

 私はそれを拾い上げた。




「―――……っ」




 手帳の中身を見て、私は驚いた。

 だって日本語だったのだ。そこに書かれてた文字はまぎれもなく。



「どうした?」



 ユリアスに聞かれて、思わず私は手帳を懐にしまってしまった。驚いての行動だった。



 もしかしたら少女の『落ち人』はもとは日本の人間だったのかもしれないと思うと、何とも言えない気持ちになった。















 そして私はその日から夜に皆が寝静まった後にその日記を読むことにした。この世界に来るにあたって、私は祝福を受けたとかで、言葉も通じるし、文字だって知らないはずなのに英語に似たそれを理解できた。わからないけど、内容は理解できたのだ。


 日記は、70年近く前から始まっていた。とはいっても、途中で書いてない期間も長くあったけれども、それは確かにこの世界で言う70年近く前から始まっていた。



 





『はじめての日記を書こうと思う。

 今、生まれてからこの世界で正確に何年たったのかはわからない。日本の年月で数えれば、大体三年ぐらいたったと思う。

 言葉も少ししか理解できない。笑えない。現世の家族らしい人が怖い。私は帰りたかっただけなのに。帰れないから死んだのに、どうして、まだ、異世界に居るんだろう?

 どうせなら、記憶を全て無くしてくれていればよかったのに。どうして、記憶を持ったまま私は此処に居るんだろう。

 お母さん、お父さん……。会いたいよ。』







 一番初めのページにはそんな言葉が書かれていた。これだけじゃよくわからない。でも、あの少女は確かに日本に居た記憶があるらしかった。『帰れないから死んだ』の一文によくわからなかった。異世界トリップでもしたのだろうか…? それで帰れなかった? 両親に会いたいと嘆いてる少女の心が、そこに刻まれていた。



 それに言葉もわからないと書いてあった。どういう事なのだろうか…。あの『落ち人』になった少女は、私みたいに言葉や文字が通じたわけではない…? 世界に受け入れられた異世界人は言葉も通じるし文字も理解できる、とアザリナは確か言っていた。召喚だったら言葉も全て通じるはずだ。じゃあ、この子は召喚ではなかった…?



 それからしばらくは言葉を理解できない不安の日常がとぎれとぎれで書かれている。

 しばらくしてようやく少女は自分の年や言葉が理解できるようになったらしいとわかった。でもすっかり周りに異常に見られているらしかった。



 魔力も少なく精霊に嫌われていたらしいという事もわかった。読んでいて、少女が望まない異世界トリップをして、言葉も通じない中で奴隷となり男に買われ性奴隷のようになり、自ら命を絶った事が理解できた。

 衝撃的だった。



 その日は眠らなきゃと思ってそこで一度日記を閉じた。














 それからまた数日後に見た内容に私は唖然とした。







『お母さん、お父さん…。二人の姿がかすんでいくよ。大切だった人達、今は何をしてますか。

 会いたい。抱きしめてもらいたい。そしたら、私はきっと幸せなのに。

 ここは怖い。どうして、私は記憶を失って転生しなかったんだろう。もし記憶がなかったならば、きっと姉も両親も嫌な気持ちにもならなかったんだろうに。こんなことにならなかったんだろうに。

 人の髪の色も目の色も怖くて仕方がない。ずっと胸がバクバクしてて怖い。余計に文字や言葉を覚えるのが、恐怖心で遅くなってる気がする。私は今メアリっていう公爵家の女の子なのに。どうして、過去の私の方が、こんなに根強く残ってるんだろう。

 前世の記憶なんていらなかった。そうしたら、ただの普通の子供のメアリとして私は生きれたのかな?

 結局やっぱり、都合よく救いが来るなんて物語の中だけなんだろうって思った。

 笑い方がわからないんだ。もう涙も出てこない。頬が動かない。私はどうすればいいの。怖いよ、怖いよ、お母さん、お父さん。今はもう私はメアリで、犬塚奈美っていう女の子じゃないのに、会いたい、帰りたい。帰ってもどうしようもないことわかってるけど、それを望んでしまう』















 そこに書かれていた、『犬塚奈美』という名前に唖然とした。



「……お、ねぇ、ちゃん…?」



 それは姉の名前だった。六年近く前に失踪して行方不明状態で見つからない、大好きだった姉の名前。



 体が震えた。心臓がバクバクした。お姉ちゃん? お姉ちゃんは、異世界に来てた…? そして転生したお姉ちゃんは、『落ち人』となって、そのお姉ちゃんを、私は――っ!!



