第七の月――騎士の少女

 ちょうど街に着いたばっかだったうちらに、周りのひとの目が集まってる自覚はあった。何しろきちんとした任務、胸を張って正式な装備で来てたから一目で分かったことだろう。うちの鎧に刻まれた、王立騎士団の紋章が!

 うちも、相棒のデルタも若くして騎士団、しかも王族直下のエリート。誰からも尊敬されて当たり前なのだ。というのに、

「なによその顔」

「こっちの台詞だっつの」

 ひとの顔を見るなり嫌そーな表情をしたゼータを睨み上げる。ほんと、無駄に背が高いんだもんこいつ。

「お前が低すぎるんだろ」

「ひとの考えにケチつけないでよ!」

「いやアルファ、全部口に出てるから」

 他人事みたいに呆れた顔して、デルタってばどっちの味方なんだか。

「……あの、おふたりはどうしてここに?」

 困り顔はひとが良さそうだけど、このタウだって油断ならないのはとうに知っていた。

「ああ、オレたちは任務。そうでもなけりゃ、ふたりして城から離れたりしないって」

 緩く波打った肩までの茶色の髪に乗せたベレー帽を直して、デルタが軽い調子で言った。もちろん詳しい事情は口外禁止だけど、今回はふたりとも騎士団であることを隠さないで来てるくらいだから、これくらいならいいだろう。

「そうなんですか、僕たちもこの辺りで仕事なんです」

 眼鏡の向こうでキャラメル色の目がにこにこ笑っていた。ゼータがずーっと仏頂面なのとは対照的だ。と、デルタの手袋をはめた指先に肩をつつかれる。

 見上げると、キザったらしいウィンク。わざわざ制服特注してまで伊達男気取ってるのは知ってるけど、うち相手にやられても。それに、

「こいつらに頼む気なの?」

「だって話が早いでしょ」

 確かにタウは神官だけど、今回の任務にはぴったりだけど。

「やだ借り作りたくなーい」

 つい頬を膨らませてしまって、ゼータが小馬鹿にした表情を浮かべたのが見えた。またガキっぽいとでも思ったに違いない。ふたつ結びにした桃色の髪も真っ赤な目も似合う容姿は仕える姫様だって褒めてくれる自慢のもので、……そりゃもうちょっと背が伸びれば言うことないけど、まだ十五歳だもん希望はいくらでも。

