その瞳に、ベツレヘムの星を見よ

血、そぞく/夢の底

「まるで誘われてるみたいだなぁ」

 ユキサキはぽつりと呟く。誰かに聞かせたいわけではないが、誰かが聞いていたら面白いとも思った。

 狙う場所をわざと放送して予告したのだから何かあるかとは期待していた。

 そのために出来損ないたちを利用したのだ。

 彼らにあるのは名誉、金、信頼といったものではない。ただ殺してやりたいという欲求。使い捨てには十分だ。彼らもその辺はわきまえている。素晴らしい舞台と役割だ。この舞台をセッティングしたくそ監督には悪いが十分付き合った。だったらここからは好きにさせてもらう。


 衝動が胸のなかで囁く。

 走れ

 壊せ

 奔れ

 壊せ

 まてまて、それだと味気ない。お前はいい子にして特等席でそれを見ていればいい。そうだろう。レネゲイドウィルス。

 飢えた獣の頭を撫でてやれば噛みつかれるだけだとわかる。

 これは自分だ。

 あのとき、殺され続けてジャームになるか否かの賭けで自分は勝ってジャームとなった。

 同時に理性を手に入れた。

 コツさえつかめばこのたえまない衝動も付き合いやすい。単純な欲求ならばたいして苦ではない。

 衝動とは所詮、食べたい、眠りたい、殺したいというただの欲求だ。それを恐れる必要はない。恐れれば食い殺されるだけだ。


 たどり着いた建物の廊下を進み、ユキサキはやはり罠か、と理解する。

 自分を狙う膨れ上がった殺気と放たれる弾丸。慌てて身を低くして進む。目を細めて見切る。赤い兵士たち――ブラム・ストーカーの従者だ。

 その数が問題だ。一人、二人、三人、四人……数、数、数……ぱっと確認しただけで十体はいる。

 それぞれに武装した彼らは人の使用する武器――あれはアメリカで生産されたM60。そのうえSIG SG552がフォローにはいる。一体どこでそんなものを手に入れたのか。日本もまだまだ捨てたもんじゃない。

 軽やかな歌を口にするように弾を連射し、弾切れした兵士が後ろに下がり、次が前に出る。

 絶対に二人一組を崩さない。否今回は四人一組だ。二人が撃ち、もう二人がフォローにはいる。見事な連携。

 牽制。

 タイミングを計って進む。

 従者にはその主がいる。

 群れの主がすべての従者を操るとすれば、せいぜい五体が限界だ。

 彼らに意識を裂くのはかなりの精神力が必要となり、五体以上になると主の目が届かなくなるのだ。いかに慣れた者でも、複数の目と共有し、行動させると混乱が生じる。従者は本来主の傍で補佐をしてこそ役立つのだ。

 だったら一体ごと近づいて殺せばいい。

 そう判断をつけて自分の手になじむM1911を構える。一体、撃ち殺して進む。銃弾の雨に怯むことはない。近づけばただの威嚇以上の役には立たない。

「はぁ!」

 頭を吹き飛ばされた従者の隙をついてもう一体に接近、ジークンドーを得意とするユキサキは姿勢を崩さず足をあげ、踵をその腹に叩き込む。従者が後ろに下がるのに、掌打をアバラのある場所を狙って放ち、とどめをさす。骨はないだろうが大概のやつはこれで骨と内臓が砕ける。従者が耐え切れずに溶けた。その隙をついて横から襲ってきたナイフにユキサキはバックステップをとり、回避しながらリズムを作る。

 おかしい。

 一瞬の違和感。

 ナイフ使いが持つのはサイクス・フェアバーン。接近戦に特化したナイフは骨の隙間を縫って刺す、叩くことが可能なものだ。低く構えたそれは特殊訓練により鍛えられた動き。しかし

「彼らしくないな」

 素早く、骨の隙を狙うその一撃を腕で防ぎ後ろに退避していくと壁にぶつかった。従者は迷わず下から狙いを定めてきたのに手で防ぐ。掌一つナイフにくれてやるかわりに首の骨を叩き折ってユキサキは顔をしかめた。

 と

 残るもう一体がタックルしてくる。急いで横に逸れるとそれを読んだ動きで下から上へと頭を動かし、拳を繰り出す。見事なボクシングの動きだ。放たれる一撃が腹に決まった。血が溢れる。打撃はなかなかに堪える。

