37

――五色家。


表向きは、縁結びや縁切りでそこそこ有名な中堅の神社。

しかしその実態は、そこいらにある紛い物とは違う、ホンモノの神が居座る社。

万物の縁を司るハサミ型神器【鋏】を擁すその一家は、しかしどういうワケか、表も裏の世界でも知名度は皆無に等しい。

が……『世界の騒乱の影に五色あり』……これは昔から尾裂狐で語り継がれる言葉だがあの一家は、どうも無自覚に騒ぎを起こす天才のようだ。

騒乱があれば、当然尾裂狐は駆け付ける。当然ぶつかる尾裂狐と五色。両家は言うなれば日と影のように混じり合わない立場。この流れは必然だった。

人も武器も信念も、圧倒的に分がある尾裂狐。『虎の尾を踏んでも狐の尾は踏むな』なんてどの時代でも恐れられていた尾裂狐。

けれど……尾裂狐は、最後まで五色を御しきれなかった。力でも技でも、押さえつけるなど到底無理な連中だった。結果で見れば尾裂狐の惨敗。かといって放っておくわけにもいかず……和解や協定を結んだわけではないが、こうしてこの時代まで、監視という意味も込めて交流を続けている。

良くも悪くも。そんな過去があったからこそ、両家は今も対等な付き合いが出来ているのだろう。

均衡を保つ尾裂狐家とそれを乱す五色家。その表裏のバランスは、どちらも必要不可欠で、どちらかが欠ければ瞬く間に崩れて……その先の地獄は、想像したくもない。


――閑話休題。


話を戻すが、詰まる所……ツムグは今、そんな五色の名に恥じぬよう立派に、私利私欲な目的であたし達に接触して回っているのだろう。

あたしの疑いの目に勘付いたのか、

「んー……そおやって人の行動の裏をよもーとするのは名探偵特有の悪い癖だよー? カサネっちやモガミっちにもそんな目を向けられたけどもねー。ま、いいやぁ。私がキミタチに聞いてるのは単純な質問だよー」

「単純な質問?」

「うん。イナリっちはさ、自分が『ツル君に釣り合ってる』って自信満々に言えるー?」

……。

「あ、今更気持ちを否定するとかいう遅延行為はやめてねー」

「……どんな答えであれ、それをお前に話す義務はあるのか? 本当にそれが、お前の研究に必要な事か?」

「面倒臭いからとりあえずイナリっちがツル君を大好きって前提で進めるねー」

「話聞けよ、何で訊いたんだ」

「それでぇ、これはあんまり言いたくはない事なんだけどー」 前置きしたツムグは、しかし次の言葉とは裏腹に、微塵も申し訳無さを感じさせぬいつもの話し口で、

「どう足掻いてもー、キミらはツル君とは釣り合わないよねー」

「……何なんだ急に。小姑ごっこでもしたいのか?」

「煽ってるわけじゃないよぉ。でも、事実としてキミタチは凡人でしかなくってー、けれどあの子は神様でしょ? 立ってる場所、立場からは違うんだよねー」

「……ふん。鋏に比べたら、あたしらでも凡人と変わらねえってか」

「理解が早くて助かるよー。勿論、私もその凡人枠ねー」

こいつは、昔からこうだったのか? こんなに鋏を神格化していたのか?

こいつとの付き合い自体は昔からあるものの――どういう運命の巡り合わせか――最近までこいつの口からは全く鋏の話題を聞かなかったので、こんな奴だったとは知らなかった…………いや。

けれど、思い返せば。時折『与えられたトロフィーも賞状も意味なんてない』だの、『超えられない壁がある』だのと苦笑しながら漏らす事があった。あんな自信家なこいつでも謙遜するんだなと感心していたが……。

「視覚で判断するモガミっちの『読心』、嗅覚で判断するカサネっちの『過去嗅(かこきゅう)』、聴覚を支配するイナリっち『絶対命令』……いくらみんながそんな凄い能力を持っていても、結局、それは誰でも到達出来る領域なんだよ。努力の延長線でしかないんだよねー。けど。ツル君は違うでしょ?」

「……縁の力、か?」

「そー。ほんと、すごいよねー。縁を見られて、縁を繋げられて、縁を切る事も出来る……ほんと、神様みたいで……『妬ましい』」

続けてボソリ、「ほんとは私が貰える力だったのに」と続けるツムグ。その纏う空気には、普段のおちゃらけた空気なんて感じなくって。

「つるぎ様の管理は、代々、五色の長女がしていくものなんだよー。その恩恵として、長女はつるぎ様の力の一部を貰えるんだー。つるぎ使いのパパの活躍を昔から見てたから、『早く私も使いたいなー』ってスンゴイ憧れてて……でも。それを、全部ツル君が持ってっちゃってねー」

長い歴史を持つ五色家は、女系家族だ。それは単純に、その長い歴史の中で男子が生まれなかった為らしいが……兎角、五色家はその性質からかいつも婿養子を迎え、家を保っていた。変化が起きたのは、今の婿養子――蜜(みつ)が五色家に入った時から。