「心配しなくたって、俺らもお前らへの貸しなんていらねーよ」

「そんなこと言わないでよ」

 デルタがわざとらしく言って伸ばしかけた手は、思い出したのか引っ込められた。タウまで敵に回したら絶望的だとは分かってるらしい。

「まあまあ」

 ひとまず敵にも味方にもならなかったにこにこ神官が、取りなすように割って入った。

「お互い着いたばかりですし、休めるところを探しましょう。ゼータもお腹空いてるでしょう?」

「……まあな」

 タウに取りなされた途端おとなしくなるのが分かりやすすぎて笑えちゃう。

「じゃあ飯屋でも探そっか」

 デルタはデルタでうちを見る。確かに今朝保存食を食べたきりだし、こっちも空腹だった。

「しっかたないなー」

 旅の荷物を背負い直して、ついでに背中の大剣もよいしょと直して。

「じゃ、まずはご飯ね!」

「なんでお前が仕切るんだよ」

 減らず口じゃお腹も膨れない。うちはべーっと舌を出した。



「先に言っておきますけど」

 昼前の食堂はまだ空席が多かった。一通りの注文を済ませ、グラスから水を一口飲んでタウが口を開いた。

「僕たちにも事情がありますから、協力出来るとは限りませんよ」

「それは分かってるけど」

 その向かいの席に座ったデルタは随分余裕ぶっていて、タウが怪訝そうな顔をした。

「この辺りで仕事する、っていうなら、オレたちに協力しといた方がいいと思うなぁ」

「……どういうことだよ」

 ケンカ腰のゼータにウィンクかまして、デルタはうちを見る。……ああ、そういうこと。

「それはそーかも」

「アルファさんまで」

 うちの同意が意外だったらしいタウに、デルタは周りにひとが居ないのを窺ってから声を潜めた。

「うん。オレたちの任務、お化け退治だもん」

 景気よく椅子がひっくり返った。

「ゼータ!?」

 慌てて駆け寄るタウの様子も含めて、笑いを通り越して呆れ返る。

「やっぱり相変わらずなんだねぇ」

「神殿所属のくせになさけなーい」

 クスクス笑うデルタに続いて言ってやった言葉にも返しようがないらしい、打った頭を押さえたままただ睨み返すだけのゼータを支えて、

「……詳しく聞かせていただけますか」

 タウが諦めた顔をした。ふたりが座り直すのを待って、にやにやしてたデルタが口を開く。

「この街の北にさ、森があるんだよ。ここにひとが住むようになる前からあるらしいんだけど」

「そうなると、かなり古い森ですね」

 相槌を打ったタウに頷いて、荷物から地図を取り出す。決して狭くはないこの街よりも大きな面積を持つ森を、デルタの指先が叩いた。

「だからなのかもね、ここで怪しい何かを見たって証言があってさ」

 そういうのは昔からあったし、それにかこつけてお化けにさらわれる、なんて教訓話も古くから伝わってるとかなんとか。

「けどここ最近、そういうのが急増したらしくてさ。しかもみんな夜の同じ時間帯に似たようなものを見てるみたいだから、一概に見間違いって言い切れなくて」

「いっぺん調査してみよーってなったわけ」

 言ったうちらを、さっき椅子から落ちたひとが疑わしげに見る。

「実際アレだったとして、お前らじゃどうしようもないだろ」

「オレたちも頭っから信じてるわけじゃないし」

 そーいうのがいるのは知ってるし出くわしたこともあるけど、そうそうそこらをうろつくよーなもんじゃないって言ったのは、

「まあ、そこまで異様な気配もしないですから」

 そこで考え込んでたタウ本人だ。右腕にベルトで留めてた短杖たんじょうを取り外し、左手で持って地図をとんと一度、続けてもう一度叩く。

「……多分」

「多分ってなんだよ多分って」

 必死になってタウの腕を揺さぶるゼータ。その主がちょっと嬉しそうなのには欠片も気づいてない。

「というわけで、共同戦線ってことでどうかな」

 そこに提案を投げたデルタは含みのある笑顔だ。タウがちょっと眉をひそめて、それからため息を吐く。

「仕方ないですね」

 その正体がほんとにオバケでも、もしくはただの野盗か何かでも。前者の可能性がある限り、タウは応じざるを得ない。ほんっと、お互い過保護なんだから。

「タウ」

「大丈夫ですよゼータ」

 浮かない顔の当人はそんなこと考えもしないらしい。神官と護衛官は立場が逆転したみたいなやりとりをしていた。

 に、しても。

「ねぇ」

 地図を丸めていたデルタを呼ぶ。

「これって、共同戦線なの?」

 その言い回しにはなんとなく引っかかった。だってそれじゃあ。

「そうなるんじゃないかな、ってさ」

 けどデルタは平然とそう言ったし、何よりそのタイミングでご飯が運ばれてきたのでとりあえずどうでもよくなった。

 だってお腹空いてたんだもん。



 そんで、その日の夜。

「うっわ雰囲気ばっちり」

 思わずそう言っちゃうほど、鬱蒼とした森は舞台として整いすぎていた。

 それぞれ宿に余計な荷物は置いてきて、備えてきてると言えるはず。うちはいつも通りに騎士服の上からアーマープレートを付けて、紋章入りのベレーを頭に。武器の大剣だって万全の状態だ。隣のデルタも騎士服に、こっちは革製のポイントアーマー。ごついブーツは金属板入りで、メインウェポンはホルスターで腿に吊した二丁の銃。

「ほとんど真っ暗ですね」

「何を好き好んでこんな時間に出歩いてんだよ目撃した奴らは」

 神官の紋章である六芒星が左胸に付いた白いコート姿のタウは、四人の中で一番軽装だった。武器らしい武器は短杖だけだし、それも物理的に頼りになるわけじゃない。ゼータは確か服の下にチェインメイルを着てたはずだし馬鹿でっかい鎌も用意してるけど、びくびくしてるせいで情けないったらない。

「街から北側に抜けるルートがあるんだってさ。噂が広まってからはほとんど使われてないらしいけど」

 あらかじめ仕入れていたらしい情報をデルタが披露する。

「通るひとが居ないなら、遠慮なしでいーよね」

「勢い余って同士討ちは勘弁してよ?」

 しつれーな。

 デルタがランタンを取り出そうとするのを止めて、タウが短杖を構えた。ひとことふたこと呟いて、淡く光る輝石に向かって息を吹きかける。と、石鹸液の泡みたいにぽわぽわと灯りが生まれて漂った。ふよふよ浮くそれは自由に見えて、うちらの周りからつかず離れずの距離を保っている。

