短編集

錆びた鎖

【前書き】

好きな曲からインスピレーションを受けて短編書こうぜ!ってなって書いた短編です。何の曲か分かった人は、すごく私と趣味が近いと思います。



 ◆



 人と人との絆とは、鎖のように思う。


 それは己を守る柵にもなるし、己を縛る縄ともなる。

 互いに認め合い高め合い絆を深めていけば、何にも動じない確固たるものが生まれるだろう。心の中を探り合って疑心暗鬼な絆を深めていけば、やがてそれは自らの身を縛り苦しめることとなる。


  鎖は、絆は、錆びついたとてその役割を失うことはない。もうとっくに錆びて腐り落ちていたと思っていても、一度絡んだ鎖は中々に解けないものだ。ふと足元を見て見るといい。とうの昔に失われたと思い込んでいた鎖は、汚れてもなおそこにあるはずだ。


「いや、いきなり何ポエミィなこと言うてんねん。うおっ、サブッ」


 人は常に、絆という鎖を引きずって歩いているのだ。

 歩いている内に、他者の鎖と自らの鎖は複雑に絡み合っていく。人混みだらけの都会では、その複雑さは計り知れない。


「うるせえな」

「柄じゃないっちゅうねん。お前の寒いセリフのせいでポテトが冷めちまったやないか。弁償せえよ」


 運命に選ばれたかのように出会った俺たちの鎖は、あの時はどうなっていたのだろう。あの時は、もうとっくに俺たちの絆は汚れてしまって、錆びて腐り落ちたと思っていた。


「話ってなんだよ」

「お前のことだ、もう察しついとるんやろ」

「解散って話なら聞く耳もたねえぞ」


 相方とコンビを組んで十年目を迎えたあの時は、確かひどく寒い冬だった。凍えるような寒さと同じくらいに、俺たちの関係は冷え込んでいたと思う。


「無理やってもう、俺ら。いつまでも一緒やでって誓った十年前とは、もう違うんや。わかっとるやろ、お前も。互いにピンの仕事ばっかり入って、互いに腹の内探り合って。寂しいだけやんかそんなお笑いコンビ。俺らコンビとして成り立ってないねん」


 相方とただひたすらに笑いを求め、感動をわかちあっていたあの頃は、戻ってこない。彼の心の内を探る度に、痛みと悲しみを覚えていった。


「もうこの際だから言うわ。俺もう、お前に着いていける自信ないねん。お前は天才や、頭の回転も速けりゃ、言葉のチョイスも絶妙。俺はそれに惚れ込んだんやけど、いざ隣に並ぶと、もうキツくてしゃあないんよ」


 その時の相方を止められる者は、もう誰もいなかった。


「天才のお前の隣に俺が並ぶと、俺はどんどん霞んでいく。凡才の俺の隣にお前が並ぶと、天才のお前は薄れていく。俺は俺の輝きを、俺はお前の輝きを、奪われてほしゅうない。俺のせいで汚れていく、錆びていく、そんなお前を俺は見とうない」


 すっかり怯え切った絆が、ただそこに転がっていた。


「なあ、覚えてるか。デビューして数年経って、若手漫才師の賞をもらった時によく言ってた言葉」


 それでも俺たちの鎖は、かろうじて繋がっていた。

 互いを鼓舞するように言い続けた、あの言葉で。



「俺たちを止めるものはなにもない」



 ぽつりと呟いた俺の言葉には、俺たちを繋ぎとめる力はもう残されていなかった。


「せや。あの頃の俺たちを止めるものは、何もなかった。今もきっとそうかもしれん。なら、俺たちを止めるのは、俺たち自身であるべきや」


 そう語る相方を、直視することができない。



「すまんな。お前は天下取れよ」



 そう言って店を出た相方の背中は、凍えた風に吹かれて消えていった。


 それからさらに十年経った今でも、俺は一人で芸能活動を続けていた。ピンになってからも仕事は増え、今ではイチ中堅芸人としての地位を確立している。


 これでよかったのだと、この十年言い聞かせてきた。

 俺は輝きを奪われずに済み、相方も輝きを奪われずにすんだ。

 しっかりと結びついていた俺たちの鎖は汚れ、錆び、腐り落ちたのだ。もう二度と、それが結びつくことはない。


「さあ、夜もすっかり更けてきましたね。ここでお便りの方行ってみましょう。『こんばんは、いつも楽しくラジオ聞いてます』――いや寝ろよ。今日の放送はね、なんか新人の放送作家さんらしいから。多分、いつもより薄味だよ。今ならネットでもラジオ聞けっから、明日聞きな」


 週に一度の深夜ラジオの収録。

 いつものように俺は軽い毒とボケを挟みながら、リスナーからのメールを読み上げていった。


「『僕には、喧嘩別れした友人がいます。昔は互いに共通の夢を語り合っていたのですが、僕は挫折して夢を諦めたんです』――はあ、青春ドラマの見すぎじゃない?」


 その時ふと、元相方のことが頭をよぎった。


「『友人は、覚えているでしょうか。夢を語り合って笑い合った、あの時の笑顔を。僕はそれを思い出すたびに、やるせない気持ちになってしまいます。彼が忘れてしまっても、僕は決して忘れません』」


 俺はボケたりツッコんだり毒を吐いたりすることを忘れ、そのメールを読むことに没頭してしまう。深夜ラジオにはそぐわない内容なのだが、いかんせんどうしても、元相方のことが思い浮かぶからだ。


「『いつかまた出会えると信じて、彼の支えになれる時を信じて、僕はこれからも頑張ります』――ええ、はい。ありがとう、ございました、はい」


 はっと気づけば、便りに対して何も茶々を入れることなく、読み入ってしまった。もうあの相方はいないのだ。俺たちの鎖はもう、錆びついていて解けてしまっている。思いを馳せること自体、無駄だというのに。


「ちょっともう、なんだよこのメール。全然このラジオっぽくねえじゃん、内容もふわっふわだし。ごめんなさいねリスナーさんたち、新人の放送作家にはあとでキツく――」


 そう言って、ガラス越しにいるスタッフたちに目をやった俺は、一瞬にして固まってしまう。


「…………」


 そこには、笑顔で俺を見つめる男が、見知った顔の男が――元相方がいた。


 困惑する最中、ふと先ほどまで読んでいたメールの一文を思い出す。『いつかまた出会えると信じて、彼の支えになれる時を信じて、僕はこれからも頑張ります』――まさかこれは、これは。


「……新人放送作家には、あとでじっくり、もう数時間も数日にも渡って説教をしときますわ。はい、今のお便りは、ラジオネーム――」

 

 零れ落ちる涙を隠すことなく、俺は仕事をこなす。

 すっかり錆びついて崩れてしまったと思っていた、俺たちの絆。俺の足元には、汚れてもなおその手を離さぬ汚れた絆が、確かにあった。



「『俺たちを止めるものはなにもない』、さんからでした」

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