第59話  番外1. 《後編》

 翌朝、早々に宿屋を引き上げた二人は、愛馬に跨りフォルトオーナ領を目指した。

 清々しいほどの晴天に恵まれ、駆ける馬たちもとても心地よさそうだ。


「あと半刻ほどでフォルトオーナでしょうか」

「ああ。思ったより早く着きそうだ」


 順調に距離を稼ぎ、予定通り昼前には以前ハティに襲われた森の近くまで来ることができた。


「前はここでフィンと会ったんだよな」

「はい。あの時は不覚にもみっともない姿を晒し、その上お手を煩わせてしまいまして申し訳ございません」

「いい加減その話はもういい。あれは仕方がなかったし、お前が庇ってくれなければ、ハティの爪に掛かっていたのは俺だった」


 グイードがハティの爪に裂かれた瞬間のことは今でも忘れられない。

 物心つく頃から王城の将軍に剣の指南を受けていたギルバートは、もともと剣の腕はかなりのものだと自負していた。身分を隠してギルドに籍を置き、順当にランクを上げていった彼らは自身に溢れていた。

 だからこそ驕りがあったのだ。

 一瞬の隙をついて反撃され、危うくハティの爪に掛かるところをグイードに庇われた。


「それにお前が怪我を負ったからフィンに会えた。ある意味功労者だな」

「失態を功労と評されるのは、些か複雑な気持ちです」


 年上で立派な体躯のできる男・・・・が眉をハの字にするのを見て、ギルバートは声をあげて笑った。

 そうこうするうちに気が付けばブロウトの町に入っており、ジューンが経営する薬屋の近くまで来ていた。

 フィンは以前巻き込まれた事件を機に、孤児院を出てジューンの弟子となって薬屋に住み込んでいる。

 本来ならば両親であるアデルオルト公爵夫妻と共に暮らすべきなのだろうが、フィン本人がそれを望まず、そして実父のゼオンがそれを許したため、フィンは今でもただの”フィン”として市井で過ごしているのだ。

 公爵令嬢となれば裕福な生活ができるというのに、あえて厳しい道を選んだ従妹を感心するとともに、自身で道を選べることを羨ましくも思う。

 決して現国王であるヴォルターの後を継ぐことが嫌なわけではない。むしろ、ヴォルターが先王の時代よりももっと豊かにしたこの国を、自分の代で更に発展させてみせると挑む気持ちがある。

 だが王になるということは”冒険者ギル”のようにあちらこちらを自由に旅することができなくなることを意味しており、寂しさを感じずにはいられない。

 まあ今はまだヴォルターは迷惑なほどに健勝で、すぐに交代するわけではない。ならばやれることは目一杯やり尽くし、将来のための土台を作って置けばいい。

 冒険者として国中を見て回っているのもその一環だ。

 

「あ、薬屋が見えてきましたよ」


 考え事をしていたギルバートに、グイードの弾んだ声が掛けられる。懐かしいとまでは言わないが、暫くぶりに訪れた店は以前と変わった様子はない。

 馬を降りると店の隣の大木に手綱を結び付け、土産を手に逸る気持ちを押さえてドアを開け……ようとした手を止めた。


「ギル様?」


 後ろからグイードが声を掛けられたが、ギルバートはそれどころではない。なぜならドアの向こうから楽し気なフィンの笑い声と、男の声が聞こえてきたからだ。

 相手が客なら問題ないが、それにしては口調がずいぶんと親し気だ。


(誰だ? まさか恋人ができたのではあるまいな…)