「へぇ」

 デルタが感心したような声を出したけど、どーせ考えてるのは女の子が好きそうだなあとかそんな感じのことだ。

「万一を考えたら、火よりはこちらの方が」

「こっちとしてもありがたいかな」

 会話している男性陣の後ろで、ゼータがさっきより安心した顔で光の泡を眺めていた。その周りにだけやけに灯りが多いのは多分気のせいじゃないと思う。

 いつまでも入り口でうだうだしては時間の無駄だ。前衛のうちと索敵役のデルタが前、後衛のタウと殿のゼータが後ろで進んでいく。森へ分け入って少し進んだ辺りで、比較的踏み固められた地帯にぶつかった。

「ここ沿い?」

「いや、見えたのはもう少し森の奥らしいけど」

 うちとデルタが真面目にやってるとゆーのに、

「ゼータ」

「…………」

「ゼータ、何もいないですから」

「あんたらも真面目にやんなさいよ」

 さっきから後ろで延々同じやりとりしか聞こえなくてイライラする。

「いやぁ、今のところ何にも感じないですし」

 タウはへらへら通り越してデレデレだ。ゼータは一見いつも通りだけど、口数が少なすぎて調子が狂いそう。

「専門家を信じるなら、お化けは眉唾物かもね」

 デルタまで気の抜けたことを言い出して、ひとり真剣なのが馬鹿らしくなってくる。

「もー、どいつもこいつもぉ!」

 思わず叫んでしまった声が、夜の森に響いていく。ベレー越しにデルタにこつんと頭を叩かれた。

「アルファ、やりすぎ」

「うち悪くないもんー!」

 それで怒られるのは納得いかない。

「……すみません」

 ようやく分かったかと振り向けば、険しい顔と出くわした。

「前言撤回です。来ます」

 タウが言って、短杖が指した先。夜の暗さと違う黒が、森の中から重たい足音で駆けてくる。

「ちょっとあんた戦える?」

「当然だろ」

 さっきまで使い物にならなかったくせによく言う。けど確かに、ゼータはいつもの調子で武器を構えていた。

 ゥオゥッ!

 最後の藪を突き破り、照らし出された中へ踊り出してきたのは黒い獣。

「熊、っぽいね」

「形だけだ」

 デルタの判断に釘を刺して、ゼータが飛び出した。通常のものより一回り大きな体を備えた熊みたいなソイツは、逃げもせず逆に地を蹴って。

「立ったぁ!?」

 威嚇ではなく迎撃のために、二本足で自立した。思わずうちが叫んだ前方、先手必勝を狙ってたゼータが急減速して鎌を一閃。何もないところを通ったように見えたそれは、固い物同士弾き合うような音を響かせた。

 武器を振り切ったゼータの隙を埋めるべく、デルタの銃が火を噴いた。二丁から一発ずつの弾丸が黒い獣を打ち抜いて、その動きを止める。その間に下がってきたゼータと合流し、

「あんた無茶しないでよ」

 言えば、口角が上がる横顔。

「お前が心配してくれるなんざ、その大剣の雨でも覚悟しとかなきゃな」

「へらずぐちー!」

 うちらの後ろではタウが防御の精霊術を構えていたから、多分計算尽くだろう。余計なこと言うんじゃなかった。

「ここまで活動的とは聞いてなかったんだけどなぁ」

「……そうなんですか」

 デルタのぼやきに反応したのはタウだった。静かな声は気になったけど、そんなのは後回しだ。

 ウ、オ、……ゥアアァァアアァッ!