 ユキサキは足元に目を落とし、血のなかに転がるナイフを蹴った。ボクシングマンが気付いて後ろに避けた。飛び散る血のナイフ。それを手に掴んで、首を切り落とす。遅い。

「ハッ、そういうことか!」

 ようやく読めた。

 ユキサキは笑い声をひとしきりあげて、ゆっくりと歩き出した。

「マスターレギオン。そうか、そうか、そうだな。そう呼ばれていたな」

 レギオン。

 軍隊。

 自分の部下の死を引き受けたジャーム。

 死体、命、存在を余さず受け止め、自分の血塗られた望みの道を歩いてきた男。

 ここは戦場だ。懐かしい薬莢と血の香りのなかを走る。

 第二陣もチームを組んでいるが予想していたようにそろそろ弾切れらしい。

 群れの主がいた。彼の顔色はあまりよろしくない。無理もない。本来群れをつくるには大量の血がいるが、それは主のものを使用する。

 ブラム・ストーカーの戦い方は本来長期戦用向きだ。

 時間をかければいくらだって群れは作れるだろうが、今回はそこまで余裕を与えなかった。

 が、それでも多い。

 ユキサキは見事なフォームを組んで撃つ敵を見る。相手が訓練されたものならば、そのフォームをとることは予想出来る。その隙を狙い、撃つ。命中、撃つ、命中。もう一撃を。群れの主が後ろに下がる。部下を見捨てるつもりか、と思ったが違う。

 あらかた撃ち殺したユキサキはさらに加速する。

 掌打を放つと腕で防がれたのに、さらに回し蹴りを放つ。首を狙った見事なそれをマスターレギオンが手の中に作った血のナイフで――カランビットを作成、ユキサキの足をさばき、無駄のない動きでナイフをユキサキの首筋にあててくる。このまま殺すつもりだ。

「なぁ君、自分の従者たちに意思を与えたのかい」

「……答える義理はない」

「戦い方がいちいち軍人らしくてちょっと笑えてきたよ」

 ナイフが皮膚に触れ、肉を断つ。その瞬間を狙って腕を伸ばしたユキサキはマスターレギオンの胸倉を掴み、背負い投げる。投げたところで転がって移動するマスターレギオンはすぐに姿勢を戻した。

 ユキサキは手で首筋を撫でる。痛みはたいしたことはない。が、ナイフで裂かれた肉を自分の手で抉って床に捨てた。

「怖い怖い、毒があったら死んじゃうよ。君はブラムだもんね。他者の血をいれて支配することもできるし」

「……これ以上先に進むなら殺す」

「ははは、そりゃ怖い。本当に信頼しあってるんだねぇ」

 マスターレギオンは自分の部下を心から信頼している。だから躊躇いもなく自我を与えた。

 自我を持った従者がマスターを殺す、ということはざらにある。

 だが彼の従者たちは裏切らない。死ぬ寸前そう願ったようにマスターレギオンが絶対正しいと信じて疑わず、戦う。

「けど、これだけの部下をどうやって作ったんだい? 君一人の血ではさすがに」

「お前は一人だが、俺は違う」

「……そうか。代用か」

 ブラム・ストースーの強味であり、欠点の血。それを唯一補えるのは、協力者である者からの血の提供。

 能力者が本来負担する血を、他者が請け負うのだ。

 日本支部に所属する非戦闘員などもあわせて数十人の血を惜しげもなく使ってここの守りを固めてきた。統一のとれないオーヴァ―ドたちよりもこちらのほうが鉄壁だからだ。

 そのなかにあの女はいるのだろうか。

 白い、砂を、砕いた骨を、ベツレヘムの星のような

 思考に沈んだ一瞬を狙い襲い掛かってきたマスターレギオンに、ユキサキは踵落としで応戦した。

 ジークンドーは常に攻撃の態勢を崩さず、攻撃すればまた次へと向かう攻撃特化のスタイル。そのぶん守りはほぼ皆無だが、そんなことをいちいち気にする必要がユキサキにはない。

