ちょける

ふざける。おどける。

それを関西弁では、「ちょける」という。


あまりに唐突に自らの真実を語った上に、深雪から真実のマウンティングを取られ、

反射神経の鈍さを補うために、何か的外れなことを言って空気を和ませたい、

ちょけたい。

空っぽの脳みそを捻っても何も出てこない、

「キスして欲しい。」

再度深雪の後頭部へ手を回し、返事を待たずに抱き寄せ、唇を重ね舌を絡ませた。

「お酒の味しかしないからダメよ。」

安価なイタリアンを提供する店で、デキャンタの白ワインを2本ひとりで空にした。

不思議と何のにおいも感じなかったが、今度も深雪から離れた。

そうでなければ、わたしから離す意志がないことを察してくれたのかもしれない。


カーオーディオは、FMのポップな深夜番組を流していたがCD再生に切り替えた。

挿しっぱなしになっていたスキマスイッチのベストアルバムがタイミング良く

「奏」を奏で始めた。

二人黙って正面を向いたまま、ほぼ同時にタバコを吸い付けた。

両サイドの窓を半開きにしたので、ヴォリュームを絞った。


最後のパートの部分だけ、口笛でなぞった。

オーディオの操作パネルを人差し指で差し、このパートの歌詞をよく聞いて欲しい、

促すと黙って頷いてくれる。


君が僕の前に現れた日から

何もかもが違く見えたんだ

朝も光も涙も、歌う声も

君が輝きをくれたんだ


抑えきれない思いをこの声に乗せて

遠く君の街へ届けよう

たとえばそれがこんな歌だったら

ぼくらは何処にいたとしてもつながっていける


曲が終わったところで一旦停止させた。

「自分の言葉でなく、他人の曲の歌詞に自分の気持ちを乗せてしまうずるさ、」

一旦言葉を切り、タバコを揉み消した。

「でも本当にいい歌詞で、今のおれの気持ちをこれ以上ないほどに表現してる、

とてもいい唄だ。」

いい終わり、最後の煙を天井に向けて吐く。

「いい唄ね?誰の曲?」

「スキマスイッチ」

受け売りの、名前の由来についての知識を得意げに語る。


「唄だとか小説だとか、舞台演劇も芝居もそのためにあるんじゃないの?」

言いたいことがよくわからない、

「何のため?」

真顔で訊ねる。

深雪は薄ら笑みを浮かべながら、センターコンソールの灰皿で揉み消しながら

「自分の気持ちを表現するのにとてもしっくりくる、その一小節、一場面、

一行の文章を探すために。」

わたしの動きの鈍い脳内で、光と光の信号が繋がってスパーク音が弾けた、


「もう一回今の曲聞こうか?」

深雪はケラケラ笑いながら、頷き同意してくれた。

二度目は口笛の伴奏もやめ、二人黙って反芻するように聞いた。

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