「いくよっ」

「指図すんな」

 逆上した獣へ、ふたり同時に地を蹴った。タウが生み出した灯りがソイツの姿をはっきり浮かび上がらせて、さっきの動作の意味を知る。

 ゼータがぐっと身を沈ませた。そして視界から消えた瞬間に、両手で握っていた大剣を思いっきり後ろへ引いて。

「――せりゃあああああッ!」

 横薙ぎに、ソイツの前足から伸びた暗闇色の鋭い爪ごと殴り飛ばした。怪力自慢は伊達じゃない、爪を叩き折られた勢いのままソイツはごろんと後ろ向きに倒れる。

 うちは大剣を振り切ったままもう一回転、止まって見えたのは、

「よ、っと!」

 高く跳び上がった、そこからの落下速度を刃先に乗せてソイツを地面に縫い止めたゼータの姿。

「出番だよ」

 デルタの声に道を開け、駆け寄るタウを見送った。

「――我が身、我が声を以て請い願う」

 タウの詠唱を聴きながら、うちは相棒を見る。既に左手の銃をしまい、弄んでいるもう一丁も安全装置はかけたのだろう。

「……そういうこと?」

「多分、そういうことだねぇ」

 神官の声が途切れた後に残ったのは、真っ黒な石と熊の頭蓋骨だけ。そしてそれが、この森で見つかった異常らしきものの全てだった。



「……まあ、そういうことですね」

 翌朝、より何時間か後。

 帰ってきたのが明け方だったうちらは揃いも揃って昼近くまで寝ていた。全員の目が覚めて、さらに朝食の分まで昼ご飯をたっぷり食べて、ようやく一息ついたところだ。

「あの真っ黒が、あんたらの目的だったわけね」

 食後のミルクティを啜りつつ言えば、返ってきたのは肯定だった。

「言っとくけど、俺らも確証があったわけじゃねえからな」

「あんたのビビりよう見てれば分かるってばそんなの」

 ゼータが睨むけど、そんなのに怯むほどビビりじゃないしあんたと違って。

「でもデルタはどこで分かったわけ?」

「オレもそうじゃないかなー、くらいだったんだけど」

 無糖のカフェオレを一口、デルタはタウの方を見た。

「タウ、二回地図に聖霊術使ったでしょ。で、二回目で顔色変わってたから」

「よく見てますね」

 苦笑したタウの反応も、また肯定だ。

「だから共同戦線、か。俺らは目標かもしれないなら調べないわけにはいかない、お前らはあの森の問題が片付けば良い」

 ゼータの言葉に、デルタがわざとらしく両手を開いた。

「お互い得したでしょ」

 うちらとこいつら、両方に意味があって協力出来るからこその共同戦線。今ならそう呼んだ理由が分かる。

「…………いい。ああ、それは分かるからいいんだ」

 深々とため息を吐いたゼータが噛みついたのは、

「それより何でお前は分かってたのに言わないんだよ!」

「言い忘れてましたすみません」

 隣でしれっとそう言い放った神官だった。何でも何も、

「わざとでしょ」

「わざとだよねぇ」

 どーせオバケにビビるゼータが見たかったとかそんなくっだらない理由だ。腹立たしいところといえば、たとえゼータがビビってて反応が遅れてもどうにかなる状況、として利用されたことだろうか。

 それは問題の解決とはまったくの無関係、ということで、

「ねーおねーさーん、ケーキ追加でみっつ、お代はそこの眼鏡持ちで!」

「じゃあオレはカフェオレもう一杯、あと君よければあとで一緒にお茶しない?」

 のらくら笑ってたタウの顔が凍り付いた。デルタのナンパ癖も許せるくらいに痛快だ。

「えっちょ、それは仕事の経費じゃ落ちないんですけど」

「そんなの知らなーい」

 慌ててたタウが崩れ落ちた。ゼータがおろおろしてタウの肩を叩いてる。

 そんなタウに、デルタがこそっと耳打ちした。

「ま、今回は街にもオレたちにも大した損害はないから。これで全部チャラにしようよ」

 あの森の中、黒い獣が残した石。

 街のひとには何も関心を持たなかった獣が、うちらにだけ襲いかかってきた理由。

 話せないくせに、もう大丈夫だと言ったのはタウだった。

「……分かりましたよ」

 折れたタウは開き直ったのか、

「あの、俺も出せるぞ」

「心配しないでください僕が払いますから。ゼータも何か食べます?」

 財布を取り出したゼータににっこりと笑った。

「いやでも」

「まーまータウが自分で言ったんだからさ、っとありがとう可愛いね君」

 仲裁するのかと思えばカフェオレを持ってきた女の子に笑いかけ、こっちにも誘いをかけている。さっきの女の子がカウンターで見てるけど気にしないんだろうか。

 まあ、タウの財布が薄くなろうがデルタが修羅場になろうが知ったことじゃないな。

「どーせだからあんたも食べれば」

 足りなければ追加すりゃいいし。頼んだケーキをひとつ押しやれば、また剣が降りそうみたいな顔をされた。

「……どうせならそっち寄越せ」

「これはダメ」

 伸びてきたフォークを打ち払って、ショートケーキのイチゴを口に放った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る