 ナイフで防がれた踵の一撃を軸に飛ぶ。マスターレギオンの上に飛躍し、さらに連続して蹴りを放つ。本来空中に逃げるのは一番の悪手だがそれを攻め手に使えばこれほどに有利なこともない。態勢を崩して倒れるマスターレギオンの肩を蹴った。もらった。このまま骨を砕くとユキサキが動くより先、足首を捕まれて横に投げ飛ばされ壁に叩きつけられた。

 マスターレギオンの得意とするカランビットは音もなく人を殺せる軍用の扱いづらいナイフだ。

 そのナイフを彼は見事に操り、拳とともに襲い掛かってきた。

 しまったとユキサキが思った次には顔にナイフの一撃を受けた。片目が赤く染まる。次には心臓に衝撃が走る。

 床に倒され、のしかかられた。

「かはっ」

 倒された態勢ではあまりにも不利だが、ユキサキは笑った。

 心臓を潰してさらにナイフで刺し殺すつもりだ。そうなれば再生のしようがない。この男ははじめから自分をここで殺すつもりだ。

「やるじゃないかぁ」

「貴様の戦い方はさんざん見せてもらった」

「それじゃあ、これはどうかな」

 かちゃり、と音がしたのにマスターレギオンの動きが止まり、そして血を吐き出す。腹に穴があいたのだから仕方がない。

 ユキサキのベルトに仕込まれているのは小型銃だ。なにかあったとき用にこういう仕込みもしてあったのだ。小さい上弾は一発だし、たいした威力はないが、ほぼゼロ距離射撃であれば一撃必殺。

 血を流す無様な男の下から逃れ、蹴りを放つ。顔を蹴り、首の骨を折ろうかと思ったが、ここで殺すと面倒だ。

「リセット」

 笑って自分の頭に拳銃を押し当てる。

「貴様ぁ」

 まだまだだね。


 ロス一秒。


 目覚めたときまだマスターレギオンは呻いていた。腕の骨が折れたのが致命的であったし、腹の一撃もかなりきいたらしい。すぐにあとを追いかけるという選択をしなかったのは正しい。マスターレギオンは血を消費ししすぎている。その分の時間ロスは大きいだろう。

「反撃させてもらおうか」

「っ」

 マスターレギオンが後ろに下がる。警戒した目でいつでも反撃するつもりだ。牙を持つ狼を相手に手間をかけ続けてはいけない。

 銃口を向ける。

 撃つ/肩

 撃つ/足

 撃つ/首

「っ」

 即死させなければこちらが有利だ。戦うための牙を一本ずつもがれて、血を流し、それでも死なないように必死にあがくその姿には感服をする。死んだらその地点でなにをされるのかわかっているのだ。

「オーヴァードっていうのはなかなかに面倒だよね」

 つい笑ってしまった。

「さぁ、死の時間だ」

 喉を潰して叫べない狼に、この世で一番の愛を囁くように

「脳を潰せばどんなオーヴァードも生き返ることはない。君が死んだその躯を見てあの狼はなんと叫ぶか」

 血の海のなかで狼が後ろへ、後ろへと逃げていく。動けぬ体を使い、必死に。それに合わせて血が震えるが、形になるには弱い。

 そもそも血を形にする、動かす、戦うというのは脳の演算にかかる負担が大きい。たとえレネゲイドウィルスである程度の負荷は軽くなったとはいえ、それを完璧に使いこなすのは相当の体力と精神力を消費する。下手すれば脳が焼き切れる行為だ。

 だから従者は使いづらい。

 マスターレギオンが、たった一人で数十体の従者を操るのは彼がジャームで理性を失くしているからだ。

 彼は過去の仲間を模倣し、それを夢見続けている、独りぼっちではないというエゴイズムと幻想によって従者を操っているにすぎない。

 銃口を向ける。引き金を引く。

「……ぶらん、か」

 掠れて零れ落ちた名に血の滴りが混じる。


 ――まったく、仕方のない

 懐かしい声がする。


 銃弾を弾かれたのにユキサキは後ろに下がった。まだ従者を錬成するとは思わなかった。

 いいや、よく考えるべきなのだ。

 ここにある血、すべてが従者たちの亡骸。もういない、名ない狼たち、死者。それをあわせて

 作られたそれは

「隊長」

 ヴァシリオスがその背を見つめ、縋りつくように声を漏らす。

「……イクソス」

 ユキサキがため息のように呟く。

 片腕のそれはじっとユキサキを見る。まるで散歩するような足取りで近づいてくるのに対応が遅れた。違う、早すぎる。

 壁に叩きつけられたのにユキサキは小さく呻いた。急いで横に逃げてその一撃は回避するが血の狼は容赦がない追撃に出る。素早い一撃に後ろに逃げていては埒がないと前に出て蹴りを放つが、たいした威力にならない。従者だから、じゃない。これはきいてないのだ。

