#1-4


 「あなた!そこの、馬に乗る!ねえちょっと!」


 重い手枷ごと両手を持ち上げガシャンガシャンと鳴らし、檻の中から少女は男たちを呼んだ。血相を変えた商人がすぐに飛んでくる。それに遅れて、バルディエスもゆっくりと馬で近づいてきた。


 「いやぁ、これは奴隷の娘なんですが、どうも育ちが悪いようでして、最低限の教養も持ち合わせていないのです!はい!まだ小さいですからなぁ、いやはい」


 くるりと少女の方を向いた奴隷商人はギッと少女を睨みつけると囁くように彼女に言った。


 「おい!やめろ!ここで奴に目をつけられてみろ、お前だけじゃない。ここにいる全員が死ぬことになるんだぞ!」


 話しながら男の目はどんどん血走っていく。それほどの人物だということはすぐに少女にもわかったが、そもそも自分は奴隷でこれから死ぬような目に遭うと、目の前の男に散々脅されたのだから、この際どちらも一緒だと思った。それに自分は一度死んだ人間でもあったから、死はそれほど怖くもないとも。


 少女は隠すように向けられていた男の背中からひょいと顔だけを覗かせて、バルディエスに話しかけた。


 「あなたのそれ、コッドピース*よね!」


 近くまで男が来ると、馬に乗っているせいかずいぶんと顔は高い位置にあった。少女には好都合だった。


 「なんだと?」


 青ざめる商人越しにバルディエスとの会話が始まる。


 「ほら、ここよ、ここの膨らんでいるところ」


 ちょうど膝をついた少女の目の高さにあった男の股間を両手の人差し指を突き出して示した。馬に乗る男の股間は異様なほどに盛り上がっている。


*コッドピース…中世に男性の股間につけられた袋。小物入れになっていたり、金属製の物もあり、大きく誇張されたコッドピースは男らしさを強調した。


 「おい!やめろ!本当に殺されたいのか!」


 商人の制止も少女の耳には入らない。


 「そこ!一体何が入っているの?」


 構わず少女が尋ね続けると馬の上のバルディエスの顔はどんどんと赤くなっていく。カタカタと揺れる腕で強引に腰元の剣を抜くと、奴隷商人の首元へと突き立てる。


 「おい貴様!なんだこのガキは!」


 「ひっ」


 あと2センチでもバルディエスが動けば、奴隷商人の首は掻き切られるだろう。唇の震えが止められないほどに怒るバルディエスの表情を見ればそう遠くない未来に思える。少女の背中から悲鳴が聞こえた。一緒に檻に入っている誰かのもののようだ。


 「も、申し訳ございません!申し訳ございません!」


 その切先をすり抜け、奴隷商人は地面にひれ伏した。顔は地面にぴったりとついているからその表情を見ることはできないが、涙声から察するに、今泣いているのだろう。邪魔な商人が視界から消えて少女はよく男の股間を観察することができた。股間の膨らみは高く天空を向いていて、生物学的にオスを象徴するには十分な大きさだった。


 「私はその中身に興味があるの!私たちを殺す前にそれは教えてもらえないかしら」


 少女は尚も質問を続けると、行方を失っていた剣先が少女に向く。馬に乗っているバルディエスからすると、地面にひれ伏す商人の首は遠すぎて届かなかったのだ。


 「き、貴様…。どうやら本当に死にたいらしいなぁ!名を何と言う!」


 グッと押し込まれた剣先は檻の中に侵入し、少女の首にそっと剣身が沿う。


 「名前?名前は今はないわ、奴隷番号07よ」


 「では奴隷よ!貴様、何故俺を公衆の面前で侮辱する」


 「侮辱はしていないわ。あなただってその服装で外出しているのは自分の隠部を引き立たせて男性らしさを表現しているのでしょう?私はそのコッドピースの中身に何が入っているのかが気になっただけよ、中が空っぽなのか、それとも物を入れる仕組みがあるのかでコッドピースに対する習熟度が変わってくると思ったから」


 首筋に冷たく当たる剣身がふっと離れたと思うと、今度は切先が少女の鼻先で止まった。


 「そうか、そのコット…まぁその何とかに強い関心があるのはわかった。だが、貴様は俺の怒りを買いすぎたのだ。ガキとて容赦はせん!全員死ね!」


 少女は目を瞑り、その衝撃に備えた。その瞬間、足元から大声で「お待ちください!」と怒鳴る声が聞こえた。


 奴隷商人はすっと立ち上がり、涙いっぱいの顔で無理やり笑顔を作った。わざとらしい揉み手も命がけだ。


 「どうでしょう、バルディエス様。この娘を私から買われては」


 「なんだと?」


 そこに居合わせた全員が固唾を飲んで見守るなか、商人一世一代の商談が始まった。




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