さざ波のうえの棺

 ろくでもない仕事だ、とヴァシリオス・ガウラスが痛感したのは、船の前に武装した男たちを見たときだ。

 そもそも、この仕事を受けるときからツキがなかった。

 簡単な仕事を頼みたいと今朝の四時に叩き起こされたことから端を発し、非常時な時間帯の命令に寝不足、それにくわえて彼の番いであるヴラスターリは今日一日検査のためどうあがいても仕事に一緒にいけないことで軽い口喧嘩をしてしまった。

 調査、確認だけの簡単なものであれば、一人でこなすべきだとヴァシリオスは考えていた。

 いつまでも彼女の監視という名目において常に保護されるだけではこの先はやっていけない、いずれは別々の仕事をすることになる。今回の仕事はその予行演習としては決して悪いものではない。

 理性的に諭すとヴラスターリは反論しなかった。

 彼女だってわかっていたのだ。いい加減、ある程度の距離をとるべきなのだが――今朝の言い合いを思い出すと暗澹たる気持ちにさせられる。

 調査員が家まで迎えにきたはいいが、車を恐ろしいスピードでとばし気分が悪くなる、道を数回間違えるといったささいな失敗――全部まとめて最悪の仕事だ。


 ヴァシリオスは元FHのマスタークラスのオーヴァードだ。

 東北地方の戦争に駆り出された軍人であり、その際にオーヴァードに覚醒した。

 なにもかもタイミングがあまりにも悪かった。戦争をしたい双方の国にとって不死の兵士は大変いい駒だった。

 名もない戦場――オーヴァードがかかわった戦争はまとめてそう称される。

 オーヴァードとして覚醒した者を兵士として調教し、戦場に送り込む。死なない、無敵な兵士――否、疲弊し死んでいくオーヴァードたちの地獄。

 オーヴァードと確認された地点で、その者は戦死として国からの戸籍は消されるので、戦うしかない。

 ヴァシリオスは戦場で多くの人の死を見てきた。

 生きてここにいるのは、ただただ、運がよかったのだ。

 オーヴァードとしての能力の使用方法を教えてくれた隊長であるイクソスが身を呈して守ってくれた。

 だから生きた。

 だから変えようとした。

 この世界を変えようと青二才の夢と理想を掲げて、それに縋る人々がヴァシリオスを生かした。

 人の夢、オーヴァードたちの夢。それはあまりにも大きすぎた。

 一人、また一人と死者を見るたびに平等ではない世界を嘆き、憎んだが、それもいずれは限界を迎えて疲れてしまった。

 一番楽で簡単な方法にヴァシリオスは逃げることにした。

 ジャームに堕ちた。

 オーヴァードが自分の衝動に飲まれ、理性をなくして、どんな手を使っても元に戻すことのできない状態のことだ。そうなるとただ暴れまわる危険なバケモノになる。または見た目が化け物化して戻ってこれなくなったもののことを示す言葉でもあるが、どっちにしろ、この世界で生きてはいけない成れの果てのことだ。

 

 自分はジャームだ。

 ヴァシリオスは自覚している。

 今だって彼は平和に生きる人々の血をすすり、自分のなかに眠る絶望した同胞たちに与えてやりたいという仄暗い気持ちを抱えている。それをしないのはそれ以上の欲望があるからだ。


 ――あなたはマスターレギオンじゃない

 ――ヴァシリオス、ヴァシリオス・ガウラスよ!


 彼女がそう叫び、血まみれの手を差し出してくれた。それをとったとき、目が覚めたような気がした。

 実際、長い長い悪夢のなかを漂い続けてきたのだ。

 燃えるような赤髪に、海色の瞳。すらりとした背丈の美しい雌狼のような女性。

 自分を庇って死んだ、心の一番深いところにいるイクソス隊長のクローン体。

 何度も殺し合い、傷つけてきたし、傷つけられてきたそんな彼女のむき出しの心の言葉も、必死の瞳も、顔も、態度も、なにもかも眩しく輝いていた。

 出会ったとき、隊長のドックタグを持っていたことに腹をたてていたが、彼女と出会うたびに彼女の瞳と隊長の瞳が重なり、その血から懐かしい香りを覚えて身もだえしたものだ。

