レッドブルー、赤くて青い

蝦子さんの家の方が遠かったので、先に郊外住まいの蝦子さんを送り届け、

来た道を戻るかたちで、つぎに深雪の家へ送ることになった。


蝦子さんを「おやすみなさい!」と言って、文化住宅に入っていく様子をバックミラー越しに

見届けたのが10時半を過ぎた頃で、太陽はより一層暑さというパワーを増して、

我々の頭上に燦然と

輝いていた。


蝦子さんを降ろした後、最初に目についたコンビニへ立ち寄り小便をした。

深雪は降りて店外の灰皿前でタバコを吸って待ってると言った。

「何か要るか?」

訊ねても、かぶりを振るだけだった。


元来、わたしの14年落ちのワーゲンゴルフは、わたし自身も車内喫煙を厭わないし、

ここまでの道中、2−3本は灰にしたはずであったが、深雪は一本も吸わなかった。

わたしが吸うたびに、「深雪さんも吸ってくださいね」勧めたのになぜか

ノンスモーカー風情を貫いていた。


店内のトイレで2リットル分くらいの大量の放尿を済ませて、アイスコーヒーと

レッドブルを買い、外に出た。

「お待たせ!」と言って多少悪びれるように、後頭部を掻き撫でながら言ってみた。

「全然全然」

二度繰り返し、慌てるようにタバコを揉み消す深雪に

「ゆっくり吸えば良かったのに。どっちが良い?」

右にレッドブル、左に缶コーヒーを持ち、眼前にかざす様に問う、

「レッドブルーがいい!」

左の人差し指でさしつつ、にっこりとした笑顔で受け取ってくれる。


それを合図にわたしのゴルフへ乗り込む際、深雪は左のドアから乗り込もうとして

「あっ、間違えちゃった」

など言い訳する様にして、車のトランク側から右のドアへ回り込んだ。

左のドアから乗り込んで、深雪が座るやいなや

「ごめんねー、イキって左ハンドルなんか乗るから。」

嫌味のない様にできるだけ丁重に詫びた。


わたしがコーヒーを開けるのとほぼ同時に深雪も”レッドブルー”をプシュりと、

小君の良い音で開けたので

「乾杯〜」

と応じてゴクリと飲むのを合図として、ギアをRに入れて旋回し、国道を都心方面へ

走らせた。


ドイツ車最大の欠点とも言うべきか、冷房の効きがどうにも悪いので

「ごめんねー、暑かったら窓開けてねー。」

詫びた。

察してか、

「あー、大丈夫、わたしのお父さんも昔、ポルシェに乗ってたし慣れてる。」


言って、”レッドブルー”を、ドリンクホルダーへおき、鞄から取り出した

マルボロライトに点火して、最初の一服を美味そうに吸い、目を細めながら煙を吐いた。

慣れた様子で、センターコンソールに設置されたパワーウィンドウのボタンを押して

窓を開けている。


「そうなんだ、どおりで。」

日本車は各ドアの肘掛けに、パワーウィンドウのスイッチがあるが欧州車は

センターコンソールで、集中管理されている。

諸説ある様ではあるが、幼児がいたずらにスイッチに触れないことを目的にしている

という話をどこかで聞いた。

ゲルマン人の考えそうな、質実剛健の発想を感じる。


「へぇー、お父さんは金持ち?」

言って右手の親指と人差し指で、円を象り右に座る深雪に差し出してみた。


「昔はね。でもバブルが弾けてその後、震災もやって来ていまは瀕死寸前。」


「ふーん、じゃあお父さんは、株屋か不動産屋か何かなの?」

適当に言ってみた。

「そう、不動産屋でわたしが短大へ入る少し前は一番景気が良かった。」

この地一番の高級住宅街の名前を出し、そこに大邸宅を構えていたもののバブルの崩壊後、

追い討ちをかけるように、大震災に見舞われ、家も半壊して来、なかなかの

苦難の道のりであったことを話してくれた。


「で今は都心の賃貸マンションに住んで、わたしが三十路になるのを契機に実家を出て

一人暮らしを始めた、というわけ。」

賃貸といえど、都心から2駅ほどの立地で100平米というから

なかなかの家賃のはずである。


「妹はもうすぐ結婚するし、もう彼とは同棲も始めてる。年の離れた弟と

両親だけが住む4LDKのマンション。」

つい先日、深雪が一人暮らしを始めたマンションは、実家から徒歩数分の圏内にあるという。


「うちも一緒!年の離れた年子の姉妹で、最後に念願の男の子。」

言って右の人差し指を自身の眼前に持ってきた。


「じゃあ可愛がられたでしょう?」

姉二人、年が離れて末っ子長男となると必ず言われることだが、

可愛がってもらった記憶というものがわたしの頭からは抜け落ちてしまっているのか。


「全然ぜんぜん」

三度早口で繰り返し、否定をして大きくかぶりを振る。

国道から、高速道路へ入るようなジャンクションのワインディングを楽しみながら

無料の一本道の都心へ向かう大動脈へ入った。

土曜の昼前ということもあってか、渋滞らしいものには無縁だった。

ドリンクホルダーへ手を伸ばして、缶を取りゴクリゴクリ、二度小君の良い音を鳴らす。


FMラジオからは、レミオロメンだか、スキマスイッチだかのポップソングが流れている。

「ぷファー、美味い!”レッドブルー”って初めて飲んだ。」

「ん?」

「レッドブルー、初めて飲んだの!」

「赤と青?」

「そう、赤と青でレッドブルーなんでしょう?!」

「赤い水牛、レッドブルだよー。」


缶を眼の前、10センチくらいまで近づけてまじまじと書かれてる文字を見つめ、

「なるほど〜!!」

叫んだところに、深雪の携帯が鳴りフリップを開く。

大竹さんからだ!言って耳に当て、お金は置いてきたし、また今度、など手短に御礼を伝え

30秒ほどで通話を終えてフリップを閉じる。


一連の動作のどれもが忙しないのだが、見ていて飽きない。

素直にその旨を伝えると、

「そうかな〜?!初めて言われた。」すこし頬を紅らめたように見えた。

顔ごと右を向けて、

「次の出口を出ればいい?」

聞くと「しっかり前を向いて!」怒られて、正面へ顔を戻した。


「そうそう、次の出口で降りたら最初の信号を右ね!」

「アイアイサー」

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