 私は、何をした? それを思って倒れ伏したあの『落ち人』を思い浮かべる。意思や理性のある瞳を浮かべていた。もしかしたら、「香奈」とはじめて名を呼んだのは、私が、わかったから…?



 日記を読んでいると絶望したお姉ちゃんが想像できる。奴隷となって自殺して、記憶を持ったまま生まれて、怖くて、言葉や文字が中々覚えられない。疎まれて、それでも生きてたお姉ちゃん。家に帰りたいと望んで帰れなかった…、お姉ちゃん。

 震えた。殺してしまったことに。自分の姉だった存在を。突然、行方不明になった優しかったお姉ちゃんの存在を。





『香奈、香奈――』




 記憶に残るお姉ちゃんは、いつだって私に優しく笑いかけてくれていた。

 続きを見たくないと思った。現実から目をそむけたいと思った。だからしばらく続きを読めなかった。


















 でも結局、読もうと決意して私はまた夜に日記を開いた。


 相変わらず数カ月飛んでたりする日記を見る。

 そこには、お姉ちゃんが精霊に愛されない理由も書かれていた。この世界で死んだものは、この世界で生まれ変わる。この世界に存在する者は世界に受け入れられ、無条件に精霊に好かれる。それはアザリナもいっていたし、知っていた。



 でも召喚でも何でもなしにこの世界に来てしまう事が『世界に受け入れられない』事だとは知らなかった。世界に受け入れられないまま、この世界で死んだものがここで転生する事実も知らないまま、お姉ちゃんは自殺、したらしい。



 転生してその事実を知ったらしく、そこには『世界や精霊からすれば自分は異端』だと書かれていた。



 私とは違って、お姉ちゃんは精霊の加護も世界に受け入れられることもしなかった。それをしって胸が震えた。











『世界が望まなかったかもしれないけど私も望んでなかったよ。私はあの場所で、家族と、友達と暮らしていければそれでよかったんだ。大切な人達があそこにいたんだ。大好きな人達があそこにいたんだ。

 それなのに私が望んでもいないのにこの世界に来たのに、どうして終わらないの? もしかしてこれはまた死んでも終わらないのかな。私はずっとずっと此処にいなきゃいけないの?

 世界が望まなかったっていうなら、私を帰してくれればよかったのに!! 私を家族の元に帰してくれればよかったのに……。精霊は私を嫌ってる。魔力なんてほとんど持ってない。それは異常な事。だから私は、冷たい目で見られてしまう。怖いよ、人って。異常なものを排除しようとするんだ。精霊にとったら私は世界に紛れ込んだ侵入者なのかもしれないね…。姉がね、両親に私を捨てるようにいってたの聞いたんだ。もしかしたら私は家から捨てられるのかもね』












「…おねえ、ちゃんっ」



 日記を読んでいると、涙が溢れてきた。どれだけ辛かったんだろう、どれだけ帰りたかったんだろう。帰りたい、帰りたいと嘆く心がそこにあった。


















 お姉ちゃんとは違う狂っている『落ち人』を狩る日常を過ごしながらも私はずっと日記を読み続けた。

 12歳の時に、お姉ちゃんは捨てられたらしい。現世の家族に。そして悪魔と出会ったらしかった。











『私はその日、人ではなくなった。悪魔と契約を果たした。

 死にたくなかったから。契約したの。悪魔と契約したモノは落ち人って呼ばれるんだって。悪魔――シュバルツは私の心を見たらしいの。人が渇望する心を悪魔は見て、そうして契約を囁きかけるんだって。

 躊躇いもせずに狂ってるわけでもなく頷く人はいないってシュバルツは私を面白そうに見ていた。神様なんて信じても仕方ない。この世界では、信仰が深いけれども、私は神なんて信じない。

 だって、祈ったからって助けてくれるわけではないでしょう? 知らないうちに紛れ込んでも、救ってくれるわけではないでしょう? 物語の世界みたいに、巻き込まれたから加護するなんてそんなの居るわけないのよ。だって現実はそんなに甘くないもの』