 彼女が隊長のクローン体であると告白を受けて、自分は本当に欲しかったものを自らの手で傷つけていたのだと知らされ、途方もない絶望と愚かさに打ちのめされた。

 けれど。


 --もう、あなたはなにも諦めなくていいのよ


 本当にそうだろうか? そう言われても疑問が浮かぶが、それでも彼女は一度も自分を離そうとはしなかったのに賭けることにした。

 数多の怨嗟の声にまとわりつかれながらも、彼女の手を取って、今ここにある。

 彼女を殺さず、守ったこと、そして自身が行った遺産による事件の解決に手を貸したことを評価したUGNの日本支部長の霧谷はヴァシリオスのジャーム認定を取り消した。それにはそのときにかかわった複数のエージェントたちによる推薦や説得もあったと聞く。

 本当に、多くの人との絆を彼女は生み出して、奇跡を起こした。

 ジャームではないが極めて暴走しやすい個体――ゆえに彼女が常に監視すること、そして今後はUGNの組織に協力すること。

 それらの枷をくわえられての偽りの自由。

 それでもいい、と選んだのが今だ。


 自分でも浮かれて自制がきいていない自覚はある。

 彼女の世話をなにからなにまでして怒らせた。

 彼女も自分を一人にしたくないためにあれこれとやってくるので噛みついてしまった。

 二人とも距離感をはかりかねて互いにまだまだなところが多い。

 この機会に離れて仕事をしてみる、というのもいいと踏み切ったのだが、激高した彼女は叫ぶこともせずに一言もしゃべらなくなったことを思い出し、今更だがヴァシリオスは胃痛を覚えた。

 それでも仕事に行くときにはきちんと挨拶を交わし、互いの安全と再びの再会を願っての口づけを交わした。それがヴァシリオスの理性を保つささやかな役目を果たしてくれている。

 とはいえ、今朝は一緒に食事しなかった。あのグルメで自分と一緒に食べることが大好きな彼女が! ――悩みは尽きない。


 が、


「お前たちUGNには仕事はない、さっさと引っ込むんだな」

 ヴァシリオス、調査員の一人であるコードネーム【読み解くうさぎ】の佐藤うさぎ、この現場を任されているリーダーの【びっくり箱】野火ちえこ、さらに現場検証のための一般調査員たちは武装したストレンジャーによって冷たくあしらわれていた。

 どうしてここにこんなやつらがいるのか。

 ヴァシリオスは一瞬理解できなかったが、すぐに思い直した。

 国防省の差し金だ。

 密入国者である今回のオーヴァードに対しては、防衛という点において権限としてはUGNよりもさらに強い立場のはずだ。その腹は新たにきたオーヴァードを確保し、実験材料とする魂胆か。またはオーヴァード関係の事件においてUGNと常に張り合う形をとっているので、ここでやりかえしたいのか。

 組織同士の足のひっぱりあいはよくあることだが。

「あら、けど、だめよ。オーヴァード関係の事件はUGNに権限があるのよ」

 今回のリーダーであるちえこが一生懸命言い返す。見た目は小柄、横に少しふっくらとしている彼女はすでに五十台くらいで、歳相応の皺を刻み、優しい面持ち――つまりはどんなにがんばっても威厳や迫力はない。

