そして、少女は夢を見る。

 私は、ハイエルフ――いわゆるエルフの国の王族に生まれたアイザという者です。王族の姫という立場にあるにも関わらず、私は王宮の離れにある、小さな離宮の中で暮らしている。



 その理由は何故かというと、精霊に最も愛されるはずのハイエルフに生まれたにも関わらず私は精霊に嫌われていたのだ。



 王族は、生まれると同時に精霊の祝福を受けるものだという。お父様もお母様も、お姉様もお兄様も、そして私の後に生まれた妹も、生まれたと同時に精霊が寄ってきてそうして祝われるものらしいのだ。



 しかし、私にはそれがなかった。精霊によって魔法を行使するこの世界で、最も精霊に愛されるはずのハイエルフである私は、理由はわからないけれども精霊に嫌われていた。



 ハイエルフの証である、耳の尖がりはあるというのに、外見は家族そっくりだというのに私は精霊に愛されていなかった。

 王族ではないのではないか、だの、呪われた子、だの幼いうちに言われた私をお父様とお母様は此処に閉じ込めて外に出さない事にしたのだ。



 王族が精霊に好かれず魔力も少なく、魔法が使えないというのは異常な事なのだ。お父様やお姉様は年が経つにつれ、私を邪魔者と思ってならないようだがお母様やお兄様は私に時々会いに来てくれる。

 妹は私の存在を周りに知らされていないようで会った事はない。お母様達が時々話してくれるだけ。



 世話係が数名、そして護衛が数名いるだけで外に出る自由も何もない。暇だった私はこの部屋の中で、ずっと本を読み続けていた。時々、囲碁や将棋という遊びにもお兄様は付き合ってくれて、私は暇な分色々考えていたからそういうあそびも得意になった。



 パラパラと本をめくる中で、『悪魔』と『落ち人』と呼ばれる存在についての本があった。それに妙に惹かれたのは、何故なのか正直わからない。

 『落ち人』は悪魔におとされ、狂った者。『悪魔』は知能あるものを落とす者。その両方が、召喚された『勇者』によって討伐されるという。



 一番最後にこの世界に訪れた勇者の名は、『カナ=イヌヅカ』。今から60年前に召喚され、数々の『落ち人』を狩って世界に帰っていったという。



 その名前に、何だか無性に動揺した。どうしてなのかは、わからない。











 『悪魔』と『落ち人』、そして『勇者』の本を私はよく読みあさるようになった。

 不思議と読むたびに胸がざわついた。読むたびに何だか懐かしかった。どうしてなのかは、わからないけれども。



 それからしばらくして不思議な夢を見るようになった。

 小さな私が、一人の男と共に歩んでいる記憶。笑ったり、泣いたり、それが夢として映し出される。

 夢の中の私が言葉を発して笑えば、男も笑った。



 ああ、この夢はなんだろう。そう思って、どうしようもなく知りたいと思った。

 ある日、私の様子を見に来てくれたお兄様にその事を話した。不思議な夢を見ると、そのことを。



「もしかしたら前世の記憶かもしれないね。死んだらまた、この世界で生まれおちるはずだから」




 お兄様はそういって、笑って私の頭をなでてくれた。



 前世の記憶か、と私は思考する。夢の中の私はいつまでたっても幼いままだった。幼い私と姿が変わらない男が仲良くしているのだ、いつも。時々夢の中の私は、泣いている。それに時々、大きな私の夢も見る。大体、人間で言う十六歳ぐらいかな? そのくらいの私が、泣いてる夢。




 お兄様は夢が前世の記憶だっていったけど、ならこの二つの夢は何なんだろう? 両方私だって実感できるのに、何だか違うのだ。

 それに、夢の中で小さな私が死ぬ夢も見たし、夢の中で大きな私が自ら命を絶つ夢も見た。



 二回分の前世なのだろうか? 小さな私は剣で貫かれた死んだ。大きな私は自ら花瓶で自殺した。

 特に、大きな私なんて常に泣いていた。悲しそうに嘆いて、何処かに帰りたいってずっといっていた。その理由が知りたい。













「アイザ…。久しぶりね」

「あ、お母様」



 夢を見てしばらくたって、お母様が離宮に来てくれた。お母様は綺麗な人だ。髪は銀色で、目は黒い。そして、すらっとした体形をしている。耳が尖がっていて、魔法に長けている。



 久しぶりに見たお母様は、何処かうかない顔をしていた。

 どうしてだろうと思うと同時に、胸騒ぎがした。



「お母様…、どうしたの?」

「アイザ、よく聞きなさい」



 真剣なお母様の目に、何なんだろうって胸がざわついた。

 お母さんの黒い瞳が、真っすぐに私を見てる。




「………カイルが、あなたを殺すことを決定したわ」

「……お父様が?」



 驚きはしなかった。父親が私の事を疎ましく思っていることぐらいずっと知っていたから。魔力も少なく精霊に愛されない私を嫌っていた事を知っていた。



『―――私は、……』



 それを実感した時、頭に何かがよぎった。何なのかはわからないけど、よぎったの。



『私は、世界に望まれない――…』



 そう、響いた。脳の中で、響き渡った。



 ああ、そうか。ちゃんとは思い出せないけど、おそらくずっとそうだったのだ。不思議とショックを受けないのは、ずっとそうだったからだ。

 夢の中で見る、悲しい二回分の人生と同じで今回の人生もそういうものなのだ。




「…だから、アイザ。逃げなさい。あなたに私は生きてほしい」



 お母様は言った。涙を目に浮かべて、私をいつくしむような目をして。愛情に溢れた目で私を見る。



 それが、妙に心にじんと来た。ああ、お母様とお兄様は疎まれた私を愛してくれているのだ。それだけで満足できた。

 だって精霊に愛されるっていう当たり前の事が出来ない、異常な私を愛してるって目で見てくれているのだ。それだけで私は十分だった。



「……はい、お母様」

「じゃあ、きなさい」



 そうして、お母様に連れられた私は離宮の外に出る。



 久しぶりの外。夜風に私のずっと切っていないお母様譲りの銀色の髪が靡く。此処はエルフの国であり、エルフは自然を好む。



 だから、国とはいっても森を切り開いてなんてのはほとんどしていない。木々が茂っていて、沢山の色とりどりの花が咲き乱れている。こんなに間近でこんなにきれいな自然を見たのは初めてだ。