 神様なんて信じていない。祈ったからって助けてくれるわけではない。



 ああ、と思った。私を勇者として受け入れたこの世界も、私を勇者として呼んだらしい神様も、私を愛してくれる精霊たちも、お姉ちゃんの事は受け入れず、助けなかったのだ。



 ここからお姉ちゃんの『落ち人』としての日常が始まったらしかった。

 それからの日記は本当に数年に数回だったり、続けて日記をかいていたり、様々だった。『落ち人』は不老にも等しいらしいからもう時々しか書かなくなっていたらしかった。



 それからの日記は悪魔との日常が書かれていた。そこには普通の人間と変わらない日常が書かれている。

 悪魔という種族の同居人と暮らしてるだけの人間の日記に見えた。

 『落ち人』になってから10年ぐらい経過した頃にはこんなことが書かれていた。











『シュバルツは、悲しそうにいってた。私を殺されたくないっていってた。悪魔だけれども、シュバルツは優しいよ。世界に弾かれたもの同士だからかもしれないね。悪魔も、落ち人も、神様や精霊は存在を許したくないらしいから。

 人は神を信じてる。人は精霊を信じてる。

 正義は神や精霊で、悪は私やシュバルツ。

 いつか、私は、勇者なんてものに殺される魔王となるのかな? それとも、ただの落ち人として殺されてしまうのかな』









 シュバルツ、という名のあの悪魔はお姉ちゃんを大切にしていたらしい。あの時、大切にしているように見えたのは、やっぱり演技でもなくて本心だったようだった。


 お姉ちゃんは、悪魔に心を許していたようだった。よんでいて、震える。手が、心が。ああ、お姉ちゃん…っ。

















 お姉ちゃんの日記を読んでいたらどうしようもない気持ちになって、変な顔をしてたらしくユリアス達に心配された。でも適当にはぐらかした。だってこんな事実、どうしたらいいかわからなかった。



 あの殺した『落ち人』が転生した姉だったなんて。

 それに、本人が望まずにトリップすることがあるのかって聞いたら、皆「そんなことあるわけない」って断言した。「神様は間違えないから」「神達は万能だから、世界には侵入者は入ってこれない。入ってきたとしたら無理やり世界に入ってきたのだろう」って。



 皆、神様は何でもできるって思ってた。この世界は信仰深いから当たり前の事かもしれないけど、そういった皆に言えなかった。



 それに『落ち人』は人を騙すといつもいっていたから信じられない気がした。

 それから50年の日記は時々しか書かれていないけれど、悪魔との楽しい日常が書かれていた。本当に家族みたいに暮らしていたらしいお姉ちゃんと悪魔。

 そして50年後、私が召喚された時にはこう書かれてあった。









『召喚された勇者はきっと幸せ者。生まれた故郷から離されたとはいっても、世界に受け入れられてるもの。居場所があるんだもの。私とは違う。世界に放り出された、私とは違う……。

 きっと言葉も通じるんだろう。テンプレ通り高校生なのかな、正義感の強い。羨ましいよ、過去に私は放り出されたから。

 受け居られる場所と、居場所があって、意思疎通が出来る。『召喚された勇者』なら、世界の異端ときっとみなされないんだろう。

 もう、前世の知り合いの顔なんてうろ覚えなの。大切だったのに。ずっと覚えていたかった、両親の顔さえもうろ覚えなの。帰りたかったよ、帰れるなら。お母さんの、お父さんのもとに。

 勇者がどんな境遇にいたかはわからないけど、羨ましいという気持ちもあるんだ』









 羨ましいって書かれていた。きっとそこには妬みもあったんだと思う。お姉ちゃんは望まれていないから…。思い出せないと嘆いていたみたいだ。お姉ちゃんは。



 本当に、お姉ちゃんは『落ち人』なのに、狂っていなかった。普通の人の感情でそこにいた。

 私がこの世界に来てからの日記は結構繁盛に書きこまれていた。


 そして、私が召喚されて二年後にはこんなことが書かれていた。










『私と彼女は、どうしてこんなに違うんだろう? どうして彼女は受け入れられて、私は受け入れられないんだろう。

 …考えても仕方ない事何てわかってるけれど、過去の記憶が消えてくれない。私は、覚えてるんだ。ずっと。いきなり奴隷商人に連れ攫われて、男に買われた記憶も、心配そうに見ていた瞳が異常なものを見るようになった記憶も。この世界は言葉は一つだから、通じないのは、おかしかったんだ。

 召喚された勇者には、言葉が通じるように神様がしてくれるんだって。神様は、贔屓するものだよ。神様は平等なんかじゃない。それなのにどうして皆神を信仰するんだろう、それが不思議』





