48

「お疲れ様。探していた出口はここだよ」


にこやかな表情で迎えたのは、カサネ父。だがその爽やかさとは真逆なくらい、彼の体は汚れていた。真っ赤に。生温く鉄臭い空気。

「おや、カサネは寝てるのかい? それは都合がいい。できれば、この姿も、これから起きる事も娘には見せたくないからね」

「……で、どいてくれっつったらどいてくれんのか?」

「私が『どうぞ』と横にどけば、イナリちゃんは素直に通るのかい? 君の母親なら何も考えずに通るだろうけどさ。ここで、そうやって訝しめる賢い君なら、あいつより強くなれるよ」

「……おっさん、お袋の何なんだ?」

「ただの昔馴染みさ。仲は良くないけどね。若い頃は事ある毎にぶつかって……喧嘩仲間だったと言えば聞こえはいいけど」

狐花さんとまともに喧嘩出来る相手なんて殆どいない。ましてや若い頃のあの人とだ。イナリをビビらせるには十分な肩書き。先ほどのモガミ父が可愛く見える。

「……へっ、そんな話聞いてビビると思ってんかよっ! 今更素直に出られるなんて考えてねぇ! 無理矢理にでもどいて貰うぜ!」

「無理は禁物だよ。君は今日ずっと走り回った所為で酷く疲れている。『足手まとい』になりたくなければ休憩して見ていなさい」

「何の話だ!? 誰が足手まといだって!? 何を見てろって!? その減らず口塞いでやるよ!」

愚直に突っ込むイナリ。その愚直さは今もなお彼女の長所ではあるけれど……この時のイナリに、その愚直さを押し通せるような実力は伴ってなくって……ほら、簡単に捕まった。

首を掴まれた猫のように持ち上げられたイナリは足をバタバタさせながら「離せ!」と抵抗するも、カサネ父はビクともしなくって。

「にしても。希さんは本当に回りくどい事をしていたんだね。確かに、才ある者を喰って力を得るという呪術は昔からあるけれど……『実際に試した結果』、思ったほど得られないとわかった。非効率だよ、こんなのは」

「っ……テメェも、まさかガキを……!」

「まぁね。いやぁ、怒られるだろうなぁ、『希さんに』」

「……? ッッ!? テメェが食ったガキってまさか!!」

「ふふ、ほんとに、最後まで可哀想な子だったよ。誰も彼女を助けられなかった。……でもまぁ、ヒーローってのは遅れてやって来るもんだからね」

言って、カサネ父はチラリと僕を見た。

「テメェ……お袋が来たらタダじゃすまねぇぞ……!」

「それは私が一番よく分かってるから。さて、そろそろ大人しくして貰おうか」

「グッ……!」 カサネ父に首を絞められ苦しそうにイナリは呻きつつ、「お前ら……今の内に逃げろ……」 そんな中でも、自分の事より他人の心配をする彼女は本物のヒーローだ。

「こう言ってるけど、鋏君、逃げないのかい? 怖気付いて動けないとか? 違うね。――逃げる必要がないからだろう?」

ニヤリ、カサネ父は口角を上げ、

「既に見えている筈だ。私の死亡フラグを。私を『真っ二つに両断する未来』を。揺るがぬ勝利を。ならば焦る必要はない、だろ? ……漸く、『完成』してくれたね」

本当に嬉しそうに微笑む。子の成長を喜ぶ親のように、自らへの処罰を今かと待ち望んでいた。

「まるで、触れればバラバラになる鋭利な糸に囲まれているような、そんな剣呑なオーラを君から感じるよ。昔の君の父を思い出す。つるぎ様の切れ味は、この身を持って知っているからね」

そう。この時の僕は、どうやら溢れ出す力を制御しきれないほどの覚醒状態らしく、その出力は全盛期のパパンに匹敵するようで……つまりは、今の僕より強い。その根拠は、『見えなかったものが見える』のだ。

【赤い糸】。運命の相手とを紐付ける、最も濃く輝く縁糸。何度と生まれ変わっても切れない愛の糸。

ああ……良かった。僕から伸びるのは『三本の赤い糸』。繋がる先は、言わずもがな。

一人一本が基本で、持たぬ者もいるというのに、なんて破格な待遇なんだ。僕の彼女らを選んだ目利きは、間違っていなかった。

「さぁ、早く終わらせてくれ。脅しにもならないだろうが、早くしないとイナリちゃんも危険だよ」


そんな催促をされようが、僕は焦らず、背負っていたカサネを優しく地面に下ろして……そのまま、腰を落としたままの体勢になる。その型は、『居合い』のようで。


「そうか、その『大技』を使ってくれるんだ、光栄だよ。名誉ある武士の介錯のようだ。この話を締め括るに相応しい技だ」

もう、つるぎ様の声は聞こえない。けれど、その技名だけは、初めから知っていたように僕の中から湧き出してくる。

僕は、カサネ父から伸びる縁糸を掴む。途端、彼は手にしていたイナリを落とした。

「……鋏君。回りくどい上に、怖い思いをさせてごめんよ。ほんとはもっとゆっくり、君を成長させたかったけれど……でも、それは叶わなかったろう。恐らく、これが運命だった」

