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よく分からない説明を受けつつ、店内まで引っ張られて……。


「(カランコロン)あ、いらっしゃいま……おおうっ、オーナーじゃないっすかぁ!」

駆け寄って来るのは、緑と白のクリームソーダみたいな色合いのドレスとエプロンを着けた一人の女性店員。あたしの顔見知りでは無いので必然的に、もう一人の方の知人と言う事に。

「やぁ、忙しそうだねエルフちゃん。二人、座れるとこあるかい?」

「大丈夫っす! お……そこの美人さん、オーナーのコレっすか?」

ニヤケ顔で小指を立てる下世話な店員。見た目はファンタジーに出て来そうな、それこそ黙っていればお淑やかなお姫様にしか見えないのに、勿体ねぇ。

「ふふ、まぁその辺の話は今度ね。とりあえず、例の新作ケーキとドリンク頂戴」

「了解っすー! ではごゆっくりーんっ」

「……、……行ったか。なぁ、あの店員の言ってたオーナーってのは何だ?」

「ん? 言ってなかったっけ? 僕、東京のアキバのとあるカフェのオーナーをしてるんだ。開業時には尾裂狐家にも少し出資して貰ってね。その関係で今回はこの島に出張して来たみたい」

「お前は何でも手ェ出すのな……」

「その名も異世界喫茶っ。店員も出るメニューも全部異世界産だよっ」

「え、何言ってんだお前」

「ん? 半年前に僕が尾裂狐にある【異世界ゲート開通機】をうっかり起動させてしまった事は記憶に新しいでしょ?」

「いや、知らんけど!?」

「さすがにその時は狐花さんにガチギレされたなぁ。でも実の所、異世界間へのゲートは世界各地に昔からあるらしいよ。因みに過去、パパンも同じ事をして狐花さんのママン、君の祖母に怒られたらしい」

「歴史繰り返してんなよ……」

呆れつつ、改めて店内を見渡すと中々に繁盛している様子で……他に居る店員も、尾裂狐の連中に負けず劣らずな濃ゆい見た目な女ばかりで。

「お待たせしま……ッ!? き、貴様ッ、ツルギ!」

注文した物を持って来たのは、これまた美人な店員(忍者の格好にエプロン)。鋏の顔を見るや否や、剣呑な顔付きに。

「やぁアサシンちゃん。頑張って続けてるようだね」

「貴様ッ、誰のせいでこのような給仕の真似事をさせられていると思ってッ。今この場で殺してやるッ」

「ふはは、そんな強いセリフは僕に一度でもギャフンと言わせてから言いなよー」

「その首カッ斬ってやる!」

「ちょっとアサシンちゃーん! 忙しいんだからどんどん料理運んでくださいっすよ!」

「っ……! 食い物喉に詰まらせて死ね!」 怒り交じりに肩を揺らしながら忍者店員は去って行く。

「ね。異世界の子は面白いでしょ?」

「いや、ただのコスプレした可哀想な奴にしか見えんがな」

「狐っ娘のお前が言うのか……。いや、でもよく見なよ。最初に来たエルフちゃんとか、耳が通り名の通りエルフらしく長いっしょやー」

……まぁ、確かに。イメージ通りなエルフよろしく、尖った耳をしてはいるが……今のコスプレ技術というのも凄いらしいし、ただ単に耳が長いってだけの体質って事もある。尾裂狐の面子を見れば分かる通り、この世界には所謂『人外』の連中だって居るし……異世界だのと言われても、未だ半信半疑。

「店の店員は、僕が色んな世界からスカウトした優秀な子達だよ。エルフちゃんは妖精國のお姫様だし、アサシンちゃんは剣と魔法の世界の凄腕殺し屋。他にもマーメイドちゃんとか武将ちゃんとかメデューサちゃんとか剣聖ちゃんとかタレント揃いさっ」

「ごった煮過ぎるだろ……少しは統一性持てよ」

「因みに名前は源氏名? みたいなもので真名は僕しか知らないよ。それぞれがこっちに来た理由も、観光だったり元いた世界を追われてたり僕への復讐だったり様々さっ」

「最後の理由が物騒すぎるな……。それで、さっき店員が持って来たこのセットにも、何か設定があったりすんのか?」

テーブルに置かれているのは、一見普通のロールケーキとアイスコーヒー。ただ……なんというか。見た事のない紫色のカットフルーツがケーキに使われていたり、コーヒーの香りはするのにコーラみたく気泡がシュワシュワしていたりで……怪しさ満点。

