第2話 分岐点

HRを終えて体操服に着替えたあと、マリウスは教室で円陣を組むクラスメイトをおいて先にグラウンドに出た。自分がいることで面倒事が起きるのは、経験上知っている。


外に出ると、日差しのあまりの眩しさにマリウスは目をおおった。


(人の気も知らねぇで無駄に輝きやがって…!)


体育祭で気が沈みすぎて、太陽にすら八つ当たりする始末だ。それくらいマリウスにとっては嫌なイベントなのだ。

しかし、明日から夏休みだ。

今日さえ終われば解放される。


他のクラスメイトはまだ教室で青春をしているため、グラウンドにはまだ誰もいないみたいだ。

1番乗りは逆に目立つ気もするが仕方ないだろう。

重い足で待機場所に向かおうとした時、


ドンッッッ、と。

グラウンドの中央で重く鈍い音が響き渡った。


「なんだ…???」


砂埃が晴れ、視界の先に現れたのは人間だった。

…両手が刃物だということを除いて。


ピエロのお面をつけ、全身黒い服を着た男。

爪のように伸びた鎌には、赤い液体がべっとりとついている。

それを見て、マリウスの背筋は凍りついた。


「…あれぇ?体育祭って聞いたから遊びに来たのによぉ。1人だけかよぉ。」


ピエロはそう呟くと長いため息をつき、大きく肩を落とした。


(は、はやく誰かに伝えないと……!!!!)


ここで生徒がグラウンドに出てきてしまったら、間違いなくピエロによる殺戮ショーが始まるだろう。

しかし金縛りにあったかのように、足はピクリとも動かない。


そんなマリウスの様子を見て、ピエロはゲラゲラと大きな声で笑い始めた。


「まずはお前で暇つぶしでもしようか。なぁ!?」


そう言うなり、ピエロはマリウスの視界から一瞬で消えたかと思うと_______________


「ぐぁっっっっっっ…………!!!!!!」


気がつくとマリウスはグラウンド中央まで吹き飛ばされていた。

ピエロは瞬時にマリウスの後ろに回りこんで蹴り飛ばしたらしい。

まるでナイフに刺されたかのような痛みが背中を襲う。


「…なんだよ。もしかしてα型か?まぁいい。ジワジワと痛めつけるのも趣味なんでな…♡」


ピエロは不気味に笑った。


殺される。殺される。殺される。殺される。

完全にパニックになった。

頭の中で思い出がメリーゴーランドのようにぐるぐるとまわる。


(これ、走馬灯ってやつか…!?)


その事実が、さらにマリウスを焦らせた。

その様子を見てさらにピエロは愉快になったようだ。また目に見えない速度で距離を詰めたあと、今度はマリウスの腹を踏みつけた。


「うっ…!!!がはぁっ…!!!」


鉄の味がしたかと思うと、口から真っ赤な血が吹き出た。思わず咳き込む。上手く息を吸えない。


…もう、ダメだ。

α型じゃなければ少しは対抗できたかもしれない。

α型じゃなければ、僕の人生はもっと楽しかったのかもしれない。

α型じゃなければ。

α型じゃなければ。

α型じゃなければ。


そんな言葉が頭を駆け巡る。

散々な人生だった。

いつも見下されて。

いつも我慢して。


…もうウンザリだ。

最後くらい、好き勝手やってやる。


ふらつきながらもなんとかマリウスは立ち上がり、ピエロを睨みつけた。


「お、なんだやんのかぁ???」


ピエロはヘラヘラしながら左頬を突き出し、ほれほれ、と殴るのを催促してきた。


(どいつもこいつも舐めやがって…!!!)


ピエロはおそらく体を刃物に変えるγ型だろう。

α型がどう頑張って勝てるはずがない。

しかしマリウスの頭にそんな常識はもう消えていた。


今までの鬱憤を、こいつにぶつけてやる。

さんざん蹴られたからその分八つ当たりしてやる。

舐めんじゃねぇよ。


「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


右拳を握りしめ、全力でピエロの顔面を殴りつけた。


反動で体がズキズキと傷む。

思わず倒れ込んだが、形容し難い爽快感をマリウスは感じていた。


初めて自分の好きなように出来たかもしれない。

マリウスはゆっくりと目を閉じた。

もう悔いはない_______________


(………ん?)


死を覚悟して10秒。

何も起きなかった。


恐る恐る目を開けると、そばに居たはずのピエロがいなくなっていた。

不思議に思って辺りを見回そうとなんとか上半身を起こすと、視界の先に広がる景色に驚愕し、マリウスは言葉を失った。


昇降口が吹き飛んでいたのだ。

まるでトラックが突っ込んだかのように。


そしてその先にいたのは_______________

壁にめり込んだピエロだった。





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