 私は離宮に閉じ込められる前にこんな風に外に出た事はなかった。精霊に愛されない私を国の重臣たちが隠そうと躍起になっていたからだ。

 今だって周りにいる精霊達は私を疎ましげに見てる。

 そんな事、もうすっかりなれてしまっている。隣に立つお母様は、それに悲しそうに目を伏せた。




「どうして、アイザが……」



 ねぇ、お母様。私はそんな風に私をお母様が愛してくれているって事実だけでどうしようもなく幸せなんだ。

 よく思い出せないけど夢の中の記憶の中では、私をこんな風に見てくれる人は少なかったもの。だから、嬉しい。胸がじーんって温かくなって、涙が溢れそうになる。




「お母様…」

「ごめんね、本当はアイザをずっと外に出してあげたかったのに。ごめんね、こんなことになって。説得も出来ない駄目なお母さんでごめんね…」



 そういうと同時に、瞳から涙を溢れださせる。



 お母様が、泣いてる。屈みこんで小さな私をぎゅっと抱きしめて、お母様は泣く。



「お母様…」



 そんなお母様に、私は抱きつく。瞳から溢れだす涙は、お母様と離れなければならない悲しさとこんなにお母様が愛してくれてるって事実の嬉しさだ。



「…こんな、私のために泣いてくれてありがとう、お母様」



 私がそう言えば、またお母様は泣いた。

 周りに誰もいない中で、ただ二人して泣いた。
















 しばらくして、お母様は泣きやむと私の手を引いて国の外に行くために歩きだした。

 私にフードをかぶせて、顔を見えないようにしてそうしてお母様は私を連れ出す。

 お城から大分離れた場所に行くと、お母様は私の肩を掴んでいった。




「アイザ、私は戻らなきゃいけないから…。あなたはこれから逃げて、そしていきなさい。きっとあなたはこれからも大変だと思うけれど、私は私の大事なあなたが生きてくれてるってだけで嬉しいの。だから、生きて。そして、もう此処に帰ってきては駄目よ」

「…はい、お母様」




 力強く言い放つお母様に、何だか涙があふれ出しそうになる。

 お母様、ありがとう。私を心配してくれてありがとう。もうきっと二度と会えないだろうけど、私はお母様が大好きだ。




「お母様……、さようなら」

「ええ……。アイザ」




 お母様も涙ぐんで私の言葉に頷いた。そうして私はただ一人で森の中を歩きだす。お母様の方は振り向かなかった。振り向いたら、その腕に、飛び込みたくなってしまうから。















 森の中をただ一人歩いていった。森に溢れる精霊達は私を助けなどしない。普通、人間でもエルフでも他の種族にでも基本的に精霊は友好的だ。

 特に、エルフは精霊に好かれるのが当たり前だ。



 それなのに私は例外であり、夢の中の私も似たようなことをいっていた。それでもやっぱり、いまだにどうして精霊が私を好かないのか、お母様を悲しませればならなかったのかわからない。



 毎日毎日、この世界の神様に向かって私は離宮の中でも祈ってた。私の国で最も多く信仰されていた神様は森の神シャフスであり、私はその神様にずっと祈ってたのだ。だってお母様もお兄様も、神様は『私たちを見守ってくれる』って言ってた。



 それなら私がどうして精霊に嫌われるのか、どうしたらお母様もお兄様も悲しまなくなって、私のせいでお父様と喧嘩したりしなくなるんだろうって、ずっと聞きたかった。教えてほしくて祈ってた。

 だけれども、神様は私のちっぽけな祈りなんて聞き届けてくれない。



 それなら、神様頼みなんてせずに自分で行動するべきだ。だって神様なんて信じても祈っても何もしてくれない。


 私を処分しようとするお父様とお姉様と、私を守ろうとするお母様とお兄様。

 お母様達は言わなかったけど、ずっと知ってた。私のせいで家族が喧嘩してたこと。私のせいで、皆がそんなになってること。悲しかった。死んだ方がいいんじゃないかって思ったこともあった。



 でもお母様とお兄様は私に会いに来てくれた。それに、夢の続きを見たい。

 ただの直感だけど、もう少し夢を、前世の私を知れたら原因がわかる気がした。夢の中で見る男の人も気になる。

 私はその人が大切だったんだと思う。だから、知りたい。









 目標は、お母様のためにも生き延びることと前世の私を知ること。

 探そう手がかりを。見つけよう私がどうして精霊に好かれないのか。その理由を――…。








 ――そうして、少女の逃亡生活は始まる。

 ―――逃亡する中で少女はまた、夢を見る。

 ――――過去の自分を知るために。今の自分がどうしてこうなのかわかるために。






 ―――――そうして、少女は夢を見る。

 (前世の自分を知らないなら知ればいい。私は生き延びる。そして、お母様やお兄様が悲しまなければならなかった原因をどうにかしたいから)

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