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「「ッッ!!」」 息を飲むイナリとカサネ。


モガミ父の要求は、僕。まぁそうだろう。僕の活躍は道中に倒された部下にも聞いている筈だし、僕さえいれば彼の長年追い求めた悲願は叶うのだから。

「交渉にすらならねぇな」「そうだね」

彼女達の回答は早かった。五秒とかからなかったろう。

「お袋に口酸っぱく言われてんだ。目の前のヤツも護れないようじゃ何も護れないってな!」

「ツルちゃん。絶対護るからね」

二人共、震えはもう止まっていた。なぜ僕の周囲の女の子はこんなにイケメン揃いなのか。

そして、こんなイケメンを目の当たりにし僕はこの時初めて知ったのだ。恋というものを。物語のすぐに落ちるちょろいヒロインのように、護るという言葉でときめいてしまった。長年つるぎ様のような『護る系ヒロイン』といた所為で、そういう女の子に弱い。

「残念です。では、お二人も私の一部となって貰いましょう! 貴方達を食らえばこれから来る尾裂狐の不届き者達も退けられます!!」

「へっ! はじめからそのつもりだった癖に、よっ!」 ドンッ!! と床がめくれる程の勢いでモガミ父に飛び掛かるイナリ。今日一番の攻撃だ。早さも威力も申し分無い。――でも、まだ足りない。

無意識に、イナリから伸びる縁に触れていた僕の頭に一瞬、映像が流れる。それは、イナリがモガミ父に返り討ちにあう未来。

未来は見える。けれど、僕には何も出来ない。そもそも間に合わない。それが、今までの常識だった。

「つるぎと一つになった鋏に実現出来ない事など何も無い。素質は全て備わっている。想像しろ。お前は今、どうしたい?」

僕は、イナリとの縁を掴み、跳んだ。直後、イナリとモガミ父との間に『瞬間移動』する。向かい合う形になったイナリは目を突然の事に見開く。

「つるぎ流縁義、護謨跳(ごむとび)。縁と縁とが繋がる対象間を瞬時に移動出来る技じゃ」

そんなつるぎ様の解説を聞く余裕などある筈もなく……攻撃中の二人間に現れた僕は必然、モガミ父の強力な拳の一撃を背中に受ける。イナリを庇う体勢だったので彼女を抱き締めたまま吹き飛び、その勢いのまま中庭の塀に激突。塀に出来た大きな衝突痕が、モガミ父の攻撃の強さを物語っている。

そして、この先からの記憶が、僕の中では曖昧で――。

「っ……おい……おいっ! 大丈夫か鋏!」

「へーきへーき(ムクリ)」

「反応軽いな! ほ、ほんとか? 背中のどっか痛めたりしてるだろ?」

「僕、元から体だけは丈夫だから」

これは強がりではなく本当。折角の秘めた力を宝の持ち腐れにしていた僕だが、つるぎ様の加護でか、生まれてこのかた擦り傷すら負った事がなかった。

「ん? イナリちゃん、ちょっと脚のとこから血が出てるね」

「あ、ああ。破片でちょっと切れたんだろ、唾つけときゃ治る」

「ダメだよ」 僕はその傷の部分を撫で、 「女の子なんだから」 傷跡ごと消した。イナリは口をパクパクさせながら僕を見ている。

「つるぎ流縁義、蝶々結(ちょうちょうむすび)。凡ゆるモノ結む技じゃな。それは傷に限らず、縁だったりも含まれる」

「解説はさて置いて、今はカサネちゃんを回収しなきゃ」 モガミ父の側で怯えて動けないカサネを視界に捉えた僕は、再び縁を掴んで跳び、「よっと」「ふぇえ!?」 カサネを回収し、再び塀の側へ。

「いやぁ便利だね、この力。つるぎ様に申し訳ないよ、こんな凄いのを長い間燻らせてたなんて」

「つ、ツルちゃん、だよね……?」「なんかキャラ変わってないか?」

弱々しく可愛かった僕はどこへやら。力の使い方を知った途端このイキりようである。

「くくく……はーはっはっ! 素晴らしい! 物理を超えた力の行使! まさに神の力! どうか私に慈悲を! 救いの手をッ!」

モガミ父はテンションマックスなのか、ずんずんと肩を揺らしながらこちらへ歩いて来る。「ちっ! 来るなら来やがれ!」とイナリは臨戦態勢になり、一方のカサネはと言うと……両手を広げ、僕とイナリの前に立った。

