#1-3



 「つまり私は、ここに入れられる前、父と母と一緒に暮らしていたのね?彼らは今どこに?」


 檻の中の少女の容姿に似つかわしくないその冷静な口調に太った男はたじろいだが、すぐにまたあの下卑た笑みを浮かべる。


 「そんなの知るかよ!お前さんと同じようにどこかに売られていったんじゃねえのか?生きてればの話だろうがな!キヒヒヒ」


 男は少女を怖がらせようと語気鋭く言い放つ。俯く少女に満足げに言葉を続ける。


 「どうせなら飛び切りぶっ飛んだ奴に高く買われてくれよ!?そこであれこれ仕込まれてぶっ壊れるまで使われるんだよお前は!さぞつらい人生だろうよ!もう死んだほうがマシだと泣き叫んでも、お前にはそういう運命しか待ってねえんだよ!どうだ?泣くか?泣いてみろよ!誰も助けてなんてくれねえんだけどな!」


 檻の中に響いた言葉に、少女と一緒に中にいた人たちはすすり泣くか、低いうなるような声をあげていた。そんな中、少女は顔を上げる。


 「つまり私は、両親と引き離されこれから人身売買の商品になった。そこでは私を性奴隷として買うものがいるだろうし、あなたもそれを望んでいるということね。つまりこの国には奴隷制があるんだわ。そしてあなたは奴隷商人というわけね。それから私の両親も奴隷として売られたか、邪魔に思われれば殺処分されている可能性がある。父はどうかしら、優秀な頭脳を持っているか高い生産性がある以外は殺されている可能性があるわね、成人の男性奴隷は抱えるだけでも女性より維持費もかかるだろうから。でもどうかしら、ここにいる他の奴隷は男性の比率のほうが高いから、ここでは男性のほうが重宝されるということがあるのかもしれない。そこはまだわからないわね」


 淡々と早口で語る少女の前で、奴隷商人は呆れて鞭を落とした。


 「お、おい、お前の親の話だぞ。死んでいてもいいっていうのか、お前さん」


 鞭を拾い上げながら商人が言うと、遠くのほうで馬の鳴く音がした。


 「私にとって血縁者かもしれないけれど、私にとっては知らない人なのよ。説明が難しいわ。そうだ、この荷馬車はどこへ向かっているの?」


 「何言ってんだ、この娘は…。いいか、俺たちは商人の街、イクセントリアを目指しているに決まっているだろう。なんでも揃う、なんでも売れる世界最大の市場だ。物も食いモンも動物も奴隷も、男も女もなんでも売ってる。そこで俺はお前たちを売っ払うのさ!」


 大きく手を広げて空を仰いだ商人を檻の中の奴隷たちは一斉に睨みつけた。中には唇を噛み締めすぎて血が出ているものもいる。


 「では、これはそのイクセントリアを目指すキャラバンなのね。イクセントリア…聞いたことがない都市の名前だわ」


 「まぁ、その前にちぃっとばかし寄り道して、王都レスクアに寄るところだ。王家の行商手形を持っていれば、売り物の値段が高くなる」


 「王家…王政なのね、ここは。そうだ、あなた私の名前はわかる?」


 身を乗り出した少女に鞭が飛び、黒いその先端が鼻を掠めた。


 「お前にもう名前などない。あるのはそこに書いてある番号だけだ、奴隷番号07」


 鞭が指し示す先を見ると、自分が着ていた麻の布の服に黒い炭のようなもので乱雑に何かが書いてあった。今までみたどんな記号とも似ていない。そのせいで、奴隷の服についていたその記号をただの汚れだと思っていた。


 「これ数字なのね!こっちが0でこっちが7。つまり私は、この檻の7番目の奴隷なんだわ!」


 疑問に思っていたいくつかの謎が解け、少女、奴隷番号07は微笑んだ。それを見て奴隷商人は心底気持ちの悪い娘だと思った。


 「ったく、気味の悪い奴と話をしたせいで余計な時間を食っちまった。おい、馬の準備はいいのか?」


 キャラバンの先のほうへと奴隷商人が声をかけると、かすかに「はい」と声が聞こえた。すると奴隷商人は全体に向かって大きく「出発だ!」と呼びかける。挨拶をすることもなく側を離れた奴隷商人の背中を見ていると、また荷馬車はゆっくりと動き出す。少女はまた不快な旅が始まるんだと思った。と同時に、快いことなどこの世界でもう自分には起こらないんだとも思った。


 「教授、どうしてるかしら」


 記憶の片隅にいる男性を思うと、自然と言葉が出た。しかし、その教授と呼ぶ男性の顔がどうしても思い出せなかった。


 動き出した荷馬車は突然その歩みを止めた。何かあったのか、彼女が首だけを檻から覗かせて辺りを見回すと、さっきまで通りを歩いていた人たちは急いで家の中に入るか、地面に頭をつけるようにひれ伏している。しばらくすると先ほどの商人の声が近づいてくるのがわかった。


 「ええ、ええ。ちょうど売り物を乗せて王都へお伺いするところだったんですよ。こんなところでバルディエス様にお会いできるなんて、私の商いが上手くいくとの神からの啓示やもしれませんなぁ」


  先ほどの奴隷に向けられていたものとは明らかに違う声色である。バルディエスというのは何者だろうか。近づく二つの影を目で追っていると、一人は輝くような白馬に乗る身なりの綺麗な男だった。


 「売り物というのはなんだ?」


 「へぇ、西の特産である反物と麦。そして奴隷が少々です。他にも積荷はありますが、これは輸送を依頼されたものになりますから、売り物ではございません。ですが、反物は実に素晴らしいですよ。生地に金が織り込まれていますので、キラキラと輝くのです、キヒ」


 馬の側について商人が近づいてくる。そんな様子を見て少女はまるで馬に散歩されている豚のようだと思った。近づいてくると、バルディエスと呼ばれた男の様子が鮮明になってくる。周りのものとは身につけているものが明らかに違う。白馬に金髪、まるでおとぎ話の王子さまだ。しかし…。


 ー上に着ているのはどう見てもダブレットだ。ずいぶんとボタンや襟周りに装飾がしてある、きっと身分が高いのね。それにあの膨らみ…あれって!


 「ちょっと!そこのあなた!」


 思わず声をかけた少女の方を馬に乗るバルディエスは怪訝な顔で睨んだ。隣の商人はこれ以上ないほどに目と口を開け広げ、完全に呼吸が止まっているようだった。

 しかし、少女は構わず声を飛ばした。


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