例に漏れず、五色の現女神主は始めにツムグを産み……そして次に腹に宿ったのが、まさかの男児、というのだから、当時は皆、それを喜んだ。

しかし、その腹の男児は発育が悪く、最悪の事態すら覚悟せざるを得なくって……そんな、待ち受ける悲劇を救ったのが、御神体である鋏。

鋏はその持てる力『全て』をその男児に託す。神の力を得た男児はそれからは安定し、順調に育って行って……無事、生まれ落ちた。

神の意志を引き継いだその男児は、名も引き継がれ、鋏、と名付けられる。

「それが、今現在五色家の御神体が何も宿らぬただのハサミと化してる理由だよー。ここまでの話、今までツル君はイナリっちに……その反応だと、しなかったみたいだねー。でも気にしないでもいいよー、あの子は過去なんかより今だけを楽しむ子だからねー」

「……それで、お前は何が言いたいんだ? これは、何の確認なんだ?」

「ツル君の魅力は色々あるけどさー、一番はそのつるぎ様の力だよねー」

「は?」

「私が本当に聞きたかったのは、もしツル君が『普通』になっても、キミタチは好きで居られるかって事なんだよー」

「普通、だぁ?」 鋏に対して、最も縁の無い言葉。普通になるなんてのは、ありえない前提だ。ツムグは、何の為にそんな意味の無い質問を……まてよ?

こいつの今までの行動を振り返る。

そもそも何でこいつは平行世界に干渉出来るような【トライデント】なんてブツを作った? ……、……ッ!

「お前、まさか――鋏の力を奪うつもりか?」

「せいかーい。流石は名探偵イナリっち。けども奪うなんて言い方は人聞き悪いな。私はね、『ツル君が普通に産まれる』世界をトライデントで引き出したいだけなんだよー」

それは、つまりは……生まれる前の鋏が何事もなく健康であったならば、御神体である鋏の力はツムグに受け継がれていたという話だ。

「かわいーよねツル君。考えても見なよー、この島でのあの子の行動をさ。女の子達を元の世界に帰したくないから、ご奉仕して引き留めて……すんごぃ健気だと思わない?」

……確かに。あいつのここまでの持て成しは受けた事がない。同棲していた時ですら、基本出不精で家でダラダラしていて……今日みたいな気の利いたデート(的なもの)もした事が無かったし。

「昔はさー、そりゃあそんな事もあってツル君にキツく当たってたけどさー、今は本当にかわいー弟だと思ってるんだよー。幸せだって願ってる。だからさー、もしキミタチがこの世界に残ってくれるとして、かつツル君がつるぎ様の力を失ってただのジゴロ君になったとしても、見捨てないで欲しいんだー」

「……何だよその前提。お前が勝手に一人でその理想の世界ってやつに行きゃいいだろ」

「思い通りにそれが出来れば苦労しないよー。実際、上手く行くと思ったトライデントの実験で、今回みたいな結果を引き起こしたでしょー? だから、実験を重ねて行った結果でそんな世界を引き当てるかもじゃーん?」

「……いい加減、好き勝手やり過ぎるとお袋も動いて潰されんぞ。第一、鋏がホイホイとお前に協力するとは思えんがな」

「ダイジョーブ! そこんとこは一杯作戦考えてあるから! ――何年、私が考えて来た実験だと思ってんの?」

駄目だ、こいつは説得して納得するような奴じゃない。

「……何年も鋏を側で見て来たお前なら解るだろ。『あの力』は、決して本人を幸せにするだけの便利なもんじゃねーって。寧ろマイナスだらけだぞ」

「『胸が大っきくて辛い』、『姉と妹が居て辛い』……それはコレと同じ様な、持つ者の悩みってやつだねー。持たざる者からすれば、嫌味でしかないよ」

「……これだから五色の奴らはどいつもこいつも自分勝手で嫌になる。もう勝手にしろ」

「そのつもりだよー。あと、おかげさまでイナリっち自身の良いデータがとれたから、これで君が元居た世界の特定も楽になるよー。人は怒る時に素が出るからねー。どんだけツル君が好きかもわかったよー」

……ワザとあたしをイラつかせたのか? どこまでが本心なんだ? 全然読めねぇ。

「もうわかったから、お前あっち行けよ」

「はいはーい、ツル君にちょっかいかけに行くよー」

鋏か。あいつは今頃、こっちの空気も知らず呑気に筍でも掘ってるんだろう。

「しかし君達考えたら可哀想だねー。結局、『あの人の代わり』でしかないんだから」

「は? 何の話だよ」

「それでも、三人のうちの誰でもいいから見捨てないであげて欲しいなー。三人が帰っちゃったら、あの子また一人になっちゃうからねー」

「……それ、は」 あたしが何かを言い掛けるのと同時に、「ただいまー」と、思ったより早く鋏が狐達と共に食材を抱えて戻って来たので、話は中断。


 モヤモヤ感を抱えたまま、それからの時間は過ぎて行って……。




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