 そのせいで足止めしてくるストレンジャーも肩を竦めて無視している始末だ。

 うさぎにいたっては見た目が二十歳すぎのスーツを着ているのではなく、着られているような可愛らしいおだんごの女の子で、頼りない。すでに半泣きだ。

 ここは自分が出るべきだろうかとヴァシリオスが考えたとき、つんと血の匂いがした。

 一人ではない、複数だ。

 つい衝動が動き出す。

 それをねじ伏せて、ヴァシリオスが見たのは運び出されるタンカーに乗ってぐったりとしている男とあきらかに死者だとわかる布をかぶせられたタンカーが二つ。

 計三つが運ばれていく様だ。

 二人の血か? いや、もっと、もっと血は流れている。

「死体アサリか、浅ましいオーヴァード」

 冷たい声がしたのにそちらに視線を向けるといかめしい男が歩み寄ってきた。その男の出現に今まで無愛想に対応していたストレンジャーが慌てて背筋を正す。

「黒崎隊長」

 切り上げた黒髪に、鬼瓦のような凶悪な人相。

 その名前と顔は知っている。

 日本のストレンジャー部隊の隊長である黒崎剛道。ほぼ一般人で構成されているストレンジャーのなかにいるオーヴァードで、本人は激しい差別主義者で有名だ。

 自身もオーヴァードであるが、オーヴァードを心の底から嫌っている。

 彼が覚醒したのはオーヴァード討伐時に返り討ちにあい、さらに相手を取り逃がしたことからの復讐心だとまことしやかな噂が囁かれている。

「貴様の顔は知っている。死体収集家め。ここの死体でも玩具にして人形遊びをするつもりか」

「……調査はオーヴァード絡みであればUGNも関われるはずだが」

 予想していた屈辱に怒りはなく、ヴァシリオスは淡々と言い返す。

「こちらが先に現場をおさえている。そのあとでいいなら好きにするんだな」

 ヴァシリオスが言い返そうと口を開こうとすると

「まぁ、黒崎さん、そういう態度はよろしくないんじゃないんですか! 同じ平和を守る者同士として見過ごせません! 失礼な言動は慎んでください!」

 ちえこがぷりぷりと怒りながら黒崎に迫る。この場で一番空気を読んでいない。

「私たち協力すべきだと思いません? ねぇ!」

「……しゃしゃりでるなと俺は言っているんだ。おばさん」

「まぁ! 私は確かにおばさんですけど、これでもここにいる子たちのリーダーとしてこの子たちを守る義務があるんです!」

 ちえこが引かずに言い返してきたのに黒崎が顔を険しくさせた。それだけで並みの小悪党なら震え上がるほどの迫力はあるが、ちえこも負けてはいない。可愛らしい顔をむすっとさせて睨みつける。

 これは勝負あったな。

 毒気を抜かれたヴァシリオスは直感した。

 実際、ちえこ相手に威嚇し続けるのは黒崎も精神的にこたえるらしい――深いため息をついて顔を逸らした。

「ち。まぁいい。こちらが優先的に仕事はさせてもらう」

「あら、じゃあ、調査は一緒にしていいってことですねっ!」

 ぱっとちえこが明るく笑う。

「勝手にしろ」

「よかったわぁ、ねぇ、うさぎちゃん、ヴァシリオスさん!」

 ちえこの屈託のなさはすべて救ってしまう和やかさがある。この場において彼女がいたことは幸いだった。

 が、しかし


「いゃあああああ、血~」

「ひぃーん、むりです、むりですぅ」

 ちえことうさぎが現場を見て悲鳴をあげ、互いを守るように抱きしめ合うのに、その場にいたストレンジャーたちから同情と何してるんだという視線が集まる。

 実際、その情けなさにはヴァシリオスも内心ため息をついた。

 その船は十人も乗ればいっぱいになる小型なものだが、そこはどこもかしこも血がついて悲惨な有様だ。

 どれだけ殺したのか、否、または遊んだのか。

 ぱっと見たところ最低限の装備しかない船でどうやって移動したのかと疑問が浮かぶが、すぐに思い至った。

 FHには運び屋専門のマスターがいた。

 ヴァシリオスも数回世話になったことはあるが、彼はものを作り出すモルフェウスの能力で乗り物を素早く強化、さらに天才的な頭脳を持つノイマンの能力で神がかった運転技術と演算能力を発揮してどんなところにでもものを運ぶことができた。

 戦闘能力こそないが、FHにとっては大切な戦力だった。

「この血の匂いは」

 鼻を動かし、理解する。

 その運び屋の血だ。これは死んでいる。あと一般人が一人、いや二人――全員死んでいるのではないかと思ったが、先ほど運ばれるタンカーを思い出す。

 一人保護したというが、あれはオーヴァードか?

