最低人気にベッドするひと

一曲フルコーラスを聴き終えるまで、タバコも吸わなければただ二人とも

正面を見つめているだけだった。

6連奏のボックスに突っ込んであったCDの中から、ケツメイシ、レミオレオロメンなど

適当にアーティスト名を挙げてみる、

「何もかけなくていいよ?アキヨシは気まづい沈黙が嫌い?」

「ぜんぜん、深雪が沈黙平気なひとならむしろ大歓迎。」


右頬のあたりに猛烈な視線を感じたがまっすぐ前を見据えたまま、

話の取っ掛かりを探していた。

わたしが視線に取り合う気がないことを察したのか、深雪はマルボ・ミディアムライトに

マッチを擦って火を点けた。

コンビニ駐車場の一番端に停めており、車内は比較的暗かったのだが、

橙色の優しい光が一瞬車内を包んだ。

硫黄の良い香りも立ち込める。


「何でマルボロ・ミディアムライトのソフトケースなの?」

女性の吸うタバコといえばメンソール系か、そうでなければ1mgモノと

相場が決まっている。

しかも、ミディアムライトと、ソフトケースはいつも決まっていたから

前から気にはなっていたが、基本的には他人が吸うタバコなど

何でも良いと思う気質も手伝って、今日まで聞きそびれていた。


よくぞ聞いてくれた、という風に体ごとシートの上に胡座をかくようにして

わたしの方へ向き直ってくれたので、わたしもハンドルへ覆い被さるように

前屈みの姿勢を正し、上体だけでも深雪の方へ向けた。


「この年になるまで吸ったことなかった。でも子供をおろした後、3日3晩、

大袈裟でなく泣き続けた。蝦子(えびこ)さんの家でね。」

そこで言葉を切り、煙を吸って吐いてを2度繰り返した。

吐く際は後部座席の方へ、口だけ器用に向けた。


「蝦子さんはシングルマザーだったよね?」

深雪と初めて会った日に、送り届けた文化住宅を思い浮かべた。

「そうそう、小二の男の子と、蝦子さんのお母さんと3人であの家に住んでるの。」

「へぇー」か「あーはー」か、微妙な相槌を打つ。

「手術が終わった後、ずっと涙が止まらなくて、気づいたらバイクで蝦子さんの家まで

たどり着いてたの。病院を出てから後の記憶が全くない。

それから3日3晩、蝦子家で女3人で飲み続けたのよ。」


バイクはホンダの、Hornet600 に乗っていた。

最近忙しくて乗れてないから、エンジンだけでも回さないとと言って、

数日前、家に送った際に見せてくれた。


何と言っていいのかわからなかったので、深雪の一挙手一投足に注目するように

話の続きを待った。

「その時はね、まだ蝦子さんとおんなじ店で働いてたの。

蝦子さんのお家からならチャリで10分の駅前にあるの。

そして、蝦子さんにタバコでも吸って嫌なことは忘れなさいと勧められた。

そこから吸ってる感じかな?」

質問に答えていない、

「ふーん、そうなんだ。じゃあ何でその銘柄でしかも、ソフトパックなの?」

「これはね、蝦子さんが勧めてくれた後、駅のkioskのおばちゃんに、一番売れてないやつ

くださいって言って、それ以来ずっとこれを吸っている。」

言い終えると、いたずらをした子供が親にバレて(勘弁して)と言いたげに、

笑って誤魔化すような表情を浮かべている。

「なるほどね。」


幼少期に不幸な経験をした人ほど喫煙開始年齢が早まるという何かの統計データを

聞いたことがある気がしたが、ここで持ち出すべき話題じゃないと思い、引っ込めた。


「家のタンスの中にね、まだ写真があるのよ。」

しばしの沈黙の後、深雪が唐突に切り裂くように言う、

「ん?なんの?」

センターコンソールの一番下の雑物入に放り投げられたマッチ箱から

一本拝借して自分のタバコへ火を灯した。


「赤ちゃんのエコー写真が・・・」

言った途端、夏の夕立みたいに一気に入道雲から積乱雲へ発達し、

今にも降り出しそうな表情に曇り始めてしまった。

点けたばかりのタバコを、一口だけ吸いつけ、火は消さずに灰皿へ置いた。

わたしも深雪に倣って靴を脱ぎ、シートに胡座をかき、深雪の正面に座り直し、

正面から前髪を撫でつけ唇を重ねた。

右の頬に流れ星が落ちていた。

流れ星を見たら願い事を唱えるといいとは聞くが実際の流星に出くわしても

現実には願い事を唱える暇もなく、「あーっ」と声にならない声を

あげるしかできないものなのだ。


顔を離し深く抱き寄せて、わたしの右の肩の中に深雪の顔を抱いた。

「服にお化粧が服に付いちゃうよ。」

「構うもんかよ。」

言って左手だけを灰皿へ伸ばしタバコの続きを吸った。

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