認識-1

 目が覚めると、知らない天井が見えた。


「ほっほっ……起きたかの」


 声のほうに目を向けると、よぼよぼの爺さん――ギルドマスター――がいた。


「まったく、ギルドで揉め事なんぞ起こさんでくれんかのう」

「すみません、ギルドマスター」


 身体を起こしながら、俺は彼に謝罪した。


「お前さん、ウォルフのところの【赤魔道士】じゃよな?」

「ええ……」


【赤魔道士】と呼ばれ、馬鹿にされたような気がした。


「たまたま儂があの場におったからよかったもんの、そうでなければ大惨事になるところじゃったぞ?」

「はは、冗談でしょう? 俺がちょっと暴れたところで、そのへんの冒険者に取り押さえられて終わりですよ」

「お前さん、本気で言っとるのか?」

「ええ。それにいまの俺は非力な【斥候】ですし……といっても、塔の外じゃただの人か、はは……」


 最初に【赤魔道士】をレベル20初級リミットレベルに上げたあと、すでにレベル15初級マスターレベルに達していた【黒魔道士】と【白魔道士】をレベル20初級リミットレベルに上げた。

 そのあとは、連続でレベリングを行うのに、多くの物資を持ち込めたほうがいいだろうと、先に【荷運び】をレベル20初級リミットレベルに上げた。


 余談だが、一部の一般職にも中級、上級職がある。

 しかし、【荷運び】のレベルを上げても中級職の【運送師】は出なかったとだけ言っておく。

 あとは残る初級戦闘職【戦士】【弓士】【喧嘩士】の順に上げていき、最後に残った【斥候】がいまのクラスというわけだ。


 ――トントン。


「あの……失礼します」


 ドアがノックされ、そのあとにミリアムさんの声が続いた。

 さっき取り乱したから、できれば会いたくないんだけどな。


「ふむ……入るがよい」


 そんな俺の心情を察してくれるはずもなく、ギルマスは彼女を招き入れた。


「レオンくん……大丈夫?」

「ええ、まぁ……」


 気まずくて、目を逸らした。

 つかつかと足音が近づいてきて、俺のすぐそばで止まった。


「レオンくん、ごめんなさい……!」


 その声が震えていたので、俺は思わずミリアムさんのほうへ目を向けた。

 彼女は俺のすぐそばで、深々と頭を下げていた。


「いえ、俺のほうこそ」


 俺の言葉を受けて、ミリアムさんは顔を上げた。

 メガネの奥にある目は真っ赤に充血して、涙が溢れそうだ。

 よほど怖い思いをさせてしまったのだろうと、胸が痛む。


「ごめんなさい、レオンくんがどんなに傷ついているか気づかず、私は無神経なことを……」


 確かに馬鹿にされて取り乱したけど、あれは俺の虫の居所が悪かったのが原因だ。

 どちらかというと、俺が悪いんだろう。


「いえ、俺のほうこそ取り乱してしまって、すみませんでした」

「いまさらなにを言っても言い訳にしかきこえないだろうけど……私は、あなたをバカにするつもりなんてなかったわ……! 本当に、これだけは信じて!!」


 そう言う彼女の目には、たしかに俺を蔑む色は見えない。

 でも、ついさっきまで、パーティーメンバーから搾取されていたことにも気付けなかった俺だ。

 人を見る目なんてないんだろう。


「いいですよ、どうでも……」

「レオンくん……」


 俺の言葉に、ミリアムさんは眉を下げ、猫耳をペタンと寝かせた。

 ゆらゆらと揺れていた尻尾も、力なく垂れ下がる。


「はぁー……しょうのないやつじゃのう」


 ギルマスの、呆れたような声が室内に響いた。


「レオン、といったか。お前さん、今日の予定は?」

「えっと、とくにやることもないので宿に……あ」


 パーティー名義で借りていた宿は、もう解約されているだろう。

 だったら、今夜の宿を探すことから始めないといけないなぁ。


「宿を探すのは明日でよい」

「え?」


 俺の状況から事情を察したのか、ギルマスはそう言って立ち上がった。


「いまから塔にいくぞ」

「え? ちょ、ギルドマスター、なにを?」


 俺もギルマスの言葉に驚いたが、それ以上にミリアムさんが驚いているようだった。


「なに、夜までには帰ってくるわい」

「でも……」

「このままこやつを放ってはおけんじゃろ?」


 どうやら、俺を気遣っての提案らしい。


「別に俺のことなんて気にしなくても――いてぇっ!!」


 その言葉を遮るように、ギルマスは手に持っていた杖を俺の頭に振り下ろした。


「ギルドマスター命令じゃ。さっさと立つがよい」


 彼の意図はよくわからないが、ギルドマスター命令と言われてしまえば従わざるをえない。


「クラスは【赤魔道士】にしとこうかの。装備品はあるかえ?」

「あ、はい。自分の持ち物だけは〈収納庫ストレージ〉に――」


 そこまで言って思い出した。


『1度荷物の整理をしたいから、〈収納庫ストレージ〉のものを全部出しておいてね?』


 レベッカにそう言われ、昨夜俺は〈収納庫ストレージ〉に入れっぱなしにしていた消耗品や、預かっていた予備の装備品なんかを取り出したのだ。


『レオンのも整理しておいてあげるから、全部出しておきなさいよ』

『ふん、そこまでしてやる義理はねぇだろ。てめぇの物はてめぇで管理しな』


 そう言ったウォルフに、レベッカが文句を言いたげな視線を送っていた。

 あのときは、レベッカが厚意でそう言ってくれたんだと思ったが、あいつは俺の物まで持っていくつもりだったのか。

 そうなると、ウォルフの言葉は俺に対する温情なのかな。

 だからって、許してやるつもりもないけど。


 ……いや、俺が許そうが許すまいが、あいつには関係のない話か。


「レオンくん、気をつけてね……」


 そう言って俺を見送るミリアムさんは、心底心配しているように見えた。

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