「うう、調査、むりぃですぅ」

「うさぎちゃん、がんばって、サイコメトリーしてちょうだい」

 ぷるぷると震えて船の入り口でなかにはいれない二人を尻目に一般の調査員たちはストレンジャーにあらかた奪われて調査済みの現場の検証を意地と根性でやっているのを監視役を買って出た黒崎が嫌味な笑み浮かべて眺めている。本当に暇なことだと呆れてしまう縄張り意識とプライドの高さだ。

 ここにうさぎが来たのは彼女がサイコメトリー――ものに触れて過去を読み解く能力を持つからだ。

 ようやく二十歳すぎの非戦闘員の少女にこの現場はかなりきついだろう。すでに二回吐いて、泣いてぐしゃぐしゃの顔はとてもではないが任務の強制が出来ない。

 こういうことはよくある。

 持っている能力にたいして能力者が幼すぎるため本領発揮できないということだ。

 日本は第二次世界大戦後に牙を失い、すっかり腑抜けてしまっている。

 平和ボケした人種は、ときどきヴァシリオスを苛立つかせ同時に羨望すら抱かせた。

 迷ったがここは自分が動くべきだとヴァシリオスは作業員たちを押しのけ、血だまりに手を伸ばし、滴る血をすくいあげ、迷うことなく嘗めた。

「やだ、ガウラスさんっ」

「え、え、えっ」

 さちえとうさぎの声があがる。それに見ていたストレンジャー、UGNの作業員たちからも小さな動揺の声が漏れた。

 緊迫と緊張を孕んだ一瞬

「FHのマスタークラスの指示により、動いている……犯人の狙いは、霧谷雄吾の暗殺です」

 ヴァシリオスがゆっくりと作業員を見たあと、ちえこに視線を向けて口を開いた。

「人数は全員で十二人。全員、陸が見えた地点で船を離れている、この場にとどまったマスターと一般人たちが交戦、そのあと船は操作者を失い流れてきた」

 淡々と語るヴァシリオスにその場にいた全員が理解した。

 ブラム・ストーカーは己の血を武器とするが、他者の血を飲むことで、その相手の感情、記憶をある程度は読める。むろん、血の鮮度、行う者の力の熟練度によっても読めることは違う。今回は時間経過がさほどなかったことと、現場に血が思った以上に残っていたことが幸いであった。

 ヴァシリオスは一瞬顔をしかめたあと、懐からハンカチを取り出して飲んだ血を吐き出した。

 さすがになんとも思わない相手の血をずっと体内にとどめるほど好きものではない。

「ふん、さすが、死体遊びの吸血鬼というところか」

 黒崎から嫌味が飛んできたのにヴァシリオスは視線をちらりと向けた。彼の顔は嫌悪に満ちている。こんなことまでして情報がほしいかと言われれば、ヴァシリオスは間違いなくイエスと答える。

 戦場ではもっとひどい状態の死体から情報を手に入れるために血をすすることもあった。今更この程度はどうってこともない。ただ胸のなかに広がるほの暗い怒りが顔を出しては囁くのだ。殺してしまえ、血をすすれ、と。その声がだんだんと大きくなって震えだしたいほどの衝動となって心と肉体を動かそうとするのをひたすらに奥歯を噛みしめて耐えるしかないのだ。ここで怒りに身を任せることは破滅を意味する。

