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そんな調子で、次々と特殊食材の下ごしらえやケーキの仕込みをしていく鋏とあたし(主にあたしが)。


次々と渡されるおかしな食材と調理法に辟易しつつも……まぁ、これはこれで、そういう遊びだと思えば楽しくもある。こんな、二人で料理(?)をするような作業は、ふた月前の同棲してた時以来だった。

あの頃と同じ様に、こいつは、周りの状況が変わろうとも何ら変わらぬ態度で、あたしに接して来る。

「はいイナリ味見、あーん」「あ、アホかっ。ま、周りの奴らが見てるって」「諦めろ」「ムグゥ!?」

厨房やホールの奴らからの視線や黄色い声を浴びまくるのは調理以上にキツかったが。

「――ふぅ。なんやかんやで大体の仕込みは終わりか。……あ、そういえばさ、イナリ。何だか、体がポカポカして来てないかい?」

「……なんだよ、唐突に」 ドキリと揺れる心臓。

鋏の指摘する通り、先程から何故か体があつい。風邪の時や運動後のような感覚ではなく、もっとこう……芯の方からムズムズして来るような――。

「ククク……予想通りの結果だ! 掛かったなアホウが! さっき食った女神のケーキとコーヒーはお前には効果がないと言ったがあれは嘘だ!」

「な、なにィ?」

「邪悪な力を打ち消す女神シリーズだがイナリは元々退魔体質だから効果が反発しあって逆に邪(よこしま)な部分が増幅されるのだ! 言い直そう! 体がポカポカではなくムラムラして来ただろう!?」

「――ッ!? て、てめぇ……!」

言われて、意識すればする程に体が熱くなって行き、同時に感覚が鋭敏になって来るのがわかる。

「ほらほらぁ、服が肌に擦れるだけでたまらんだルルォ!?」

「くっやめっ……くっ付いてくんな! てかお前も食ったろなんで平気なんだよ……!」

「僕が邪になった所で何かが変わるってんだいい加減にしろっ」

「威張んなっ……!」

こんな時に限ってベタベタと張り付いて来る鋏――いつもよりテンションが高いからケーキが全くの効果なしというわけでもないのだろう――を、抜けて行く力を振り絞って押し返しつつ、「あのー、盛るなら厨房じゃなく休憩室でお願い出来ないっすかー?」なんて店員らにも呆れられつつしていると、

「こんにちはぁー。あれぇ? もしかしてお邪魔だったぁ?」

ヌッと現れたのは、鋏の姉、ツムグ。こいつも弟同様碌な奴じゃあないが……藁より期待出来ないが……縋るしかないっ。

「つ、ツムグ、良いとこに来てくれた! このアホを引き剥がしてくれ……! おい、何でスマホコッチ向けてんだ……! 撮影すんな……!」

「ん? あー……ツムグ、来てたんだ。何か顔見たら一気に萎えたわ」

パッとあたしから離れる鋏に「何か失礼だよツル君っ」と?を膨らますツムグ。どうにか助かったようだが……モヤモヤしたものがあたしの中で行き場を失い、燻る。

「それで、弟のランデブーを邪魔してまで何用で来た?」

「突っかかるねぇ。んー、なんかねぇ、狐花さんに『夜の宴会料理作る人手が足りないから喫茶店の子達に依頼して貰えない?』って頼まれてぇ」

「何言ってだ。この通り僕らは営業で忙しいんだが?」「オーナーはほぼ盛ってただけっすよー」「うるさいよエルフちゃん」

「『営業は終了していい』とも言ってたよぉ。『その分報酬プラスするから』ってー」

「んー……どーするみんなー?」 訊ねる鋏に、店員達は『構わない』と了承する。なんやかんやで、鋏はオーナーとして纏める力はあるようだ。


――それから。


店に居た客を追い出した鋏は、店にある食材の在庫をチェックし、店員達に宴会料理の内容を指示し始める。その傍ら、

「ううむ、店の子達だけにやらすのも忍びないから、僕も調理に参加しなきゃだね。そうなるとイナリとのデートは一旦区切って明日に回す事になりそうだけど……君はこの後どうする? 手伝ってく?」

「別に……それは構わねぇが」

どうせ乗りかかった船だ。それに……あたしからすりゃあ、ここに居る事自体、デートの延長みたいなもんだし……。

そんなこんなで始まる宴会料理の調理だが、急遽の事なのでもっとバタバタするかと思いきや、店員達は慣れた様子で次々に大盛りの料理を完成させていく。

【羽根の生えたトカゲみたいなのの丸焼き】だったり、【虹色の巨大魚のお造り】だったり、【黄金に輝くサラダの盛り合わせ】などなど謎料理ばかりだが。

「本店でのパーティー客を捌くので宴会料理は慣れてるってのもあるけど、そも店員の子達は皆大飯食らいでね。賄いの時間になるともっと作るよ」と鋏は中華鍋を煽りながら説明して、「オーナー! 乙女な私達を大食いみたいに言わないでくれっすよー」とブーイングを受けるなんて場面もあったりで……。

「――よし。大体の終わりの目処も付いたし、僕はちょっくら外に出て近くの竹林にでも行こっかな」

「竹? んなもん何に使うんだよ」

「流しそうめんとか、かっぽ酒とか、かっぽ鶏(味付けした鶏肉を竹に入れて火を通す蒸し料理)とか色々使い道あるじゃん。若竹ならお刺身にしても食えるしっ。したば行ってくるね、イナリは休憩してていいよー」

「あ、ちょ」 と、言うが早いかすぐに居なくなる鋏。こいつは、いつもそんな感じだ。

「だ――そうなんで、彼女さんは休憩室でノンビリしてていいっすよ! こっちっす!」

「や……あたしだけ何もしないのも」

「気にしない気にしないっ。てか、彼女なのは否定しないんすねー」

「……」

「じゃ、ごゆっくりーっす」

半ば、厨房から追い出されるように休憩室へと押し込まれた。休憩室の中は、応接間をそのまま使っているのか、テーブルとソファーがあるだけの簡素なもの。

特にやることも無いので、ソファーに腰掛ける。

「いやぁさっきは忙しかったねー」

「……お前は何もしてねぇだろ」

「忙しそうだったねー」 そう言い直すのは、鋏の姉、ツムグだ。

「でも私だって手伝いたかったんだよ? なのにツル君たら『仕事増やすからジッとしてろ』なんて言ってきてー」

「お前、機械いじりならスゲェのに、料理とか運動とか、ほかは壊滅的にダメだからな」

「美人で天才なのに……天は三物を与えないんだねー」

あながち誇張でも見栄でも間違った表現でも無いのが腹立つ。自信家なのは『血』か。

「で、お前は何でまだいるんだよ。鋏のとこにちょっかい掛けに行かねぇのか」

「ふふーん、私だって四六時中弟を追っかけ回してませんよーだ。今回はちゃんとキミタチの為に動いてるんだよぉ。なんてゆうの? 現状の確認? ほら、キミタチをちゃんと元の世界に帰す為の仕事的なー?」

「お前が? あたし達の為に?」

「疑うのー? キミタチをこの世界に連れて来たこと、気にしてるんだからねー」

らしくない、と思った。はなっから、違和感があった。

こいつが素直に、この喫茶店へ『宴会料理依頼のメッセンジャー』として来た時点で、引っかかっていた。お袋に頼まれらしいが、普段のツムグなら『面倒臭い』と突っぱねているだろう。


この世界でお袋に畏怖せず、あまつさえ偉そうに接するような連中は、五色家ぐらいだ。

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