23
港に到着し、カサネやイナリと合流。
あの幼女の家から送られた豪華な食材類の入ったクーラーボックスを肩にかけ、尾裂狐家所有の大型フェリーに乗り込み、島を目指す。
「いやぁ楽しみだねぇきつね島。着いたらまず何しよっか? 僕はバーベキュー野球拳とかスキューバ裸相撲とかやりたいな」
「カオスな遊び作らないでよツルちゃんッ」
皆で甲板に出て晩春の潮風を浴びつつフェリーに寄って来るカモメらにかっぱえびせんをあげたりイナリにかっぱえびせんをあげたりしながら島での予定を話し合っていると、
「――やぁ君達、盛り上がってるね」
コツリ……気配も無く、雪駄の足音で初めて周囲に存在を認識させた、着物姿の姉ちゃんが一人。美人、柔和、カリスマ、冷酷、威厳、オーラ……一目見ただけで、凡ゆる情報でこちらの頭を一杯にする、表現の難しい相手。滅多に、余程の事がない限り表舞台に現れない裏世界の支配者の一人が、こうして目の前にいる。
「わーい、ママー(抱きっ)」
「私は鋏ちゃんのママじゃないけどね。あと独白に対しての行動に敬意が感じられない」
「間違えた。わーい、イナリのママー」
「……まぁ良いけれど」
と、いうわけで、基本的には西日本を代表する巨大ヤクザ尾裂狐家の組長、尾裂狐の狐花さんである。
「だから尾裂狐はヤクザじゃないって」
「さっきからモガミみたく心読むなよ」
「こんにちは狐花さん」「んちはー狐花さぁん。今回はお招きありがとー」
「やあ久し振りユエちゃんにツムグちゃん。君らのとこの坊やに押し切られただけだからお招きとは少し違うけどもね」
「カサネとは正月以来ですね狐花さーん」「……初めまして」
「相変わらず可愛いねカサネちゃん。あと、『初めましてではない』んだけどもね、モガミちゃん」
「……」
「おやおや、君は母に何か言うことはないのかいイナリ? 全く君は、そっちに行ってから全然京都に帰らなくて……」
「おい、こんな場で説教はやめてくれ……」
仲睦まじい母娘の触れ合いを温かい目で眺めた。
それから。
三十分程フェリーは海の上を進んで……「とおっちゃーく!」……僕らは島へと上陸する。
きつね島。伊豆大島の三分の一ぐらいの三〇平方キロメートル程の、車で簡単に一周出来る小振りな島。
海水浴よし、森林浴よし、山でキノコ狩りよし、川で魚釣りよしという休暇には最適な場所で、他にも乗馬やらスカイダイビングやらバンジーやら射撃場やらゲーセンやら漫画喫茶やらと……ありとあらゆる娯楽が揃っているらしい。まぁ、上陸も利用も、尾裂狐家限定で一般人には禁足地扱いなんだけど。
ともあれ。綺麗に整備された港で、真っ先に、僕らを出迎えてくれたのは――
「キャンキャン!」「オフッ!」 飛び込んで来た『彼女』に押し倒され、ベロベロに顔を舐めまわされる僕。なんて手厚い歓迎。
「ぶはぁ……おいおい落ち着けよモミジ「「「キャキャキャン」」」ぼはぁっ!」 彼女を宥めていると、追い打ちを掛けるように『他の女の子達』も飛び込んで来て、事態は悪化する一方に。
鮮やかな毛色と毛並、端整な顔立ち、フリフリ尻尾とモフモフな感触……彼女達は尾裂狐家の一員で、普段は本家の方で番犬ならぬ【番狐】をしている狐ちゃんだ。
その仕事ぶりたるや、抜群の聴覚と嗅覚、持ち前の身体能力を生かし、不審者を迅速に追い詰め撃退する無慈悲なキリングマシーン。
まぁ、僕の前ではこうしてただのいやらしい女狐になるわけだが「気持ち悪い事考えないで下さい」だから人の心読むなよモガミ。
「アハハッ、んもー、くすぐったいよーツバキもカエデもスミレもー」
「……お前、ウチの狐達の顔区別つくのか? てか、お前らいつ知り合ったんだよ」
「ん? イナリと会う前にもちょくちょく京都の尾裂狐本家には遊びに行ってたから、その時にね。狐の見分け方? 僕が一度覚えた女の顔を忘れる訳ないだろ」
「女って……、でもホント、鋏の前だと狐達イキイキしてるわね」
「カサネも何度か尾裂狐本家でこの子達見てるけど、いっつも所定の位置で人形みたいに動かない姿しか見てないから……(ウズウズ)ねぇカサネも撫でていい?」
「「「「グルルッ」」」」「うわ皆メッチャ唸ってる!?」
「そりゃツル君から他のメスの匂いしたら怒るよねぇ。どの世界でも女の敵は女だよー」
「よーしコレだけ揃ったらアレが出来るな。ほら皆、横一列に並んでよ」と僕は狐達を整列させ、ゴロンと、その上に仰向けに寝転んだ。(靴は脱いで狐に咥えて貰う)
