第26話 変態後輩と雨

「げっ……めちゃくちゃ雨降りそうじゃねえか」

「うわー、ほんとうだ……せんぱい傘とか持ってきてませんよね? わたしもなんです、わたしたち気が合いますね」

「こんなことで運命を感じるな! ……くそっ、天気予報よく確認しておけばよかったな」


 月曜日、それは人類がもっとも苦手としている曜日だろう。

 休日が終わり、また長い1週間が始める日であり、学生にとっても社会人にとってもあまりメリットがあるとは言えない曜日。


 しかも、その月曜+雨が降りそうなのに傘を持っていないときたら、なおのこと憂鬱になることは間違いないってもんだ。


「降り出す前に走って帰るか?」

「そうですねー……でも、今日はちょっとジメジメしてるのであまり走りたくないですね」

「確かに……蒸し暑いよな」


 5月も下旬に入ろうかという時期だから、夏だとか梅雨に入るのももうすぐなせいなのか、単に今日がそういう気候なのか、今日超湿度が高い。


 こんなに日にダッシュなんてしようものなら、確実に汗だくになって、結局雨に降られてるのとは変わらないことになる。


「……仕方ない。降ってきたらその時考えるか」

「はい! 帰りましょうか! あ、手繋いでもいいですか?」

「しれっと言うな。ダメに決まってんだろ」

「ちぇー……」


 むくれながらも、奏多はきっちり俺の隣を付いてきた。

 

「あ、なら腕を組んでも?」

「手を繋ぐの上位互換じゃねえか! ダメに決まってんだろ! なんでいけると思った!?」

「ドアインザフェイスというテクニックをですね……」

「それは大きい頼み事をしたあとに小さい頼み事をしたら成功しやすくなるってやつだろ!?」


 そんな小賢しいテクニックを使ったところで、俺が首を縦に振ることはまずないだろうけどな!


「むぅー……ねぇー……せーんーぱーいー!」

「だぁっ!? 腕にまとわりついてくるな! 熱いうざい!」


 ただでさえでもジメジメしてうっとうしいってのに!

 まとわりつかれたことで余計に変な汗かくしでうざったい!


「えぇー、いいじゃないですかぁ……減るものじゃないしぃー……」

「俺の理性とか精神がゴリゴリと減っていってんだよ!」

「理性ってことはぁ……せんぱいなんだかんだ言いつつ襲うの我慢してくれてるってことですかぁ? せんぱいならいつでもウェルカムですよぉ?」

「今日はいつにも増してウザいな! 湿気のせいか!?」


 間延びした声がやたらに俺のイライラを加速させてる気がしてならない。

 ……いつもだったらこのぐらいでイラついたりしないんだけど、やっぱ蒸し暑いせいか?


「――あ」


 雨が降ってきてしまった。

 ぽつり、ぽつりと一滴ずつアスファルトに染みを作り始めた雨は、やがて勢いを増して傘が無い俺と奏多をずぶ濡れにし始める。


「チッ! 奏多、走るぞ! この先に神社があるから、軒下で雨宿りだ!」

「はい! どこまでも付いて行きます! 例えそこがトイレでも!」

「そこまで付いてこなくていい!」


 降りしきる雨の中、俺と奏多は雨宿りをするべく、走り出した。


◇◇◇


「はぁ……はぁ……あーくそっ、湿った服が気持ち悪い!」

「せんぱいが濡らす前にわたしを濡らすなんて……いけない雨ですねっ」

「おかしい。お前の怒るポイントは絶対におかしい」


 というかあれだけ走って息を切らしてすらないっていうのが、何気にこいつのハイスペックさというのを示唆してるよな……。


「……とりあえず、雨足が弱まるまで待つしか……っ!?」

「どうしたんですか? せんぱい? ……あ」


 俺の視線に追った奏多が、俺が言葉を詰まらせた理由を理解したみたいだ。

 うっかりしてた……! そうだよな、雨に濡れるってことは……制服が肌に張り付いたり服が透けるってことだよな……!


「あー……せんぱいせんぱい、ちょっとこれかなりいやらしくないですか?」

「バカ!? こっち見んな! 羽織れる上着的な何かを持ってないのか!?」

「今日は体育もありませんでしたし、体操服もないですね。まあ、わたしとしてはせんぱいに見てもらえるのでよしとします!」

「俺がよくないんだよ! ……ほら、これでも着てろ!」


 俺は奏多にジャージの上を放った。

 ジャージを持っておいてよかった……暖かくなってきたとはいえ、日によってはまだ寒かったりするからな。寒かった時用に持っておいたんだけど、まさかこんな形で役に立つ日が来るとは……!


「ありがとうございますっ。……わぁ、このジャージせんぱいの匂いがしますねぇ」

「そりゃ俺の持ち物から俺以外の匂いがしたらホラーだろ」

「くんくん……えへへぇ、この匂い落ち着きますっ。せんぱいの匂いだぁ……」

「嗅ぐな! というか柔軟剤も洗剤も同じの使ってんだからお前と同じ匂いだぞ」

「そうですかぁ? そう言えば自分の匂いって自分じゃ気付かないらしいですね」


 ああ、俺もその話は知ってる。

 

「わっ、せんぱい見てください! ぶかぶかです!」

「男子の標準的なサイズでそれってことはお前相当小柄なんだな……そもそも男子と女子ではサイズ差がありすぎるし、こんなもんか?」

「なんだかせんぱいに包み込まれてるみたいでとってもホッとします……興奮してきました」

「やっぱそれ返せ! おかずにされかかってる俺のジャージが不憫すぎる!」


 袖から腕は出てないし、なんかちょっと背徳感みたいなものも滲み出てるのもいかん。

 まるで俺のジャージがいかがわしいものみたいじゃないか!

 たまに見かける、上着のセーターやパーカーがだぼっとし過ぎて下のホットパンツが隠れてるやつみたいな感じだ。


「やーですーっ! どのみちこんな透け透けの状態をせんぱい以外に見せたくないので、今日はこれで帰ります!」

「……はぁ、まあしょうがないか」


 流石に透けた状態の奴と並んで歩くとか俺も恥ずかしいし、何より変態とはいえ、こいつも女子なわけで……それを放置出来るほど、俺は性格が悪くなかったみたいだ。


 ……ちょうど雨も収まったし、帰るか。


 その後、どうにも俺の服を着ることが気に入ってしまった奏多にパーカーを1着奪い取られたのはまた別の話。

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