僕は、カサネ父の顔を見ない。

「最後に、一つ頼まれ事、いいかい? いや、これは昔から言ってるし、言われずとも君ならやってくれるんだろうけど……カサネを、頼むよ」


最後の言葉を確認したとばかりに、僕は縁糸をグイッと引っ張る。

この技は必中必殺。

縁糸を握られるという事は運命を握られると同義。

最早自由などない。

踏ん張りなど効かない。

運命には抗えない。

無抵抗に飛び込んで来たカサネ父に、僕は、振るった。

「つるぎ流奥義――千本釣(せんぼんづり)」


音も無く、奇跡も無く、必然的に。

カサネ父は、両断された。

決着は、赤く、静かなもの。


――そんな静寂を、文字通りぶち破るように、『ドンッッ!!』


「ラァ!!! 尾裂狐の参上だゴラァ!!!」

狐花さんを先頭に、ヤクザ集団が扉を蹴破って現れた。

「そらオメェらウチの姫を探し出せ!! 抵抗する奴らは皆殺しだッッ!!」

両手に日本刀をぶら下げながら目の前が見えてない様子の狐花さん。興奮すると、昔のキャラに戻るらしい。

「長! 長! ちょっと周りを見てください!!」

「ああ!? 姫が拐われて落ち着いてられっか……つかテメェ鵜堂か! なに膓ブチまけて呑気に寝てんだ! 今回もまたテメェがなんかしやがったのか!!」

「……相変わらず……うるさい狐だ」

胸倉を掴まれ持ち上げられた上半身だけのカサネ父は、『空気をぶち壊された』とばかりに溜息を吐く。

「私への追求は……後にしてくれ……私なんかより……もっと見るものがあるだろう……そこに立ってる、私をこんな風にした子とか」

「ああンッ!? ――って! おま! み、蜜!?」

ここでようやくその場の異物に気付く狐花さん。血に塗れた玄関はそこまで重要ではなく、床に寝転がる――一切血で汚れていない――自分の娘や嫌いな男の娘も気にする余裕がないほどの異物。

そして、狐花さんから見ても、やはり僕から溢れ出るオーラはパパンと見紛うほどらしい。だが狐花さんはすぐに首を振り、

「い、いや……せがれの鋏ちゃん、か? けど、なんで急に、ここまでつるぎの力を引き出せて……っ! 鵜堂! テメェまさか!」

「だから……私への追求は後にして……あの子から目を離すな」

首を垂らしながらゆっくり歩きだす八歳のショタっ子に、百戦錬磨と謳われた尾裂狐の連中はゴクリと息を呑む。


つるぎ様は、五色と尾裂狐の長い歴史の中でも外せない重要神物(じんぶつ)だ。


悪名高い五色の象徴。この場にいる尾裂狐の幹部連中はその暴れん坊ぶりをパパンで思い知っている。一度動けば防御も回避も無意味でこの星にいる限り逃げ場もない。出来る事といえば、せめて祈るくらいなもの。

まぁ、例え五色につるぎ様がいなかったとしても、大人しかったと訊かれればそうでもないのだが。

「……全く……あれだけ五色を恐れておいて……鋏君の事は知らないんだな……尾裂狐の脳筋どもは」

「あ? テメェ鵜堂、何を言って」

「あの子は化け物でも……つるぎちゃんでもない……どんな状態でも……女の子に優しくする……男の子さ」

歩みを止めた僕は、しゃがみ、散らばったカサネ父の臓物の一部を触れる。何故カサネ父だけスプラッターホラーのような切り方をしたのか? 理由は、ただ一つ。

「臓物が集まって……一瞬で、人の形、に?」

繕う為だ。絶望しかなかった彼女との、交わした約束を果たす為に。

「このガキは……ここの宗教団体の娘、か? おい。おい鵜堂説明しろ! 勝手に死んでんなよ!」

「勝手に殺すな……だから私なんかよりも、ほら……鋏君がもう限界のようだ」

「ッ!」

力を使い果たし倒れ込む僕を、すんでの所で受け止める狐花さん。哀れカサネ父、そのまま上半身を地面へと放り出される。

「おいお前ら! ここのガキどもも屋敷にいるガキどもも全員保護! 残党は捕えろ! ったく! こんな時に肝心の蜜のアホは何やってんだ!」

「あいつなら……今も悠々と……家族でバーベキューを楽しんでいる所だろう……この場で起きる全てを……把握した上でな」

「クソが! 後始末はいっつもあたしだよ!」


――そうして、その場はバタバタと騒がしくなり、僕や他の女の子達、ついでにカサネ父も回収されて、玄関は無人になり……。



(急に誰もいなくなった、な)

視点もいつの間にかショタ僕固定ではなく、自由になっている。

そして、これが僕が知らなかった事の顛末か。いや、この後意識を取り戻したあとに、狐花さんから大体の話は聞いていたから知らなかったわけではないが……こうして、映像として記憶を補填出来たのは良かった。

普通なら、僕は縁を読む事で忘れていた記憶も再確認出来るのだが、この日この場所この時間の記憶だけは、ロックでも掛けられたように読めなかった。

え? そもそも夢なんだから今までの内容も適当かもしれないって? それはない。

だって、確信がある。コレを見せてくれたのは……。


「して、どうじゃった? 一つ感想でも聞こうかの」

「……ああ、楽しかったよ。それはそうと、久しぶりだね、神様」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る