第27話 変態後輩とぱにっくたいむ

「なんか本格的に蒸し暑くなってきましたね」

「うん。そうねえ……湿度が高いせいで、毎朝髪をセットするのが大変なのよねえ……」


 6月を目前にしたせいか、日中の気温も上がり、雨の日には例外なくジメジメし出す5月終盤のとある日。

 学校を終えた俺は家に帰ってきて、リビングで未来さんと会話をしながらくつろいでいた。 


「未来さんって今週の土曜の昼前にこっちを立つんですよね?」

「そうだよ。たっぷり休暇ももらったし、またお仕事頑張らないと……まあ、私がいなくても社員の皆が優秀だから特に問題はないんだけどね……私なんて典型的なお飾り社長みたいなものだから」

「社員の人たちは未来さんを信頼して尊敬してるからこそ、ちゃんと働いて未来さんに付いてきてるんですよ」


 なんて、俺が偉そうなこと言えた立場じゃないけど。


「あはは、ありがとね。もし、将来働き手が見つからなかったら、大地君うちに来ない?」

「社長直々のスカウトなんて光栄ですけど……それは俺がやりたいことを見つけられずに路頭に迷った時でお願いします」

「それはどうして?」

「最初から道を示されて、敷かれたレールの上を楽だからってそっちに行っちゃダメな気がするんです」


 それをしてしまったら、俺はダメになる気がしてならない。


「うーん、合格。さっすが司ちゃんが選んだだけのことはあるね」

「それ絶対関係無いと思います」


 変態に見初められたとか不名誉以外の何物でもない。

 

「きゃあああああっ!?」


 リビングで談笑していると、奏多の悲鳴が響いてきて、俺は未来さんと顔を見合わせた。


「どうした!?」

「司ちゃん!?」


 急いで奏多の部屋に向かうと、涙目の奏多に正面から抱きしめられてしまった。

 うぉぉっ!? 奏多の自己申告曰くのCカップが!? 押しつけられてとんでもないことになってやがる!?


「落ち着け! そんで離れろ!」


 夏場が近いこともあって、奏多の部屋着は薄着!

 そのせいで、よりダイレクトに胸の感触が俺に伝わってくる! これはまずい!

 裸は見慣れてるけど、実際に触れるとなると話が全く違ってくるんだよ!


「せせせ、せんぱいっ! やつです! 黒い悪魔ですっ!」


 奏多はなおも、涙目のままぎゅっと力強く抱き着いてきて、全く離れようともしない。

 落ち着け俺……! この状況で反応させたら確実に終わる……!


「すぅ……ふぅ……! 未来さん、物置から殺虫剤取ってきてもらっていいですか? 俺は奏多を落ち着かせるんで」

「うん、分かった」


 パタパタと足音をさせた未来さんがリビングに戻っていくのを確認して、俺は奏多を改めて見る。

 ……こいつ、Gというか……もしかして虫が苦手なのか? 


「うぅ……せんぱい。むりですこわいですぅ……!」

「あーはいはい。怖かったな。っておい、どさくさに紛れて匂いを嗅いでんじゃねえよ!」

「せんぱいの匂いを嗅ぐことで気持ちを落ち着かせる作戦ですっ! ……だめ、ですか?」

「……クソッ、好きにしろ」


 流石に怖がってる奴に対して強くは出られない。

 ……俺、なんだかんだ言ってこいつに甘くね?


「はい、好きにしますっ。んんぅ……」


 抱き着いたまま、奏多が俺の胸に顔を擦りつけてくるせいで、めちゃくちゃくすぐったい。 ……ちなみに、多少は落ち着いたとはいえ、理性との激闘は継続中だ。


「きゃああああああっ!?」


 今度は未来さん!?

 俺は奏多を引き剥がして、すぐにリビングに駆け込んだ。


「どうしたんです……かああああ!?」


 未来さんから真正面から抱きしめられてる!?

 やばい! 妹とは戦闘力が段違いだ! あっちでもギリギリだったけど、これはすごっ……じゃなかったまずすぎる!


「く、くくクモォッ! クモがっ!」

「お、落ち着いてください! じゃないと俺が死ぬ!」

「お姉ちゃんだけずるいですっ! えいっ!」

「何でお前まで抱き着いてくるんだよ!? Gへの恐怖はどこに行った!?」


 正面には未来さん、背中側には奏多……!

 負けるな俺の理性! 抜刀なんてさせてたまるか!


「ふ、2人とも……ちょっと外に出ててくれ……帰ってくる頃には……片付けておくから」

「う……うん……! お願いね……! 行こっ、司ちゃん……」

「はい……ではせんぱい。お願いします」


 2人が部屋から出て行ったのを確認して、俺は溢れんばかりの殺意を元凶になった2匹に向けた。


 ……お前らのせいで俺の理性がとんでもない戦いすることになっただろうがぁっ!

 30分程度で、駆除は成功した。

 

 ――理性との戦いに比べれば、カスも同然だったな。


◇◇◇


「ごめんねぇ……大地君……つい取り乱しちゃって……」

「いえ、何て言うか……ごちそうさまでした……」

「ごちそうさま……?」

「何でもないです忘れてください」


 おっぱいって……あそこまで重量感があるものなんだな……と俺は悟りを開くぐらい、あの感触は強烈だった。


「せんぱいせんぱい! わたしのはどうでしたか!」

「わざわざそんなこと聞いてくんな! ……お前本当にGが怖かったのか?」

「怖かったのは本当ですよ! うっかりこの部屋引き払うことを考えたぐらいには」

「虫が出た程度の理由で!?」

「あの、司ちゃん……ここ私名義の部屋なんだけど……」


 変態は行動力と決断力も変態らしい。

 本当なんなんだこの変態……。


「それはさておきどうでした?」

「まだ聞いてくるのかよ! あー……未来さんの前だろうと、後だろうと……お前霞むな」


 いや、奏多1人の時は意識がそっちに持ってかれてたんだけど……未来さんと比べると、意識が全部未来さんに持ってかれるというかね?


「むぅーっ! お姉ちゃん嫌いですっ! 今やあの黒い悪魔と同列ぐらいですっ!」

「え!? どうして私は急にあの黒い悪魔と同じぐらい嫌われてるの!? 流石にあれと同じにされるのはお姉ちゃんショックだよっ!」

「知りませんっ!」

「つ、つかさちゃーん……」


 理不尽すぎる……胸囲の格差社会はやっぱり残酷みたいだった。

 この騒がしい日常も、未来さんが帰ることで、ちょっと騒がしいくらいの日常に戻るんだろうなぁ……。

 姉妹ゲンカというか、ちょっとした争いを見て……俺はそんなことを思うと同時に、ちょっとした寂しさも覚えてしまったのだった。

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