ワカサギの美味い季節に。

右肩に深雪の顔を抱き、泣き枯れるのをひたすら待った。

快晴から一変して突然のゲリラ豪雨に襲われ、すぐ目についた店の軒先を間借りし、

ただ一刻も早く過ぎ去るのを願うように。

うまくいけば分厚い積乱雲の過ぎ去った後には、虹がかかるはずだから。


どれくらいの間待ったのだろう雨は徐々に小康状態、先刻までダークグレー一色だった

西の空に紅みが差してきたか、

ここは手っ取り早く右肩から離れさせるよりも、別の手段で様子をうかがってみたい。

「写真、捨てよっかぁ。」


深雪自ら顔をあげる意思を感じ取り、自立に任せた。

顔をあげ、怪訝な表情でわたし視線の20cmほど下から眼球の奥を見通すように

見つめられ、どきりとする。

「捨てると言ったら語弊があるけど、きっちり供養しよ。

一人で行きづらいとかあるのなら一緒に行くよ。」


「あるの、家族でたまに行く水子のお寺さんが。」

「ふーん。」

「わたしには1つ年下の妹が居る、で年が離れて弟が居る。」

「うん、言ってたね。」

「妹の4歳下にもう一人居るはずだった。でも流産しちゃって・・・。

それから何年かに一回、京都の霊山(りょうざん)観音ってとこへ家族で行ってるの。」

そこで言葉を切り、薄いピンクのハンカチで目の下を拭っている、

「ごめんね、肩ビショビショになっちゃったね。」

「根が汗っかきだから、気にせんでいいよ。」

「そう?アキヨシは変温動物みたいだから、暑くても寒くても飄々として表情一つ

変えなさそうだけど?」

そのようなことを以前にも別の女性に指摘されたことがある気がしたが、

誰だったかは思い出せない。

「ちゃんと温かい血は流れてる。」

親指を自分の心臓の方へ突き立てて抗議の意思表示、

「最初はね、アキヨシって物凄く冷たくて、冷血動物なんじゃないかって

見た目の印象は確かにあったわよね。」

両腕を左右へ広げ、両掌は天へ向け一発レッドカードを出されたサッカー選手のように

猛抗議、

「平熱は確かに35度台だけれど。」

「低っ!でも何を考えてるかよくわからないもの、変な人よね。」

「何を考えてるかわからないのは、おれが何も考えていないからだと思うよ。」

これも散々、親兄弟いろんなところから言われ続けたことで、別に気にしない、

わたしの心臓か脳だかの中に、立派な抗体が完成しつつあるのかもしれない。


「琵琶湖に昇る日の出を見た事はある?」

「なーい、琵琶湖に行ったこともないかもしれない。」

「じゃあ琵琶湖の日の出を見てから、霊山観音行こ。」

「わかった。ありがとう。」

言って深雪から顔を近づけてきたので、今度は私のほうから

眼球の奥を見通す視線のお返しをする。

「チュウをして。」

わたしの視線を遮断するように瞳を閉じてしまうが、目頭にキラリと光るものを

認めつつ、深雪の希望のとおりにした。


変温動物の代表というとなんだろう?

ワカサギか?

ワカサギの天ぷらを無性に食べたい衝動に駆られるが、今はシーズンでないのが

なんとも悔しかった。

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