 ノブを握る手に力が入る。まさかまさかと思いながらほんの少しだけドアを開けて隙間から中を窺うと、カウンターの前で談笑する二人の人影が目に入った。

 一人はフィンだが、もう一人は見たことのない少年だ。話の内容までは聞こえないが、笑いながら肩をたたくなどして距離が近い。

 予想外の光景に困惑していると、焦れたグイードが腕を伸ばしてドアを押した。


「うわっとと…!」

「こんにちは」


 ドアに張り付いていたギルバートが蹈鞴を踏んで店内に入ると、後から続いてグイードが入り、二人に向けて挨拶をした。


「あ! いらっしゃいまっ…て、イド! …と、ギル? 何してるの?」


 変なポーズのまま入店してしまったギルバートを、不思議そうに見つめるフィン。ギルバートは慌てて体勢を整えると、恥ずかしさを誤魔化すようにコホンと空咳をした。


「なんでもない。躓いただけだ。それよりフィン、久しぶりだな」

「うん! どうしたのギル? 急に来てくれるなんて!」


 嬉しそうに抱きついてきたフィンを、ギルバートも同じ気持ちで抱き締めた。最後に見た時に比べて随分と背が伸び、体つきもガリガリではなくなっている。

 短かった銀色の髪は肩よりも大分長くなったし、星が瞬いているような夜明けの空のような瞳は、キラキラと喜びに輝いている。

 そうそう、この顔が見たかったのだ。


「近くまで来たからついで・・・に顔を見に寄ったんだ」

「ついでの割にはそわそわしてましたけどね」

「イド!」

「そうなんだ! ありがとう! イドも元気そうでよかった!」


 するりとギルバートから離れたフィンは、今度はグイードに抱きついた。

 再会を喜び合う二人を微笑ましく眺めていると、隣から鋭い視線を向けられていることに気が付いた。


「アンタたち誰だ?」


 視線の主は少年で、彼は先ほどまでの笑顔ではなく、明らかにギルバートたちを怪しんでいる険しい表情だ。

 しかしギルバートにしてみれば、少年の方こそ「誰だ?」と問いたい。大人気なくもぎろりと睨み返した。


「相手に名を訊ねる時は、先に名乗るのが筋だろう?」

「っ! …ディックだ。アンタは? フィンとはどういう関係だよ?」


 少年は一瞬悔し気に顔を顰めたが、それでもちゃんと名乗った。そしてその名に覚えがあるなと思いながら、ギルバートも自己紹介した。


「俺はギル。冒険者だ」

「冒険者? 冒険者なんかがなんでフィンと知り合いなんだよ?」


 冒険者にあまりいい印象を持っていないのか、ディックは更に眦を吊り上げて質問を重ねた。

 しかし「冒険者なんか」と言われたことにカチンときたギルバートは、ふいっと顔を背け、質問を拒絶した。


「お前には関係ない」

「関係ある!」

「あ? どんな関係だ?」

「オレはフィンの兄貴同然だからだ!」

「は?」


 胸を張って堂々と言い放ったディックの言葉に、ギルバートの顳顬に青筋が走った。

 

「オレはフィンが孤児院にいた時から守ってきたんだ! お前みたいな得体のしれないロリコン野郎にフィンを近づけるわけにはいかねーんだよ!」

「なんだとクソガキ! 守るなんて口先ばかりじゃねぇか! 肝心な時にゃぁ何にもできなかったくせに、今頃になって兄貴面なんざふざけるんじゃねぇ!」

「んだと、おっさん!」

「ああん? やるか⁈ 小僧!」


 ゴロツキのような口の悪さで額を突き付けて言い合っていると、パンパンと手を打ち鳴らす音が店内に響いた。

 二人がギギギ…と同時にそちらへ目を向けると、フィンとグイードが揃って呆れた顔でこちらを見ていた。


「…ディック、何してるの?」

「ギル、大人気ないですよ」

「「…」」

 

 フィンたちの視線に諫められた二人はバツが悪くなり、互いにブスっと顔を背けた。


「どっちも大事な”お兄ちゃん”なんだから、仲良くしてほしいんだけど…」

「どうにも無理なようですよ。あの分だと…」


 バチバチと火花を散らす二人を前に、頬に手を当てて嘆息しながら呟いたフィンの望みは……きっとこの先も叶いはしないだろう。


 たぶん。





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絡み合う運命の銀糸を解いて nobuo @nobuo

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