第9話 成長

時は9月。

街を包んでいた蝉の音はもう止み、季節はだんだんと秋へと向かっていた。


マリウスが入隊して1ヶ月と少し。

夏休み中はずっと訓練だった。

高校に友達のいないなマリウスにとっては、5番隊のメンバーと過した日々はとてもいい思い出となったことだろう。


今日は夏休み最終日。マリウスはカエデと一緒に都内のパトロールを行っていた。


「明日から学校だね〜。」


カエデは頭の後ろで手を組み、欠伸をしながらマリウスに話しかけた。


「そう、ですね…」


そうだ。明日からまたあの地獄の日々が戻ってくる。マリウスは曖昧な返事をして、俯いた。


「あー、キミにはあまり居心地のいい場所じゃないんだっけ。ごめんね…」


カエデは申し訳なさそうにそう言って、両手を合わせてぺこりと頭を下げた。


「いやいや、カエデ先輩は悪くないですよ!それに、夏休み中に少し自信もついたというか…」


慌てて訂正したマリウスを見て、カエデはクスッと笑った。


「よーし!偉いぞぉ〜。そんなキミに、お姉さんアイスでも奢ってあげよう!」


そう言って、コンビニまで走り去ってしまった。


「あっちょっと!!!!パトロール中ですよ!」


マリウスのその言葉は届かず、カエデはそのままコンビニに入ってしまった。


甘えるのも礼儀だ、入隊してからこう教わった。

ここはお言葉にあまえるとしよう。

あまえなかったら次の訓練が怖い。


マリウスはコンビニの壁に寄りかかって、ぼんやりと空を眺めた。

雲が気持ちよさそうに空を泳いでいた。


「よぉ、負け犬じゃねぇか。」


突然声をかけられ、慌てて振り向くとそこには男が3人立っていた。


「…………………。」


マリウスの顔はこわばり、1歩後ずさりした。

うなじに嫌な汗がたまる。

自然と心拍数上がった。


「なんだよ、それクリムゾンの制服か?コスプレの趣味があったとはな!!!!!!」


3人の中心に立つ背の高い緑髪の、ソメイが指をさしながら狂ったように笑っている。


「α型のお前が出来るのは事務仕事くらいだろ!!!」


右に立つ太った坊主、ダズが痰を吐き捨てるように言った。


「へっ…こいつは傑作だな。写真でも取っておこうか!!!!!!!」


まだ夏なのにニット帽を目深く被った背の低い男、ジェイがそう言うとスマホのカメラで連写し始めた。


…改めて説明などしなくても明白だが、彼らはマリウスをいじめている連中だ。

いじめといっても日常的に殴られたり、金品を奪われたりする訳では無い。

このようにすれ違う時や学校外で会う時にグチグチと言ってくる、厄介なカビのような連中だ。


いままでのマリウスなら下を俯き、手を握りしめて時間が過ぎるのを待っていただろう。

だが、夏を通してマリウスは大きく変わった。


「…お楽しみのところ悪いけど、僕は7月にクリムゾン本部5番隊に入ったんだ。」


さげた足を元の位置に戻し、もう一歩も引かないという強い姿勢になりながらマリウスは静かに言った。


夏休み中ずっと、プロの軍人に軽いトラウマが植え付けられるほど痛めつけられたのだ。今更こんなチンピラが怖いはずもなかった。


「…珍しく反論してきたと思ったら、クソつまんねぇ嘘つきやがって!!!!!」


今までと違った、落ち着いた態度が気に食わなかったのだろう。ソメイはマリウスの胸ぐらをつかんでコンビニの壁にたたきつけた。


顔が今にもくっつきそうな距離で3人がマリウスを睨みつけている中、カエデが鼻歌まじりにコンビニから出てきた。

カエデはもめている様子を見るなり慌てて駆け寄ってきた。


「おいキミたち、うちの後輩に何をしているんだい?」


彼らの1m程先で足を止めると、腕を組んで3人組を睨みつけた。その目からは一切の光が消えていた。


「なっ………!?」


カエデの姿を見るなり、3人組は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。


「今すぐその手を離さないと、クリムゾンへの反逆者とみなすわよ?」


カエデがそう言うとすぐに3人組は森で熊に出くわしたかのように、一目散に逃げていった。


「…ふぅ。大丈夫かい?」


カエデはいつものにこにことした表情にもどって、マリウスに微笑みかけた。


「はい…。すみません…。」


「そう、ならよかった。パトロール続けよっか。はいこれ!」


渡されたアイスを食べながら、2人は再び歩き始めた。

もうすぐ夏がおる。

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