「お、お前何してんだよ! ただのガキの出る幕じゃねぇ! 弱えんだからどいとけ!」

そんなイナリの正論に、カサネは言い返す。

「何も出来なくても! 弱くても! 護らない理由にはならないよ!」

……大馬鹿だ。ナンセンス極まりない。状況は変わらないどころか余計悪化する行動。無駄で自己満でしかない。今も昔も、カサネはそういう無鉄砲な所がある。


――けれど。僕はそんな彼女を美しいと思った。力を持たなければ威張れない僕には眩しすぎた。


「フハハハハ! その蛮勇やよし! 貴方を目の前で食らえば更に素晴らしい神の奇跡が覗けそうですねぇ!」

カサネに伸びるモガミ父の凶々しい手。それを払いのける為にイナリも飛び掛かる。

ところで。「今更じゃが我が五色神社は縁切りが売りじゃ。良き縁も悪き縁も参拝者の望む通りに切り離す。まぁそれは建て前で、切る切らないはつるぎの気分じゃし、縁の神であるつるぎには縁結びも造作でないが……兎も角。つるぎが得手するのは『切る事』」

だから。「カサネちゃんに、触るな」 僕は、その神の手を振るう。

「――お、や? ふふ、皆さん、『どこに隠れたんですか?』」

モガミ父がおかしな事を口にする。僕達は別に隠れてない。逃げてもいない。ただ、彼の視界から僕達が『消えた』だけの話。

「つるぎ流断義(だんぎ)、闇鬼(やみおに)。対象の『視線』を断つ技じゃな。相手からすれば急に消えた様に感じるじゃろう」

それから。

「ですが……隠れた所で気配は消せなかった様子ですね。貴方達の息遣いを近くから感じますよ。すぐにこの手で捕らえ――とら、え?」

モガミ父は今更気付く。自らの両手が手首から『消え』、地面に落ちている事に。

「イナリちゃん」 僕はモガミ父に指差しながら、「頭蹴って」

「え? あ、お、おう! よく分からんが今の内に急所狙えって事だな! オラァ!!」

跳躍したイナリはドロップキックの体勢でモガミ父の頭に強力な一撃をぶち込む。

ポーン――『頭が飛んだ』。「マジかよ!?」と蹴った本人が驚いている。

「つるぎ流断義、達磨落(だるまおとし)。相手に切られた事すら気付かせず分断する技じゃな。切ると同時に止血もするから痛みも出血も無い」

地面でコロコロしていたモガミ父の頭だったが、塀にぶつかって漸く止まり、「……素晴らしい」 出てきたのは感嘆の言葉。

「ああ、神よ……どうか……その奇跡で……モガミを……」

結局、彼は最後まで娘の事しか考えていなかった。そう、結局だ。彼のこの頼みがあったから、という気持ちは微塵も無いが、結局、この後僕はモガミを助ける事になる。凡ゆるものを犠牲にした結果に僕と出会えた事は、彼にとってこれ以上ない幸運である。

「さ、出口に行こうかイナリちゃん。なんかさっきので気絶しちゃってるカサネちゃんは僕が背負って運ぶよ」

「あ、ああ……てか、そこの色々とバラバラになってるおっさんは、死んだ、のか?」

「いや、あの人も今気絶してるだけだよ。後で頭も手首もくっつけられる。そうだよね? つるぎ様」

「そ……じゃな。瞬間接着剤のよ……にペター……ゃ」

姿が見えないばかりか言葉すら電波の悪いラジオのように継ぎ接ぎになり始めたつるぎ様。そうか、『そろそろ』か。

この先の事は、完全に、僕の記憶の中にはない。急な覚醒の影響でか、この時の僕は思考回路はショートし、本能だけで体を動かしている様子だ。


ボスを倒し、やっとの事で館の玄関へと辿り着いた僕ら一行。だが……つるぎ様のネタバレの通り、そこには裏ボスが待っていた。

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