 彼女が片腕まで失って与えてくれた日常を自分もまた守らなくてはいけない。

「今すぐに連絡を、支部長」

 ちえこにヴァシリオスが声をかけると、呆然としていたちえこは弾かれた顔で

「それも大切だけど、えーと、えーと、まって、まってね、わたしの不思議な箱さーん」

 ちえこが肩にかけているハンドバックから――バロール能力で作った異空間からあれこれとを出してくる。

 ちえこのコードネームの由来であるどこでも繋がっている鞄だ。そのなかには彼女がモルフェイスの能力で作ったものが入っている。

 まるで日本で有名な青い猫型ロボットみたいな能力だ。

 ぽいぽいぽーいとあれこれと出てくる、出てくる。何してるんだ、この人は――がらくたが山となったところで

「はい、みずーーー!」

 元気よく出してきたペットボトル。

「これで口をゆすぎなさい。ほら、ハンカチも」

「いや、それよりも連絡を」

「すぐにやるわよ! けど、君が嫌な気持ちにならないことも大切だもの」

 真剣な顔で言われてヴァシリオスは瞠目し、ふっと口元に笑みをこぼした。

 たぶん、彼女が支部長であるのはこういう理由だ。

「う、うう、すいません、私がいやがったせいで、私もがんばります。し、したいあさりっていわれたらそうですよー、わたし、よんじゃいますからねー!」

 うさぎがべそをかきながら黒崎を睨みつけてきた。自分よりもずっと年下の女の子に睨まれるのは分が悪いらしい黒崎が眉間の皺を深くする。

「わ、わたしはよんじゃうんですからね、はずか、しい、記憶とかよんでばくろしちゃいますから~」

 手をわきわきと伸ばして黒崎を威嚇している。黒崎もさすがに非戦闘員で泣いている女の子――オーヴァードであってもいきなり攻撃の姿勢をとるほどに非道ではなく、困っている様子だ。

「ふっしゃーですよ! わたしの仲間なんですからね。あ、あの、ほんと、ご、ごめんなさい。いやなことさせちゃって、あ、あとは、わたし、やりますからぁ」

 黒崎を退けたあと、ぐすぐす泣きながらうさぎがヴァシリオスに頭をさげた。

「いや、だが」

「そのために私はいるんですから!」

 うさぎはヴァシリオスの先ほどの行動に感化され、勇気を振り絞り行動を起こそうとしている。その決意とやる気に水を差すつもりはヴァシリオスにない。

「そうよ。みんなで協力しましょう」

 にこにことちえこが笑い、うさぎにハンカチを差し出す。

 今まで恐怖に顔をひきつらせていた一般の作業員たちからも力が抜けた笑いが漏れている。

 ちえこも、うさぎも震えながらも船のなかに入り、己の仕事を行おうとする。

 このメンバーを集めたのは霧谷だというが、こういう意味もこめてのこのメンツなのだろう。

 その手腕と気遣いには少しばかりの感謝の念を抱いた。

 ちえこに言われて一度船から出て、水で口をゆすがせてもらったヴァシリオスは何かとてつもないひっかかりを覚えていた。


 さざ波/揺れる/海


 運び出されたタンカーは三つ。

 一つは死体のオーヴァード。

 一人は生存者のただの一般人。

 いくら非戦闘員とはいえマスタークラスの男が一般人に殺されるのか?


 ノイズ/走る/悲鳴/轟く/


 ---はははは!


 ノイズ/歪む/嘲笑/轟く


 --さぁ、強くなってもういちどニューゲーム!


 脳内に響くそれにヴァシリオスは混乱し、一瞬自分は何を見たのかわからなくなった。

 なんだ

 自分は

 何を見ている?

 なにを見させられている?

 これは血の記憶? 血の持ち主の? しかし先程吐き出しばかりだ。

 残留思念?

 人数は十二人。それにマスターが一人に一般人が二人。どうして二人もいる? なぜ一般人がいた?


 ノイズ/ノイズ/ノイズ


 見えるその映像はひどく歪んで――ノイズ――決定的に顔が見えないが男の、楽しそうな口元。

 誰かが

 --マトリョーシカ・シンドローム!

 叫ぶ。


 さざなみが響く。そのなかでストレンジャーたちが生存者を運ぶ音とともに

「では、船には全員で十五名、うち十二人のオーヴァードが自由の身となった。残渣ウィルスからシンドロームの特定を」

 歌う波の音に紛れて漏れ聞こえてきた調査員たちの声にヴァシリオスは顔を歪めた。

 なにかとんでもない間違いを自分たちはしているのではないのか。そんな思いが強く残った。


「マトリョーシカ・シンドローム?」

 まるで嘲笑う声のような潮騒に、その呟きは飲まれて、消えていく。

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