24.ご無沙汰しております
ブラントミュラー卿より連絡があり、私は彼に迎えに来てもらって王城に行くことになった。傭兵との戦闘があった一連の騒動について、王室の方での調べが終わったのだ。
三日月が寂しく輝く夜、扉を叩く音を聞きつけて外に出た。ブラントミュラー卿が戸口の前に立っている。
彼の表情を見たところで彼は平常通りのため、どのような結果になったのかはまだ図りかねる。
真相を知りたい反面、知りたくないとも思ってしまう。
恐ろしいのだ。
場合によっては、私は犯人たちの記憶を消さなければならない。この手で人と人との繋がりを消すことになってしまう。
使命を果たすためには時としてその判断を下さないといけないのは、どの
それでもいざ、その時が訪れようとすると弱気になるばかりだ。プロフェッショナルとして乗り越えなければならないのに。どうして人と人を繋げる仕事で、人と人の繋がりを消すことをしなければならないのだろうか。
足取りは重い。
でも、進めなければならない。
これは私の仕事だから。
大いなる力から初めて任された仕事で、その仕事を通して国王陛下を始めとするティメアウスの人たちに迎え入れてもらったのだから。
然るべき成果を残すべく全うしたい。
王宮に続く隠し通路を抜けて目前の景色が開けると、ティメアウス城がこちらを見下ろしてくる。そのままブラントミュラー卿の後ろに続いて城内の回廊を幾つも通り階段を上がると、マクシミリアン殿下の執務室に辿り着いた。
部屋の中に入って挨拶をすると、殿下はいつも通りの微笑みで迎えてくださった。
「殿下、先日は遠方より助けに来てくださって感謝申し上げます。お身体は大丈夫ですか?」
「こちらの事情であなたに迷惑をかけたのですから、当然のことをしたまでです。変わりなく元気ですよ」
殿下は両手を結び、執務机の上に置く。綺麗な長い指。剣を握っていたあの御姿が、まだ忘れられない。
不意に彼の指が動き、私は視線を戻した。
「あなたにあんな血まみれの姿を見られてしまったので実は落ち込んでいました」
「そんな……剣を握る殿下も素敵でした。ただ、いつもの御姿と違うので驚きましたが」
「なるほど、それでは今度ルートヴィヒを相手に久しぶりに闘ってみましょうか」
扉の外からブラントミュラー卿が盛大なくしゃみをした声が聞こえてくる。なんだか不吉だ。止めなきゃいけないと勘が伝えてくる。
「おおお、お待ちください殿下。普段と違う御姿だったので、その……」
「時おり違う表情を見せてみるのは効果的なのですね。参考になりました。覚悟してください」
「あ、あのですね……!」
何の覚悟なのでしょうか。突然の宣告に動揺してしまった。上手く言葉が出てこない。
殿下はクスクスと笑われた。どうやらご冗談のようだ。いつもの調子で仰られると本気なのかと焦ってしまう。
「それに、お手紙をありがとうございました。毎夜楽しみにしていたんですよ」
「お手紙……あのような内容で良かったのでしょうか?」
「欲を言えばもう少しリタ個人のお話を書いて欲しかったですね。仕事のことを書くなんてあなたらしいですが」
殿下は手紙に書いたルシウの木について騎士団に調査するよう指示を出してくださっていた。今回の見回りの際に確認してくださるそうだ。提案に耳を傾けてくださって嬉しい。
「そういえば、アレクと呼んでいたと報告で聞いたのですがどういうことでしょうか?」
「……アレクシス殿下からそうご要望をいただきまして」
「へぇ」
先ほどまでと一転して急に空気が重くなってきた。どうしよう、どうしたらいいのでしょうか。
恐らく図書館でお話したときのことを仰っているのだ。ブラントミュラー卿、そこは隠していただきたかった。さすがは優秀な護衛騎士、報告に不足がない。
「なるほどです。要望としてなら叶えてくれるということですね」
「で、殿下?」
「マクシミリアンと呼んでください。
「あ、あの……あの時はクラッセンさんもいらっしゃったのでアレクシス殿下の正体を隠すためにも呼ぶことにしたんです」
ああ、弁明が苦しい。
殿下は変わらず笑顔の中に圧を含ませていらっしゃる。アレクシス殿下とそっくりでいらっしゃる。
「もう少しこの話を続けられたら良いのですが、夜も遅いですし我慢しましょう」
殿下は残念そうにそう仰った。私としては心臓に悪い時間だったので残念ではない。ただ、殿下が小さく溜息をついたので、これから聞かされるのは芳しくない報告のようで落ち着かない気持ちになる。
彼は眉根を寄せた。
笑顔が消えてしまった。
嫌な予感がどんどんと募ってくる。
「発端となった大臣のゾマーはいくつかの貴族家に今回の騒動の応援を求めていました。そのせいで、一部の貴族の間であなたの顔や仕事が知れ渡っています。ただ、現状ですと彼らは
どうしよう。
殿下の報告によると、クラッセンさんのことまでは知られていない。しかし、彼女と会っているところを見られてしまっていればいずれ詮索されるかもしれない。
人を疑いたくないが、
ゾマー候爵の記憶を辿って他の方の記憶にも干渉するように魔法をかければ消せるだろう。
決断しなければならない。
これはしかたがないことだ。
「……その方を連れてきてください。忘却の魔法を、使います」
自分の声が自分の物ではないように感じられた。
放った言葉が重くのしかかってくる。
言った以上、私は本当にその魔法を使うのだ。
遅れてやってくる実感が心臓を掴んでくるようだ。胸が痛く、息苦しさに襲われる。
頭の上から影が落ちてきて見上げると、殿下が覗き込んでいらっしゃる。
気づけば彼は椅子から離れ、目と鼻の先に立っている。蒼い瞳が揺れている。その瞳はすぐに下がって近づいてきた。
跪いた殿下はゆっくりと手を動かし、確かめるように私の手を触れられた。私の目と私の手を、交互に見つめられている。
その様子は、恐る恐ると、といった言葉が適当かもしれない。先ほどまでの会話を振り返ってもその正体は見当つかないが、何かを恐れているような気がした。
殿下の瞳が閉じられると、手の甲に熱が触れる。
温かい。
いつもは狼狽えてしまうのに、今日は逆に安堵に似たものを感じた。
ダメだ。忘却の魔法を使う不安のせいで自分がおかしくなっている。意識を立て直して彼の顔を見る。
「リタ、良い夢を。せめて夢の中では不安から解放されますように」
優しい声。
私を心配してくださる殿下の方が、とても不安そうだった。
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