「……何やってんだお前」
「見ればわかるでしょ、運送して貰うんだよ。ここまで歩いて疲れたからね」
「船から下りてまだ数十歩だろ……」
「ふふ、天然毛皮百パーセントの絨毯は最高だなぁ。ほら皆、しゅっぱーつ!」
移動再開。揺れもなくズレも無く狐達は息ぴったりに上に居る僕を乗せて進んで行く。
「ねーねー狐花さぁん、島に連れて来たのはこの子達だけー? 本家にいるボタンとかモミジ達はー?」
「ああ、ちゃんとこの島に来ているよ。今は島の見回りをさせている。いずれ君の匂いにつられて飛び込んで来るだろう」
「こんな平和な島で何を見回るんだか」
「……あれっ? 何かおっきな門が見えて来たよっ?」
寝転がりながらカサネの指を追うと、確かに百メートル程先に仰々しい鉄の門を確認。そしてその門前には黒スーツの厳つい二人組。
「よし皆っ、あのいかにも秘密がありそうな場所を突破するぞ!」
「え、ちょ」と後ろで誰かの静止する声が聞こえたが僕の命を受けた狐達は止まらない。僕を乗せたまま息の合った動きで駆け、百メートル程あった距離を僅か五秒でゼロに。非公式世界記録。
「な、何だこのガキ!?」「涅槃像みたいな寝転がったポーズで現れて……ってお前蜜か!? 何でガキの姿に!?」
「よし皆、こいつらを八つ裂きにしろ」
「お、落ち着けよ蜜っ……いや? よく見たら、違う?」「ああ……お前、ツル坊か。そりゃあ親父のガキの頃そっくりなはずだぜ」
漸く気付いたか。全く、上位互換なあの人と比べられるこっちの身にもなって欲しい。
「まぁそんなわけで謝罪の意味も込めてその面白そうなモン封印してそうな門開けてよ」
「何がそんなわけだ、突拍子の無さばっかり親父に似やがって」「つかお前、奥に何があるか『分かってる』だろ?」
はて? と首を傾げている間に、他の女の子達も追い付いて来たようで、
「やぁ二人共、みなが休暇を満喫する中つまらない仕事を押し付けてすまないね」
「い、いやぁ大丈夫ですぜぇ長」「交代の時間が来たらあっしらも自由に動きますんで」
「頼んだよ。――さ、君達、この奥は『面白いもの』など無いただの『荒れ地』だ。こんな所より、宿泊所に行って先ずは荷物を置こう」
威圧。狐花さんは優しく宥めるように、『この場所には触れるな』と僕らを威圧する。
素直に、僕らは門に背を向けて、
「……ツムグちゃん。後で侵入しようなんて思わない事だよ」
「えー? 私そんな事思ってないよー?」
「そのニヤけた口元、悪巧みを考えてる時の蜜にそっくりだ。本当に、あの中は荒れてて足元も良くないから怪我しちゃうよ。責任者として、ゲストを怪我させる訳にはいかないからさ」
『私の目をかいくぐれると思わないでね?』という隠れメッセージを感じる。いや、隠すつもりもないか。
「……どう思う、鋏」 コソリ、訊ねてくるイナリ。
「うん? この奥? ただの荒れ地なんでしょ?」
「真面目か。……なら、あたしがあの門の奥から感じた、『ネットリな負の瘴気とこびり付いた血の香り』はどう説明するんだ」
流石は名探偵イナリ、あの一瞬でそこまで看過したか。
「確かに、キナ臭いですね。ハッキリとは言えませんが」 と。モガミも僕の側に来て、ボソリ呟く。あの狐花さんの心を何とか読みとったのだろう。この二人が出るミステリーがあったら犯人もトリックも即バレでメッチャつまんなそう。お前が言うな。
「うーん……ま、実際どうでも良くない?」
「どうでもって……」
「何かあったとしても『過去の話』でしょ? 」
「あ、ああ……けど、何か引っ掛かるんだよ。もしかしてさっきの話、今日までお袋があたしを『この島に近寄らせたくなかった件』と関係あるんじゃねぇか、って」
ううむ、鋭――っと、マズイマズイ。
僕の考え(地の文)は隣のモガミに筒抜けなんだった。……ま、僕って普段から謎多きミステリアスボーイだから、意味深な反応の一つや二つ、モガミも取り合わないか。
「自分で言いますかそれを」
「おっ、何か建物が沢山見えて来たぞ? あそこに宿泊施設とかがあるのかなっ? 一番乗りするよ狐達っ!」
余計な事をゴチャゴチャ突っ込まれる前にさっさと皆を遊びモードにしてやろうっと。
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