「っ」

 攻撃に転じた片足を掴んで捻り、床に倒される。急いでユキサキは横に転がって逃げた。容赦のない追撃はしかし片腕がないおかげで免れた、というところだ。

 そうだ。もともと

 イクソスはロシア生まれの元軍人。極寒の大地で鍛え抜かれた生存意識もさることながら彼の得意とする技は接近戦のシステマ。軍用の殺人術は日本の合気道をルーツとし、どのような打撃も避け、さらに相手の力をそのまま返すものだ。イクソスはそれにムエイタイを習い、攻撃に取り入れていた。本来スナイパーである彼はパルクールでどんな場所ものぼり、狙撃を行う名手だった。しかし、接近戦となれば命が危険になることも知っているからこその最低限の自衛を取得している。

 とにかくユキサキとイクソスは相性が悪すぎる。

 狼が叫ぶ。

 壁によりかかって虫の息だというのに声に反応して、マスターレギオンが転がるマシンガンを持って撃つのは見事な連携プレーだ。

 降りしきる銃弾からユキサキは逃げていく先にイクソスが回り込む。

 これだと、どっちが従者で主かわからないじゃないか。まぁいいか

 ユキサキは舌打ちとともに床に手をついて蹴りを――一本の矢のような一撃を放つ。

 イクソスが床を蹴ってパルクール技術に使用し、壁を走り、後ろに回り込まれた。

 片腕がないことが惜しいほどの見事な動きだ。

 ユキサキは後ろに隠しているM1911を抜いて撃つ。見えないが気配でわかる。

 射撃。はずれ。

 イクソスは止まらず、ユキサキは壁に追いやられた。

 骨が砕ける一撃がユキサキを襲った。ムエイタイ仕込みの踵を使った、一撃に全体重をのせたそれに壁に縫い付けられる。

 肺を狙って骨を砕き、呼吸困難に陥っての捕獲を狙ってきた。

「っっ、」

 血が溢れる。

 赤い従者の背後にいるマスターレギオンはまだ回復せずに荒い息をしている。

「まいったね、君、取り込まれてたの」

 しゃべらない。あそこまで戦って自我がないなんて嘘だろう。ああ、これはイクソスじゃない。ただ記憶が見せている嘘だ。

 じゃあ、いらないな。

 すぐさまにユキサキは自分の銃口を自分の首にあてる。従者が動こうとする前に

「食らえ、ヨルムンガンド!」

 ほぼ同時に自分を殺す。


 ロス一秒ジャスト。


 目覚めたとき、自分を捕まえていた従者は血に戻り、マスターレギオンの肩を黒い剣がさしていた。

「っ、ぐ、あ」

 マスターレギオンの苦し気な声を聞きながらユキサキは小さく息を吐いた。

「この遺産は別に僕の意思うんねんで発動しているわけじゃないんだよ。君も一度遺産を手にしたからわかるだろう?

 遺産には多くのタイプがあるが、自立型は自分で物事をある程度判断して動くんだよ。まぁ賭けだったけどね」

 ユキサキはつかつかとマスターレギオンに近づく。血反吐をまき散らし、それでも必死に抵抗をしようとしている。鍛え上げられた強靭な肉体と意思に敬意を称して、蛇に命じる。

「殺さない程度に食らえ」

 深まる刃の痛みに獣じみた声があがる。刃の先から這い出た黒い蛇がその男の片足に巻き付き、潰す。

 骨の砕ける音がユキサキの鼓膜をひっかいた。

「ほら、少し意地悪をするよ? 切り札を使わせたのはお見事。けど、残念でした」

 いつものように

「さぁ、死んで強くなってまたニューゲームだ」

 笑ってユキサキは告げた。


 せいぜいそこで見ていろ。無力である己を、絆なんぞに縋った姿で

 自分の大切なそれが砂に帰るのを

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