 前世の記憶もあったからこそ、お姉ちゃんはきっと苦しんでいた。読んでいるだけで胸が苦しい。お姉ちゃん、お姉ちゃん…、そんな思いが溢れてくる。














 私と会った日にも日記は書かれていた。





『香奈、香奈。会えてうれしかったよ。大切だった、大好きだった妹。ずっと会いたいと思ってた。あの場所に帰りたい、って思ってた。

 大きくなったね、綺麗になったね。『犬塚奈美』として再会出来ればよかったのに。本当に、世界は理不尽。

 シュバルツ、ごめんね。ごめんね。気持ちに整理をつけるから。倒せないなら私が死んで、シュバルツが弱まる。倒すって事は妹に手をかけるって事になる。

 …………決めなきゃ、どっちか。やらなきゃやられる』










「…おねえ、ちゃん」




 やっぱりわかったようだった。私を見てわかったみたい。それからは私を殺したくない、いやだ、こんな形で再会したくなかったっていう懺悔と悪魔に対して気持ちをつけるからごめんって必死に謝ってた。



 そんな中で、お姉ちゃんが悪魔と約束をしていたらしい事を知った。




 『私が死んだら、この世界にまた私は世界に望まれず生まれ変わるから私を見つけて』っていう、そんな、約束。



 記憶がなくてもあっても、きっと世界に受け入れられないからってそう書かれていた。



 そうか…、お姉ちゃんは帰れないし、ここでずっと転生し続けていくのだ。世界に受け入れられないままに、精霊に愛されないままに…。魔力を少ししか持たないままに…。



 神様は、どうしてお姉ちゃんを……、助けてくれなかったんだろう。

 どうして、私は殺してしまったんだろう…。帰りたい、帰りたいって願ってた、お姉ちゃんを…!!



 最後の日記も私を殺したくないという気持ちと、でも死にたくない、悪魔と生きていきたい、ごめん、決心するからっていうそんな文ばかりだった。



 優しいお姉ちゃんのままだ。私の知ってる、勉強は得意じゃないけど、友達がいて、明るくて優しかった、私のお姉ちゃんのままだ…!! 殺してしまった。お姉ちゃんを…。他の『落ち人』と違うってわかったのにっ。



「おねえ、ちゃん……」




 泣いても後悔しても、もう遅い。私はお姉ちゃんを殺してしまったのだ。この手で……。














 異世界召喚を果たして四年たった。いよいよ、私が異世界に帰る日になった。日記はずっと懐にしまったまま、誰にも話さなかった。



 ユリアス達に神と話せないかと聞いたけど無理だと言われた。私は話せるなら、お姉ちゃんを受け入れてくださいって、言いたかったのにっ!! でも駄目だった。精霊たちは私を心配そうに見てたけど、言えないよ。お姉ちゃんを嫌ってる精霊たちに、受け入れろなんてっ。



 それに世界に受け入れられず精霊に嫌われているらしいから、神様に頼まないと駄目なのに…。何でって思った。お姉ちゃんの日記に書いてあったように神様は贔屓するらしい。



 ユリアスに求婚されて、異世界に残らないかと聞かれたけど、断った。正直惹かれてた気持ちもあったけど、私はお姉ちゃんの日記を……、お母さんやお父さんに届けたいと思った。

 お姉ちゃんがどうしていたかわかったんだから、ちゃんと教えたいって思った。お姉ちゃんは帰る事を望んでいたのだ。だからお姉ちゃんの…、気持ちだけでも家に帰してあげたかった。お母さんたちに教えてあげたかった。



 求婚を断って、ユリアスは仕方ないなと諦めたように笑った。此処の世界の人達も大切だけど地球の家族も友達も私は大切だから。お姉ちゃんの事を思うとより一層帰りたいと思った。

 帰還の魔法陣の上にのって、私は手帳を落とすまいとバックにいれて、抱えて、そうして異世界の大切だった人達とお別れをする。



 そして私は世界を渡り家へと帰る。



 帰ったら本当に四年前の日付で魔法って凄いと驚いた。お母さんとお父さんに、会いたいと思った。お母さんとお父さんに信じられないかもしれないけど、異世界での事を話して、お姉ちゃんの日記を教えてあげたいと思った。












 ―――ねぇ、お姉ちゃん。お姉ちゃんはまたあの世界で、世界に受け入れられずに生まれ変わるのかな。



 ――――大好きだったお姉ちゃん、殺してしまってごめんね。知らなかったんだ。ごめんね…。



 ―――――悪魔とずっと一緒に居たいと暮らしていきたいと望んでいただけだったお姉ちゃん…。私は、もう二度と会えないだろうけど、お姉ちゃんがいつか、あの世界で受け入れられて幸せに生きることを望んでいます。




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