「まぁ食べてからのお楽しみって事で。はい遠慮なさらず、あーん」

「お、おい、流石にこんなとこで……周り知り合いばっかだっての」

「見せつけてんだよっ」

「この野郎……ムグッ!」 口を開けた瞬間、フォークに刺さったケーキを突っ込まれ……もうどうにでもなれと咀嚼する。

ん……、……口の中に広がる上品で濃厚な味わいと果実の甘酸っぱさ。流石、料理の味付けだけは巫山戯ないこいつがプロデュースしただけはある。

しかし……これは何のフルーツだ? ベリー系を想像したら、すもものような苺のようなキウイのような梨のような……不思議な後味。

「ささっ、すかさずこの炭酸コーヒーをどうぞ」

「だから自分で食えるってムグ!」 グラスに入ったストローを突っ込まれ……諦めて、吸い込む。んん……、……昔、どこかの企業が炭酸入りコーヒーを発売して試しに飲んだら二度と買わねぇと誓っていたあたしだが……意外や意外。このドリンクに関しては、違和感なく受け入れられる。

コーヒーの程よい苦味とコク、爽やかな炭酸との組み合わせは、妙な中毒性があった。

「ね、どう? どう?」

「……まぁ、どっちも悪くねぇんじゃねーか? けど、お前にしては普通すぎて、異世界喫茶なんていうにはパンチが足りねぇ気がする」

「ま、君みたいな超健康児にはこのメニューの真の力は実感出来ないだろうねぇ」

「……どういう意味だ?」

「言ったでしょ? ウチのメニューは全てが異世界尽くしだって。

 例えばそのケーキやコーヒーに使ってる炭酸水は選ばれし者しか到達出来ない【女神の泉】の水を使ってるんだ。フルーツはその泉の側に生えている神樹ユグドラシルの実だしコーヒーはその根から抽出したものでね」

「なんでそんなゲーム終盤のアイテムみたいなの使ってんだよ……」

「んで、どれも超回復の効果があって、先週なんて本店に来た、仕事で片腕を失くしたおっさんがそれを食べたら途端生えてきたっていうエピソードがあって」

「んなもんガチなら大騒動不可避だろ……」

「そこは僕がほら、縁を弄って話題にならないように、ね。というか、普段から本物は使わないよー。健康な一般人が食べたら健康になり過ぎて逆に死ぬしぃ。まぁ君が食べたのは本物だけど」

「何食わせてんだっ」

「あー……盛り上がってる所悪いんすけど、オーナー、いいっすかぁ?」

と。再びあたし達の前に現れた耳長の店員。その申し訳なさげな表情に「ん? どしたのエルフちゃん」と鋏が返すと、

「実は店員の子が一人、急用で一時間ばかり仕事場離れる事になって……その子、ケーキと特殊食材仕込み担当の子なんすよねぇ……」

「なるほど、ヘルプね。よし行くぞイナリッ」

「えっ、ちょ」 ケーキもドリンクも食べ掛けのままに、手を引かれて店の厨房まで連れて行かれるあたし。……今は、その、あたしの時間じゃなかったのか……?

「すぐ終わらせるから拗ねるなよぉイナリぃ」

「そ、そんなんじゃねぇよっ」

厨房の中でも、ホール同様店員達が忙しそうに手を動かしている。当然のように女だけで、これまたどいつもこいつもアイドルばりの綺麗所揃い。

「やぁ助かるっすオーナー。ケーキ作りと一部の仕込み出来るのは一部の女の子だけで……彼女さんも、デート中なのにすまないっすね。後でサービスするっす!」

「いや……そこまで気を使わんでもいいが……」

どうも店の店員の殆どが鋏の関係者とあってか、尾裂狐の連中と違いあたしに畏まった態度は見せない。そも、存在すら知らぬ者も居るだろう。その方が気が楽ではあるが。

「さぁて、まずは仕込みからだなぁ。やりかけの食材は……ああ、マンドラゴラのジェノベーゼソースか。この大根みたいなのをおろし金で擦るんだよイナリ。あ、みんなー、耳栓してねー」

「耳栓ってなんだよ?」

「いいからいいから」

「……マンドラゴラってどっかで聞いた気がするが……この顔のついた大根を擦れって? 何かピクピク動いてるし……『ジョリ』「ピキィー!」おい悲鳴上げたぞ!?」

「いいからいいから。そのまま最後までジョリジョリしてねっ」

訝しみつつも、うるさい大根を黙らせるように手を動かし何とか擦り終える。

「よしよし、この擦り下ろしたのがパスタとよく合うんだよ。あ、因みに普通ならマンドラの叫び声聞いた人は気が狂って死ぬからね」

「因みにじゃねぇよ!」

「さてさて、次の食材は……ゴーゴンストーンか。この閉じた瞼みたいなラグビーボール型の石から採れる岩塩は絶品で、口にすれば十歳は若返られるんだけど、削った途端にこの閉じた目が開いて削った人を石にさせるんだよ。だから普段は石化耐性のあるメデューサちゃんにお願いしてるんだけど……さぁこのハンマーで一思いにやってくれイナリ」


「今の説明聞いて出来るか!」

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