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――――。


「……ん」


 パチリと瞼を開くと、天井。どうやら、今度こそ現在(いま)いる旅館の天井だ。

暗い。何時間も夢を見た感覚だったが、実際は……まだ深夜二時か。

ってか、なんか体が重い。重い上に左右からの圧迫感。原因はすぐにわかった。成長した三人のヒロイン達が、ワザとなのか寝相なのか、押し潰しに来ていた。カサネに限っては僕の股間を枕にスヤスヤ寝入っている。きんたまくらとか孫悟空か。

このまま圧死するのも悪くはないが……しかし、僕には一つ仕事があった。日中だと怪しまれるからこの時間でしか出来ない仕事。今まで『出来なかった』仕事。

名残惜しみつつもヒロイン牢獄(プリズン)から抜け、途中うっかり寝てるツムグの顔を踏みつつ、浴衣のまま部屋の外へ。そのまま旅館を抜け出し、少し歩いて……。

着いた先は大きな門の前。見張りはおらず、僕を歓迎するかのように門は開いている。


「お邪魔しまーす」


きちんと一声掛けて先に進むと……「おや? こらこら、来るなと言ったのに」と先客に怒られた。

「夜風に当たりたくって。さっきまでオラオラオラついてた頃の狐花さんの夢見てたよ」

「私が最後に君の前でオラついたのなんて……ああ、そうか。思い出したんだね、あの日の『この場所』での事を」

狐花さんの見つめる先には、旧希望の会本部ことモガミの実家が。人が住まないとすぐに朽ちるとは聞くが……アレからまだ、十年も経っていないというのにボロボロだ。

「実を言うと今、君を見た瞬間君の碌でもない父と間違えそうになった。同時に、あの日の、暴走状態だった幼き君を思い出させた。この夜の間に何があったんだい?」

「……つるぎ様と会えました」

「なるほどね」 それだけの説明で、この人には十分だった。

「縁切り鋏つるぎ。彼女を宿して生まれた君は、あの父と母の子という才能の塊であっても、その臆病な性格から力を発揮出来ずにいた。縁切り神社にとってそれは存続の危機に関わるほど致命的だったが、君の父と母は『それならそれでもいい』と悲観しなかった。しかし、それでは困るという大人も多く……その一人が、カサネちゃんの父、鵜堂だ」

どんな奇跡すらも実現出来るつるぎ様の力でカサネ父が願ったのは、『死んだ妻の復活』。その為に、彼は僕をこの危険地帯へと放り込んだ。

「鵜堂は皮肉な事に、君の事を理解し信頼していた。君の芯の心の強さを知っていた。だからこそ、君が娘と共にいれば、いずれ君が娘を護る場面が出て来るだろうと……覚醒するだろうと確信し、利用した。かくして、結果だけ見ればあいつの計画は大成功だ」

何やかんやで、あの後、僕はカサネの母を蘇らせた。そしてすぐに、カサネ父は妻と共に消息を絶つ。残していく娘の心配はあったろうが、不安はなかった。側には五色も尾裂狐もいるのだから。

「カサネちゃんも、あの日からよくぞ真っ直ぐ育ってくれた。小さな女の子が両親が亡くなったという嘘みたいなものを突き付けられ、突き放され、いきなり他人と共に過ごせだなんてのは大変だったろう。君という、寂しさや温もりを埋めてくれる相手が近くにいたから越えられた、とも言えるが」

別に、僕は特別な事はしていない。彼女は元から強かった、それだけだ。

「モガミちゃんに関しても、カサネちゃん同様、ウチで面倒を見るつもりだったが……引き取ると名乗り出たのは五色の親戚筋である戸沢家だった。確かに、ある意味では尾裂狐よりも五色側の方がモガミちゃんは平穏に暮らせる面もあるし、実際そうなった。戸沢が引き取った理由は……五色の性格上深い意味はなく、尾裂狐が片方を引き取ったから、こちらも片方引き取るという単純な話だろう。記憶を全て消してやり、元からその家の子として第二の人生を始めさせる……賛否ある処置だろうが私は間違ってなかったと思うよ。まあ結局、早い段階で本人には血縁のない両親とバレたんだけれど」

流石狐花さん、よく分かっている。因みにその戸沢家だが、五色(ウチ)に負けず劣らずな面白い人達揃いなので、よくモガミの性格が歪まなかったなと感心する。

「あとはウチの娘、か。あの子は……やはり勘が良かったね。あの日の記憶を消しても、ずっとこびりつく違和感はあったのだろう。何年も、モヤモヤを抱えている様子でイライラしていたよ。他の子達と比べると失う物も代償もなく生活に戻れていたが……あの日以来、あの子は力をつけようと必死になっていた。苛立ちをぶつける為なのか、どこかで力不足を感じていたか、それとも……強者になれば、同じく強者の『どこぞの誰か』に再会出来るだろうと本能的に察していたか。結局、それは本人にも分からないだろうけど……確実に言えるのは、君と再会した後のあの子は以前の何倍も、色んな意味で成長した。尾裂狐の女ってのは基本、男が絡むと強くなる恋愛脳だからねぇ」

成長ってのはおっぱいの話かな。まぁ恋愛脳ってのはよく分かる。堅物に見せかけてエッチな事に興味津々なムッツリだからねぇあの子。尾裂狐の女は性欲も怪物級で……だからこそ、今のように繁栄したんだろうが。

立ってるのも疲れたんで、僕だけその場に腰を下ろす。夜だが月光と蛍の柔らかな明かりで不自由はなく、鈴虫らコオロギのBGMが心地いい。

「不可解なのは」 そう狐花さんが切り出して、「あの事件からの君の行動だ。今まであえて訊ねなかったが……一つ。関わった女の子達の事件の記憶を消したのは理解出来る。同時に君の記憶も消えてしまうが、辛い思い出など無い方がいいからね。でも何故、もっと早くに彼女らに接触しなかったんだい? カサネちゃんとは幼馴染を続けられたようだけど、イナリやモガミちゃんには会おうとしなかった。その意味は?」

「ああ。言ってなかったんでしたっけ。それは簡単な話で、たんに会う為の『縁が無かった』だけっす」

「縁って……君なら観れば分かるだろ? それだけで、何処にいるかも何処に行くかも分かるんだし」

「言い方が悪かったっすね。『縁が見えなかった』だけっす」

「見えなかった?」 僕はコクリと頷き、

「僕はあの日から『さっきまで』、あの三人の縁が見えなくなっていた。千切れ落ちた糸のように消えていた。かといって、縁がなければそもそも会う事も出来ないのに、カサネとは普通に幼馴染をしていられたんです。だから、『縁は存在するけど見えなくなっていた』状態だったわけで」

「……不可解な現象だね。でも、そうだったとしても、会おうと思えば会えただろう? 君が私に頼めば、イナリとの機会を作ってやれたのに」

それも考えないでも無かったが……。

「だとしても会えなかったでしょう。何度かサプライズで尾裂狐に行った時もすれ違いが続いた。これはモガミの時も然りで……だからそういう縁だと、運命だと感じました。ンなんで、天に任せる事にしたんですよ。運命の再会をね」

 たとえ縁が見えていたとしても、同じ答えを出していたろうが。


「縁の神を宿してるってのに、皮肉な話だね」

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