写真が一番似合うモノ

写真は時間の一部を切り取ったものだから。

一番似合うのは死体、であるからして深雪と一緒に撮った写真、あるいはプリクラの類さえ、

只の一枚も無い。


さすれば、この物語さえわたしの脳内で紡いだ寓話なのかもしれない、

それでもなお、記憶の糸を辿ると少なからずわたしの心臓の奥底が

爪楊枝で刺したようにチクリと痛むのは、この寓話が逸話だったという証かもしれない。

あるいは。


深雪の誕生日から、なんだかんだと一般的に言われるデートのようなことを

週2、3の頻度で繰り返した。

彼女の勤めるチェーンの喫茶店は、22時閉店であったので仕事終わりに車で

ピックアップして、サパーを食べに行く。

わたしはショーファーの役目を仰せつかったわけだし、今とは比較にならないほど

アルコールに縁遠いポジションを取っていたので、適当なイタリアンの店や時には

ラーメン屋などに寄っても、酔うのは深雪の役目だった。


22時から郊外の飲食店へ行き、その後どこへ行くかは深雪の翌日の勤務シフトが

決定権を持っていた。

早番で9時開店の8時出勤なら、そのままお家へ送るまでだったし、あるいは

翌日が休みだったり遅番で12時出勤でよければあらゆる所へドライブへ出かけた。


夜の岸壁で工場群の夜景スポットを意味もなく眺めに行ったり、峠を攻めて

日本三大夜景に数えられる山の頂きに登ったり、かつて震災の前まで彼女が匿われていた

豪邸跡地へ出向いたり、実に様々な景勝地をわたしの、それはかわいい可愛い

金食い虫のボロクソワーゲンに乗り巡った。

偶然の出会いから3週間ほど経った頃だろうか、次の日が深雪の早出シフトだったので

サパーの後は大人しく、家までのアッシーを務めて送り届けた。


マンションの真ん前にあるコンビニへ車を停めて、車中で名残り惜しげに5分もないが

会話を楽しむのが、真っ直ぐ帰る場合の通例と化していたから。

ただただ、そのようにして深雪と過ごす時間がとても彩り豊かに思えたのでわたしは

ついぞある独白を始めてしまったのだ、コンビニの駐車場に停めて。


「今日も楽しかったね、ありがとう。」

「こちらこそ、いつもいつもありがとう。」

「深雪に謝らないといけないことがある。」

一瞬深雪の表情が曇る、真っ白に降り積もった雪の上にあいにくの雨が降り出して、

堆積した雪が薄墨色に染まったみたいに、

「なになに?」


・実は現在進行形で付き合っている、裕子という女性が居ること

・裕子と別れて、深雪と真剣に付き合いたいと考えていること


すると深雪の眼から本当に雨が降って来てしまった、大粒の涙という雨が、

「わたしはそんな女じゃないの。」

ついに嗚咽が止まらないほどに大泣きをしてしまったので、理由を聞くよりも先に

只々、抱きしめてやりたい衝動に駆られ無言のまま抱き寄せた。

そして夜泣きが止まらない赤子をあやすが如く、気づいたときにはわたしは自然と

深雪の後頭部を撫でていた。

どれほどの時間そうしていたのかはわからないが、満潮時刻を迎えて徐々に

潮が引いて干潟が出現するまでただ抱きしめて待った。

深雪の方からホールドオンタイトを解き、自ら語り始めた。


「今年の初めに子供をおろしたの。」

もう涙がすっかり乾いた真顔で若干、喰い気味にわたしの瞳の奥を探るようにして。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る