認識-1
目が覚めると、知らない天井が見えた。
「ほっほっ……起きたかの」
声のほうに目を向けると、よぼよぼの爺さん――ギルドマスター――がいた。
「まったく、ギルドで揉め事なんぞ起こさんでくれんかのう」
「すみません、ギルドマスター」
身体を起こしながら、俺は彼に謝罪した。
「お前さん、ウォルフのところの【赤魔道士】じゃよな?」
「ええ……」
【赤魔道士】と呼ばれ、馬鹿にされたような気がした。
「たまたま儂があの場におったからよかったもんの、そうでなければ大惨事になるところじゃったぞ?」
「はは、冗談でしょう? 俺がちょっと暴れたところで、そのへんの冒険者に取り押さえられて終わりですよ」
「お前さん、本気で言っとるのか?」
「ええ。それにいまの俺は非力な【斥候】ですし……といっても、塔の外じゃただの人か、はは……」
最初に【赤魔道士】を
そのあとは、連続でレベリングを行うのに、多くの物資を持ち込めたほうがいいだろうと、先に【荷運び】を
余談だが、一部の一般職にも中級、上級職がある。
しかし、【荷運び】のレベルを上げても中級職の【運送師】は出なかったとだけ言っておく。
あとは残る初級戦闘職【戦士】【弓士】【喧嘩士】の順に上げていき、最後に残った【斥候】がいまのクラスというわけだ。
――トントン。
「あの……失礼します」
ドアがノックされ、そのあとにミリアムさんの声が続いた。
さっき取り乱したから、できれば会いたくないんだけどな。
「ふむ……入るがよい」
そんな俺の心情を察してくれるはずもなく、ギルマスは彼女を招き入れた。
「レオンくん……大丈夫?」
「ええ、まぁ……」
気まずくて、目を逸らした。
つかつかと足音が近づいてきて、俺のすぐそばで止まった。
「レオンくん、ごめんなさい……!」
その声が震えていたので、俺は思わずミリアムさんのほうへ目を向けた。
彼女は俺のすぐそばで、深々と頭を下げていた。
「いえ、俺のほうこそ」
俺の言葉を受けて、ミリアムさんは顔を上げた。
メガネの奥にある目は真っ赤に充血して、涙が溢れそうだ。
よほど怖い思いをさせてしまったのだろうと、胸が痛む。
「ごめんなさい、レオンくんがどんなに傷ついているか気づかず、私は無神経なことを……」
確かに馬鹿にされて取り乱したけど、あれは俺の虫の居所が悪かったのが原因だ。
どちらかというと、俺が悪いんだろう。
「いえ、俺のほうこそ取り乱してしまって、すみませんでした」
「いまさらなにを言っても言い訳にしかきこえないだろうけど……私は、あなたをバカにするつもりなんてなかったわ……! 本当に、これだけは信じて!!」
そう言う彼女の目には、たしかに俺を蔑む色は見えない。
でも、ついさっきまで、パーティーメンバーから搾取されていたことにも気付けなかった俺だ。
人を見る目なんてないんだろう。
「いいですよ、どうでも……」
「レオンくん……」
俺の言葉に、ミリアムさんは眉を下げ、猫耳をペタンと寝かせた。
ゆらゆらと揺れていた尻尾も、力なく垂れ下がる。
「はぁー……しょうのないやつじゃのう」
ギルマスの、呆れたような声が室内に響いた。
「レオン、といったか。お前さん、今日の予定は?」
「えっと、とくにやることもないので宿に……あ」
パーティー名義で借りていた宿は、もう解約されているだろう。
だったら、今夜の宿を探すことから始めないといけないなぁ。
「宿を探すのは明日でよい」
「え?」
俺の状況から事情を察したのか、ギルマスはそう言って立ち上がった。
「いまから塔にいくぞ」
「え? ちょ、ギルドマスター、なにを?」
俺もギルマスの言葉に驚いたが、それ以上にミリアムさんが驚いているようだった。
「なに、夜までには帰ってくるわい」
「でも……」
「このままこやつを放ってはおけんじゃろ?」
どうやら、俺を気遣っての提案らしい。
「別に俺のことなんて気にしなくても――いてぇっ!!」
その言葉を遮るように、ギルマスは手に持っていた杖を俺の頭に振り下ろした。
「ギルドマスター命令じゃ。さっさと立つがよい」
彼の意図はよくわからないが、ギルドマスター命令と言われてしまえば従わざるをえない。
「クラスは【赤魔道士】にしとこうかの。装備品はあるかえ?」
「あ、はい。自分の持ち物だけは〈
そこまで言って思い出した。
『1度荷物の整理をしたいから、〈
レベッカにそう言われ、昨夜俺は〈
『レオンのも整理しておいてあげるから、全部出しておきなさいよ』
『ふん、そこまでしてやる義理はねぇだろ。てめぇの物はてめぇで管理しな』
そう言ったウォルフに、レベッカが文句を言いたげな視線を送っていた。
あのときは、レベッカが厚意でそう言ってくれたんだと思ったが、あいつは俺の物まで持っていくつもりだったのか。
そうなると、ウォルフの言葉は俺に対する温情なのかな。
だからって、許してやるつもりもないけど。
……いや、俺が許そうが許すまいが、あいつには関係のない話か。
「レオンくん、気をつけてね……」
そう言って俺を見送るミリアムさんは、心底心配しているように見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます